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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

泡沫の夢、人の籠

作者: 九六式



 【世界は色に溢れている】


 誰が言ったかそんな言葉がある。日に照らされた緑の草木、果てなく広がる青い空、だが例外はある。


 例えばあらゆる事に興味を無くした人間の視界なんかがそうだ。


 その景色はただただ白と黒が混ざり合う、つまらない光景。何もかもが同じ物体にしか見えない。






 「くあぁっ、あー」


 窓の外が暗い。寝落ちしてしまっていた様だ。


「(道理で昼からの記憶が無いわけだ)」


 とりあえず席を立って荷物を持ち、ドアに手をかける。


「あー寝みぃ」


 変な時間に熟睡したせいで返って眠気が。


 それにしても暗い。今何時なのだろうか。


 時間を確認するべくそばにあった時計を眺める。


「は?4時?」


 しかも針が止まっている。


 意味が分からない、どういう事なのだろうか。妙な胸騒ぎがしても玄関に走って向かう。


「ちっ」


 鍵がかかっている。開けようとするが何故かビクともしない。


 イライラして蹴りをいれるが金属の軋む音では無く、まるでコンクリートの硬い壁を蹴った時の様な乾いた音がする。


「(一体これはどうなっているんだ?)」


 考えるのも面倒臭くなって来た。教室に戻ってもう一度寝ようか。


 どうせ家に帰っても誰もいない。


 高校に上がる直前に俺1人残して遠くに行ってしまったからな。たしか理由は父親の海外赴任と姉貴の海外留学だ。


 俺と違って優秀で将来有望だし、母親も海外での生活に憧れていたらしい。


 とは言っても生活費は出してくれいるので特に苦労もしていない。小遣いはバイトで稼がなくてはならないが。


 腹は減ったが人間1日くらい飯を抜いても死にはしない。特に急ぐ用事もないので歩いて教室に戻る。


「あ?」

「あら、あなたも巻き込まれたのかしら?ふふっ、ご愁傷様」


 ドアを開けるとそこには嫌らしい笑みを浮かべる見覚えのある顔が。たしか同じクラスの誰だっけか。まぁどうでもいい、俺はもうひと眠りするとしよう。


「【葛霧(くすぎり)駆留(かける)】君よね?」

「話しかけんな、おやすみ」

「ちょっと?ねぇ、〜〜〜〜」


 何か聞こえる気がするが無視だ。人と関わる事ほど面倒な事はないからな。







「あら、やっと起きたのね」


まだ居やがったのか。面倒くさいな。


「葛霧駆留君で間違いないのよね?」

「ああ、そうだ。俺はお前の名前なんか知らんがな」


 仕方がないので返事をする。


「承知してるわ、あなた他人に関して異常な程に無関心だものね」

「なんでそんな事が分かる」

「目よ」


 はぁ、何を言っているんだろうか。


「まぁそれは置いといて、私の名前は【羽墨(うずみ) 泡華(うたげ)】、あなたのクラスメイトよ」


 そう言って羽墨と名乗る女は微笑む。


「(赤い目?カラコンか?)」

「生憎とこの目は自前よ」

「っ」


 その言葉は口には出してない筈。それなのに何故俺の言いたいことがわかるというのか。


「だ か ら、目だって言ってるでしょう?私は人の目を見ると大体の考えてる事が分かるのよ。あなたは特別分かりやすいけどね」


 とりあえず目を隠す。


「あら、察しがいいわね。そうされたら私はあなたの考えてることは見えないわ」

「そうかよ」


 褒められても特に嬉しいという感情は芽生えない。だいぶ人間として終わってしまった感じはする。


「普通の人は気持ち悪がって離れるのだけど、あなた面白いわね」

「面白い?」

「ええ」


 そう言って羽墨はクスクスと笑う。


「気に入ったわ、私に協力しなさい。そしたら無事にここから出してあげるわ」

「いきなり命令か」


 何かと態度がデカい女だ。


「どうせ私の協力無しじゃここから出られないわよ?」

「生憎と別に脱出したいわけでも無い」


 正直家に帰れないくらい、どうって事ないからな。


「あなた本当に面白いわね、でも私が出たいの。それにここに長居すると良くないわ」


 良くない?良くないと何だと言うのだろうか。


「ここは現実世界に似せて作られてるけどまったくの別物なの」

「………結界?」

「確かに結界に似てるわ。でも結界って仏師とか人間の術者の物。あなたこの学校の七不思議、知ってる?」

「知らん」

 

