自称女神が家に現れた!~バカ女神がラップを歌い転移を誘う~「アタシ天意!アンタ転移!」
ある日、仕事から帰宅すると部屋の片隅に見たことも無い黄金に輝く珠が落ちていた。
……こんな金の珠を持っていた記憶はない。
拾い上げようと近付いた瞬間、なんだか言い様のない悪寒を感じたので近付くのをやめ、調理用のボールを被せてとりあえず無視して飯を食って寝た。
次の日、金の珠を無視して仕事に行く。
仕事が終わり帰宅すると、金の珠に被せていたボールが外されており珠の横にぼんやりとした人影が立っていた。
「たすけて……たすけて……」と言っていたので財布の中に入れていた神社で買ったお守りを投げつけた。
「ギャアアアアア!!」と叫んで人影は消えたので改めてボールを被せお守りを上に置く。
その後、飯を食って寝た。
次の日、仕事を終え帰宅すると玄関にベコベコにされたボールと、ズタズタにされたお守りを発見した。
室内に入ると輝きが増した金の珠と、その横に見た事の無い金髪の女が立っていた。
「やっと帰ってきたわね! 遅いのよ!!」
不法侵入者の癖に態度がデカい。
「っと、違う違う。……あなたは勇者に選ばれました。いくつかの能力を授けます、どうか私が管理する世界【輝く大地エルファリア】を助けて下さい」
不法侵入者が荘厳な態度を見せても怪しいだけなのだが。
「宗教は間に合ってますお帰りください」
「宗教じゃないわよっ!! いや、宗教か……?一応、アタシ神様だし……」
うわぁ……自分を神様って言ってる……ひくわ……。
ブツブツ言っている不法侵入者を置いて自宅を出て警察を呼ぶ。
不法侵入者が逃げては大変なのでサイレンを鳴らさず来てもらい十数分後、到着した警察と自宅に入った。
「ちょっと!! どこ行ってたの……よ…?」
「お巡りさん、コイツです」
日本の優秀な警察官達は金髪女を取り囲み、女性警察官が金髪女を外に連れ出す。
「えっ? えっ? ちょ、ちょっとなに!! なんなの!!」と言う声が聞こえるが気にしない。
帰宅時の状況を説明し、後日警察署で話を聞くかもしれないとの言葉を貰い警察官達は去っていった。
お疲れ様です!! その後、飯を食って寝た。
=================
次の日、仕事を終え帰宅すると玄関に金髪女が仁王立ちしていた。
くそっ! やっぱ日本の警察は駄目だわ!! 犯罪者野放ししやがって!!
うちに来てるじゃねーか!!
「アンタッ! 昨日はよくもやってくれたわね!! アンタのせいでクサイ飯食べる事になりそうだったじゃないの!!」
目の前で散々罵倒する自称神を放置して警察に通報しようと目の前でスマホを取り出すと何故か自称神が勝ち誇った顔をしていることに気付いた。
「フフン! 官憲に連絡する気? やってみなさい!! アンタが怒られるハメになるんだから!!」
「どういう事だ? 何故、犯罪者を通報する俺が怒られるというのか」
「それはね、アタシがアンタの嫁だって言ったからよ! 夫婦喧嘩で官憲を呼んだって事で、次に呼んだら怒られるのはアンタなの」
プークスクスと指を指して笑う自称神。
「うわあ、自称神な上にストーカーかよ……」
「なっ!? ストーカーじゃないわよ!!」
きいいいいと地団太を踏んでいる自称神ストーカーを押しのけて室内に入る。
警察に電話しても意味がないならどうすれば……。
「そもそも何故、警察官はそんなデマを……?」
「それはアタシの女神パワーのお蔭よ!!」
ナイ乳を張ってドヤるストーカー。
勘弁してくれ、こんなお花畑がストーカーなんて手がつけられないじゃないか!!