 そう言ったものは先輩から後輩へ語り継がれていくものだ。誰とも接点がない俺ではそんな情報何処からも入ってこない。


「でしょうね、あなたそういった情報を仕入れるルートが無いもの」


 いちいち尺に触る言い方だ。


「話が逸れたわ。その七不思議の1つに『ヒトカゴ校舎』ってものがあるの」

「へぇ」

「ちなみに私たちが今いる場所がそう。この偽物の校舎は鳥籠に鳥を入れる様に人を入れる場所なの。入れられたが最後、死ぬまでここから出られないっていう」

「なんだそりゃ」

「そしてそのヒトカゴには先客、『ヒト』がいるの」

「はぁ?」


 次から次へと知らない単語ばかり羅列されていく。


「ヒトは自分を人の成り損ないだと思い込んでいる。人を食べて完全な人になろうとするけど食っても食っても人にはなれない。もっと食べたら人になれるか?もっと食べたら人になれるか?ってこのヒトカゴに入れられた人を食べ続ける。それでもヒトは人にはなれない。まだ食べ足りないからか?まだ食べ足りないからか?ってどんどんどんどん食べ続ける」


 気持ち悪い。もはや七不思議と言うより怖い話だ。


「という訳で、先に逃げるわね」


 羽墨はそう言い残し走り出す。何か嫌な予感がして振り向くとなんとも言えない異形の化け物が。


「あのクソ女ぁ……!」


 別に現世への未練は無い。だがこんな意味の分からない場所で死んでたまるか。俺はソイツから全力で逃げ出した。






「あら、お疲れ様」

「はぁ、はぁ、お前……なんの、つもりだ……」

「まぁとりあえず休憩休憩」


 このままではどうにもならないので言われた通り息を整える。


「それで?アレが例のヒトって奴か?」

「そうそう。捕まったら一発アウトだけどそこまで足は速くないの」


 だろうな。そこそこ高身長の俺でさえすっぽり入りそうな口だった。


「それにしてもやけに詳しいな」

「だって来たことあるもの」


 今この女なんて言った?来たことがあるだと?


「どうかした?」


 そんなにホイホイ出入りできるものなのだろうか。


「………いや、なんでもない」


 しかしどっちにしろ脱出方法はコイツから教えてもらうしか無い。今はまだコイツに従っておこう。


「それで?これからどうすればいい」

「そうね、ひとまず必要な物を集めましょう」

「必要な物?」

「ええ、私をこんな風にしたあのクソ野郎共をブチ殺すのに必要なものをね」

「あれを殺せるのか?」

「条件さえ揃えば普通の人間でも十分可能よ」


 にわかに信じがたいが決めた事だ。その必要な物とやらを探すとするか。


「一つ目は包丁。普通は調理室にあると思うけどここは普通の校舎じゃ無い。という訳で探すわよ」

「了解だ」


 不本意だがな。


「今不本意とか思ったわよね?」

「そうだが?」

「目、隠さないのね」

「いつ襲われるかも分からない時にいちいち目を隠すか?」

「ま、それもそうね」


 それに隠す様なことも特に無い。何に対しても興味を持てないからな。


「ちなみに包丁で何をするんだ?戦うのか?」

「な訳無いじゃ無い。バカなの?」


 それもそうだ。あんな巨体に包丁一本で勝てるかって話だ。


「でも重要な物だからまず最初に見つけないといけないの」

「へぇ」


 しかし何かヒントの様な物は「無いわよ」


「あ?」

「包丁の在り処が分かるヒントは無いわ。ひたすら探すしか無い」

「ちっ」


 ならどうする?


「あら?」

「あ?」


 急に素っ頓狂な声を出すので思わず羽墨の方を見るとその右手の人差し指に蝶が一匹とまっている。蝶は暫く翅を開いたり閉じたりを繰り返すとまた飛び去っていった。


「夜に蝶?」

「夜と言ったら蛾のイメージが強いものね。アレは蝶であって蝶じゃ無いけれど。とにかく一つ目の探し物は見つかったわ」

「はぁ?」

「ここよ」


 案内された先は職員室だった。それと鍵が閉まっているのは玄関と屋上、すべての窓だけらしく、どの部屋もドアは開いていた。


「ちなみに蝶と蛾を区別する明確な違いは無いそうよ。それじゃ手分けして探すわよ」

「おう」


 大まかな場所が分かっただけで正確には分からないらしい。しかし一つの部屋に絞られただけまだマシか。


「(っと、これか?)」


 何やら鋭い刃物が。もはや包丁というより短刀の類だが、それらしきものはコレしか無い。


「おーい」

「今すぐ伏せなさい」

「あ?」

「ふ せ な さ い」

「いだっ」


 引き倒される。一体コイツはどういうつもりで……


「………ヒト、か」

「そう、死にたくないならこのまま隠れてなさい」

「わ、分かった」


 気付かなかった。そう言えば最初に追いかけられた時も巨大の割に足音が聞こえなかった気がする。ヒトはひとしきり職員室を見渡すと廊下に出ていく。


「行った、か?」

「まだ伏せろ」

「いだっ!?」


 立ち上がろうとした瞬間、膝裏に鈍痛が。


「お前なにす「しー」あ?」

「#%:*÷<々×:」

「っ!?」


 全身の毛が逆立つ様な感覚に襲われる。


「………行ったわ。もう出てきていいわよ」

「あ、ああ」


 そう言われてやっと立ち上がる。しかしまさかフェイントをかけてくるとは。


「あら、それって包丁じゃない」

「ん?ああ」


 羽墨は俺の手に握られている包丁を指差す。


「さっきは見つけたのを知らせようとしたんだがな」

「そうなの。でも謝らないわよ?あのままだったらあなた見つかって最悪死んでたんだから」

「それは分かってる」


 ひとまず俺たちはもう用の無い職員室を後にする。


「次はロープ。もしどこかで見かけたならすぐに取りに行けるのだけど」

「残念ながら見かけてないな」

「使えないわね」

「そりゃ悪かったな」


 それにしてもロープか。物置あたりにありそうな気がするが。


「どこか検討はつかないのか?」

「少なくとも職員室には無いわね。同じ場所に重要なアイテムは置いてないわ。脱出ゲームなんかと同じよ」


 ゲーム。やり始めてもすぐ飽きるからよく分からん。


「ともかく立ち止まっても事態は好転しないわ」

「同感だ。だが本当に場所が分からないのか?」

「何が言いたいのかしら?」

「さっきの蝶だ」


 あの時、突然現れたと思ったら羽墨の指に止まった蝶。そして羽墨は蝶から何かを感じ取ったか急に職員室に行くと言い出したのだ。本当は何もかも知ってるんじゃないだろうか。


「秘密よ」

「あ?」

「謎が多い女って魅力的じゃない?」

「知らんな。少なくとも俺はそう思わない」


 教える気は無いらしい。それならまた手当たり次第に探すしか無いか。


 校舎内を探し回る事おそらく13分。おそらくと付けたのは教室やスマホの時計が一切進んでいないからだ。羽墨曰く、懐中時計などの手動のゼンマイ式なら動くそうだ。しかし手動の時点でその時計はもう正確ではない。


「そっちは見つかったか?」

「ダメね、だいたいロープなんて学校にあるのかしら?」

「お前が探せと言ったんだろうが」


 無かったらただの無駄足だ。


「なんて冗談よ、ほら」


 そう言って羽墨は右手に持った長い何かを引き摺りながら俺に見せる。ロープだ。荒縄と言った方が正確かもしれないが。


「いまの下りは必要あったのか?」

「無いわね」


 まぁいい、ともかく包丁とロープは手に入った。


「最後の探し物は人体模型よ」

「人体模型?」


 どんどんアレを倒すイメージから遠ざかっていく。一体これらは何に使うんだ?