「何よその顔、信じてないわね! 見せてあげるわ、アタシが女神だって事をね!!」
ストーカーは金の珠に近付くとスゥっと姿を消した。そして数秒後再び姿を現した。
「フフン! どうよどうよ!! アタシが女神だってわかったでしょ!」
「……もう一度やってみてくれ」
「いいわ、何度だってやってあげる!!」
ドヤ顔でストーカーは金の珠に近付くとスゥっと姿を消した。
すかさず買ってきておいた神社のお札を金の珠に直接触れないように気をつけながらお札を貼り付けた。
ストーカーは姿を現さなかったのでその後、飯を食って寝た。
=================
次の日、仕事を終え帰宅すると玄関前にストーカーが仁王立ちしていた。
何だアイツは? だんだん外に出てきて、メリーさんの逆バージョンか?
俺の姿を見るや否やすっ飛んできて怒鳴り散らしてくる。
「ア、ア、アンタッ!! ふざけんじゃないわよ!! なにアタシの大事な所にお札なんて貼ってんのよ!!」
怒るストーカーをまあまあと宥めながらかわし、そっと玄関扉を開け体を滑り込ませると鍵を掛けドアチェーンも掛けた。
「ちょ、ちょっと開けなさいよ!!」
ドンドンと扉を叩く音が聞こえるが無視だ。チャイムも連打される、ピンポーンという音なのだが、
連打されすぎてピピピピンピピンピピピンピンポーンになってしまっている。
諦めてお逝きなさい。
さて、明日は休日なので映画でも見ながらゆっくりと過ごそうか。
食事の準備をし、契約している映画チャンネルから面白そうな映画を探して……はぁ。
いつの間にか騒音が聞こえなくなった玄関扉を開けると、しゃがみ込み膝を抱えて俯いてる金髪女がいた。
扉が開いた音が聞こえたのか俯いていた顔をあげこちらを見つめている。その瞳は涙目だ。
頭をガシガシ掻き毟りながら俺はため息混じりに「入れよ」と言うほかなかった。
金髪女は金の珠の傍らに膝を抱えて座っている。無言でこちらを見つめていて飯が食いづらい……。
「なんだよ」
「……お腹すいた」
マジかよ……。
▼
目の前に握り箸でガツガツムシャムシャと食事する金髪女がいる。
コイツ本当に神なの? マナーもクソも無いんだけど。
「お前、何が目的なんだよ」
「にゃにって(モグモグ、しゃいしょに(モグ、言っ(モグ、でしょ」
「喋るか食うかどっちかにしろ!」
「…………(モグモグ)」
「食う方選ぶな!」
「……。(ゴクン) もうわかったわよ」
といいつつソーセージを口にほうりこむ。
食い意地が汚すぎだろ……。
「……あなたは勇者に選ばれました。いくつかの能力を授けます、どうか私が管理する世界【輝く大地エルファリ」
「今更、取り繕うな!」
「じゃあ、どうしろってのよ!」
「普通に説明しろ!!」
仕方がないわねと言った表情をする金髪女。
何で俺がだだ捏ねたようになってんだコラ。
「アンタを勇者に選んだからアタシの世界から魔族を駆逐しろって話よ」
ざっくりと説明しながらソーセージ食うんじゃねえ!
「何で俺がそのお前のクソダサ世界を救わなきゃならないわけ?」
「ダサくないわよ!!」
「輝く大地ってクソダサだろ」
「ダサくないわよ!!」
いや、ダサいだろ。
「……別にアンタじゃなくても良かったわ。ただ、この世界の神々に転移ゲートを繋いだ事をバレないように、
こっそりやったらここに固定されたからこの部屋の住人である川本和貴、アンタに頼んだだけよ。あとダサくはないわ」
「何でこっそりなんだよ」
「当たり前でしょ! いくらお互い神同士だからって自分の世界に不法侵入されたら排除するでしょ!
アンタだって知らないヤツが家にいたら追い出すでしょ!!」
自己紹介かな?
だから、俺はお前を追い出したんだが。
「……なによ、その目は」
「言ってて気付かないのか? 丸っきり俺に対するお前だぞ」
「フンッ! 人間なんて下等生物に配慮する必要は無いわ!!」
よし、コイツを外に出そう。
素早く背後に回り羽交い絞めにして追い出しにかかる。
「ちょ! なによ!! 放しなさいよ」
「もう出てけ!!」
「いやよ! 絶対に出て行かないわ!!」
ぐぬぬとテーブルに覆いかぶさるようにしがみ付く。
「やめろや! テーブルが引っ繰り返るだろ!!」
「だったら、あんたが放しなさいよ!!」
お前、覆いかぶさりながらおかずを食うな!
なんなの本当にもう。
▼
「でも、成る程な、だからお札やお守りが効いたのか」
このバカを排除しようとしてたんだな。
「そうよ! 宝珠に全然触らないから転移してこないし! 仕方ないからバレないように徐々に力を送って顕現しようとしたのにお守り投げつけてくるし!
アタシを騙して大事なところにお札なんか貼り付けて!!」
知らんがな。なんだよ大事な所って、あの部屋の隅にあるキン○マ?
しかし、やっぱり触れる事が鍵になってたんだな、初日に触らなくて良かった。
「あの宝珠はアタシの心臓みたいなものなのよ!!」
まさかのモツ!? そんなモン部屋に設置すんな!
「お札を剥がすの痛いのよ! 粘着スライムが張付いたまま乾いた所を無理矢理剥がすくらい痛いんだから!!」
例えがわからんわ!!
プリプリ怒りながらソーセージを摘まむ、金髪女。
いや、もう食うのやめろ。 あ、そう言えばまだコイツの名前聞いてないわ。
「そういやお前、名前は?」
「下等生物に教える必要なんてあるの?」
「食いモンさげるぞ」
「って言いたい所だけど言うわ。エルリーナ・ヴィヴィ・ルーテリア・シャイン・川本よ」
「……おい、なんで俺の名字がついてある」
「夫婦だからよ」
「それは警察にした言い訳だろうが」
「この世界はキッチリ管理されてるみたいだから、調べられたりしても大丈夫なように色々弄ったのよ。……加減を間違って別れられなくなっちゃったけど」
おいおいおいおいおい。
今最後に恐ろしい事言ってなかったか?
「アタシみたいな超絶美少女な女神様と結婚できて嬉しいでしょ! 感謝して咽び泣きなさい! そしてアタシの世界に住む魔族を殲滅しなさい!!」
開き直って堂々と感謝と面倒な事を要求してくるバカに殺意が湧く。
「誰が感謝するか! お前のクソダサ世界だってゲートがここにあるだけで他に頼めるだろ!そこら辺に歩いてる虚ろな目をしたおっさんにでも頼め!!」
「無理よ、アンタで固定されちゃったから。あとダサくはないわ」
「さっき『アンタじゃなくても良かったわ』って言ってただろうが」
聞き間違いじゃなければそう言ってた筈。
「確かに言ったわ。でも、夫婦になった以上アタシの加護もチートもアンタにしか与えられないわ」
浮気は出来ない性分だからと、どんぶり飯を頬張るバカ。
だから食うのやめろ!
「あ、ちなみにアンタも浮気はできないからね?」
「はっ?」
「当たり前でしょ? 神であるアタシの夫になったのよ? 浮気なんて絶対にできないわ!いないと思うけど万が一アンタに好意を持っている女がいたら
その好意は無くなるし、これからアンタは男として誰にも好意をもたれないわよ?」
当然でしょ、と胸を張って言うバカ。
はっ?
一生……? 誰とも恋愛も結婚も出来ないの?
マジで?