「あら?もう来ちゃったのね。ひとまず逃げるわよ」

「ああ」


 今度は職員室の様な閉鎖空間ではなく廊下だ。俺は羽墨と共に走り出す。しかし何か様子がおかしい。


「足が早くなっている?」

「見たい、ね」


 こっちも様子がおかしい。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 どうやら羽墨は体力がないらしい。今にも息切れしそうだ。


「(……仕方がない)」


 スピードが上がったとは言えまだ距離はある。


「じっとしてろ」

「やっぱりあなたを協力させて正解だったわ」

「そーかい」


 羽墨を抱え、駆け出す。部活は辞めたが、まだ体は鈍っていない様だ。


「それにしてもお姫様抱っことはね」

「落とすぞ」

「あら怖い」


 流石に両手は塞がってしまうので荷物待ちとして俺が持っていた包丁とロープは羽墨が持っている。


 しかし人体模型か。普通なら化学室か生物室にあるイメージだが今回はおそらく違う場所にあるのだろう。


「おい、どこへ向かえばいい?」

「さぁ?」

「ふざけてる場合か」

「ふざけてはいないわよ」


 じゃあ何だと言おうと開きかけた口に指が触れる。何をしているんだこいつは。


「最後の人体模型だけは特別なのよ。なんと驚くことに」

「御託はいい、早く言え」

「つれないわね」

「2度も言わせるな」

「あーはいはい、分かった分かった。実は人体模型だけ一か所に留まらずこの校舎を動き回るのよ」


 想像してみる。大変気色悪い光景だ。


「包丁とロープはある程度目星は付いてたけど人体模型だけは当てずっぽうに探すしかないわ」


 それは面倒だな。というかこいつやっぱり最初から包丁やロープの位置知ってたんじゃないか。


「なぁ、おい」

「何かしら?」

「何か、おかしくないか?」

「何が?」

「見りゃ分かるだろうが」

「もしかして、増えてる?」

「ああ」


 どうもさっきから様子がおかしい。スピードが上がっただけでなく、視線のようなものが増えたように感じる。


「まずいわね、どうしようかしら?」


 さして困った様子もなく言っているあたりどうせ何か算段があるのだろう。考えるのはこいつに任せて俺はひたすら走る事に専念する。


「目えたわ」

「あ?」


羽墨は突然そう呟く。見えた?何が?


「ここの廊下を突っ切りなさい」

「人使いが荒いなっ」


 しかし俺にも選択肢は残されていない。残り少ないスタミナにお構いなく全速力で突っ切る。すると前方に妙な動きをする人影が。


 あれは、人体模型?


 人影とは表現したが、手足がない。

 

「追いついて、早く」

「言われなくともこれが全力だ!」


 心臓がバクバク言い出すがこんな訳の分からない場所で死ぬよりマシだ。俺はさらにスピードを上げ、遂に追いつく。


「よくやったわ、上出来よ」


 そう言って羽墨は手に持ったロープを器用に人体模型の首にかける。


「そのまま追い越して左の教室!」

「ああっ!」


 半端倒れ込むように指定の部屋に逃げ込む。ロープにつながれた人体模型も引き摺られるながら入室し、乱雑に投げ出され、内臓が飛び出している。


 改めて見ると気持ち悪い。少なくとも夜に見るものじゃない。


「ドアを押さえて」


 サッと起き上がり、ドアを押さえる。


 その時だった。


「んぐっ……!」


 奴だ。奴がこの部屋に入ろうとしている。


「おい、いつまでかかるんだ!?」

「もうちょっとよ、も う ちょっ と」


何をしているのかと視線だけをあいつに向けると人体模型に馬乗りになり、ロープをいじっていた。


「もう長くは保たないぞ」

「もう開けていいわよ」

「本当に良いんだな?」

「ええ」


 確認をとってからドアから手を離して飛び退く。すぐさま勢いよく開け放たれたドアから奴が顔を見せる。


「よいしょっと」


 気の抜けた声と同時に羽墨はロープの先端を引っ張る。


「ギィヤァァァァァァァァァァァァ!」


 思わず耳を抑えたくなるほどの悲鳴が鳴り響く。


 何が起こったんだとロープを見ると、その先には縛られた人体模型が。この時点で意味不明だが


「我ながら良い出来ね」

「それは良いんだがなんで亀甲縛りなんだ?」


 自身ありげにそう曰う羽墨に流石の俺もツッコミたくなった。多分そんな縛り方だった筈。亀の甲らのような網目模様に縛られている。


「動きを封じることさえ出来れば縛り方なんてどうでも良いの」

「そうか」


 無表情のままガクガクと痙攣する亀甲縛りの人体模型と同じく痙攣してその場から動かない気色悪い巨大な化け物。情報量が多過ぎて正直に言って気持ち悪い。


「(いや普通に気持ち悪い、吐き気がする)」

「いや、改めて見ると、くっふふふふふふふふふふふふふふ、アッハハハハハハハハハハ!」


 それを見て突然バカ笑いし出すこいつも気持ち悪い。なんなんだこの空間は。


「あー、滑稽だわ。さて、一笑いした事だし続きといきましょうか」


「まだなんかするのか?」

「ええ、いよいよ終盤よ。この人体模型はね、ヒトの本体よ」


 人になりたい。


「………成る程、そういうことか」

「妖怪とか怪異っていうのはね、目の前に現れるのとは別に本体があるの。だから仮にこのヒトを殺せたとしても何度も出てくる。途中から数が増えたのは本体が狙われていると焦ったからでしょうねって、本当に興味なさそうね」

「当たり前だ」


 誰がこんなものを好き好んで出会おうと思うんだ。


「まぁいいわ、これで種明かしは終了よ。これからはちょっとしたお楽しみ」


 羽墨はそう言って口角を上げると縛られて身動きを取れないでいる人体模型を蹴りつけた。


「くっふふふふふふふふ、いい気味ね」


 そうして何度も何度も踏みつけたり蹴ったりを繰り返す。するといつのまにかヒトの姿はなく、部屋には俺と羽墨、縛られた人体模型だけになっていた。


「さてと、スッキリした事だしそろそろ終わらせましょうか」


 羽墨は最後に一発蹴りをいれると自分の後頭部に手をまわして髪飾りを外し、人体模型の顔に置いた。


「お札?」

「そ。それも飛びっきり強いやつ」


 どうやらお札で髪を結んでいたらしい。何から何まで変な奴。


「とりあえず、ご苦労様。元の世界にもどったら多分あなたは今日の事をなにも覚えてないと思うけど」

「あ?」

「楽しかったわ」


 そう言って羽墨は床に落ちていた包丁を拾い、躊躇なくお札を貼られた人体模型の顔面に突き刺す。次の瞬間、眩い光に包まれ俺は思わず目を瞑る。


「またどこかで会いましょう」


 最後にそんな言葉が聞こえた気がした。








「くああっ、あー」


 どうやら眠っていたようだ。教室にはもう誰もいない。それぞれ部活なり帰宅なりで居なくなったようだ。


 それにしてもやけに変な夢を見た気がする。この年頃になってあまり夢を見ることは無くなっていたのだが。


「……………」


 どんな夢だったかは思い出せない。


「ま、いいか」


 思い出せないという事は大して重要なことでも無いのだろう。帰ってもどうせする事なんてないが学校にいてもする事はない。


「イッチニーサンシー」

「ゴーロッシチハーチ」



 外で部活をしているであろう生徒たちの声が聞こえる。何かに熱中できる、そんな彼らを少し羨ましく思う。


 世界がモノクロに見える。勿論比喩だが、俺は何を見ても、聞いても、しても興味を持つことが出来ない。


 かつての俺は好きな女にふさわしい男になるために全力を注いでいた。


 しかし、しばらく会わないうちに彼氏が出来ていたと知り、俺はなにに対してもやる気が起きなくなってしまった。


 誰のせいでもない、ただ俺がしょうもない男だったというだけの話。もとから俺は空っぽだったのだ。今思えば以前から趣味と呼べるようなものもなければ特技も特に無い。それに今ではかつて好きだった女のこともどうでも良く感じる。


「…………ん?」


 そんな事を思いながら窓を見ていると羽ばたく一匹の蝶が目に入った。


 暗く青緑色に輝くその羽は不思議と俺の興味を惹いていた。別に俺は蝶や虫に興味があるわけではない。でもどうしてか今日はその蝶が特別なものに感じた。


「こんな時期にも飛んでるんだな」


 季節はもう夏に移り変わっていた。蝶といえば春のイメージが強いが多分俺が注意して見ていなかっただけで意外と飛んでいたりするのだろう。後に思えばこの時に俺の世界が再び彩づき始めた気がする。



 そう、以前と違った歪な色で。



ウケが良かったら連載するかも。

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