気がつくと俺はバカを抱きかかえていた。バカは「ちょっとなに!?」とか「ま、まさかアンタ、アタシの事を!?」
とか「足にキスすることだけなら許してあげるわ!」とか言ってた気がするが気にせずバカを運ぶ。
「ほ、ほんきで……ほんきでする気なの……?」
不安そうな表情でそう言ってくるバカに俺は「ああ」と言う。
観念したかのように目を閉じると「……せめて優しくして」と呟いた。
無言で彼女を放り投げるように、珠(バカが宝珠と言っていた)の上に落とすとバカは消えた。
素早く買いだめしておいたお札を直接触らないように何枚も貼り付けて、不貞寝した。
=================
次の日、清清しい朝を迎え……られなかった。
いつの間にか戻ってきたバカが俺の顔を踏みつけていたからだ。良い笑顔のままグリグリと顔を踏みつけてくる。
「ほらほら!足にキスすることだけなら許してあげるって言ったでしょ!!」
軽くキレているのだろう、押し付ける力が強い。
「そのクサイ足を退けろバカ」
「なっ!? クサくないわよ!! フローラルよ!」
バカの足を払い除けて起きる。このバカに構っても時間の無駄だ。
背後で「クサくないわよ!嗅いでみなさいよ!」と叫び声が聞こえるが無視だ。
永遠にモテない呪いをかけやがって……。
朝の身支度を整えて朝食を用意して食事をはじめる。
バカが期待した目で見てくるがお前の分などない。
「ご飯……」
無視、無視。
「うぅ……」
本当にこいつはよぉぉぉぉ!!!!
▼
腹一杯になってベッドでごろ寝しているバカ。
お前何しに来たんだよ、飯食いに来ただけかコラ。
そういや聞きたい事があったんだ。
「お前、何で魔族を倒したいわけ? クソダサ世界に人間がいるとしても下等生物って見下してるお前が人間の為にってわけじゃないだろ」
このバカがそんな優しさを持ち合わせてるわけがないしな。
俺がそう質問するとバカは苦しそうにお腹をさすりながら起き上がる、そりゃアレだけ食えば苦しくもなるわ。
何で五合炊いた飯がもうないんだよ。
「アタシの世界にも人間はいるし、人間の為じゃないってのもそうね。あとダサくはないわ」
「じゃあ、なんでだよ?」
「アイツラきもいのよ」
はっ?
「アイツラがきもいって言ってんの! なんかウジャウジャいるし! デコボコしてるし、テカッてるし!! アタシの世界はアタシの家みたいなものなのよ! アンタだって家にゴキブリがいたら殺すでしょ!!」
ゴキブリと同類なのかよ魔族!!
「むしろ、アンタはどうなのよ!!」
ズビシッと音が鳴りそうな勢いで俺に指をさしてくるバカ。
「普通の人間なら異世界転移チートなら飛びつくって神様ネットワークで知ったのに飛びつかないじゃない!!」
気になる単語が出てきたが面倒な話になりそうな気がするので聞かないことにする。
「お前の所、地球で例えると文明レベルはどのくらいだよ」
エルリーナはうーんと考える素振りを見せ「中世くらい?」と答えてくる。
「中世の文明レベルで命がけで戦って得られる物なんて今の生活より劣った物ばっかだろ。しかも、命の危険性は今の生活より高い。
身分制度やら差別やらも多そうだし、モテる事もないなら行く必要ないだろ」
飯の食いっぷりから見て食事事情も悪そうだしな。
「そもそも魔族退治とかお前の世界の人間に神託でも出してやらせればいいだろう」
「無理よ、アイツラに理解なんてできるわけないわ」
「あ? なんでだよ?」
「木の棒持ってウホウホ言ってる下等生物に理解できるわけないでしょ!」
「原始時代じゃねーか!!」
何が中世だバカかお前は! バカだったわお前は……。
「中世時代よ!! …………魔族は」
魔族の方かよ!
「魔族が文明築いてるんならお前の世界は魔族がメイン生物だろ」
心底嫌そうな顔をするエルリーナ、そんなに嫌がる魔族ってどんな生物なんだよ……。
「そんなの絶対に嫌。アンタはアタシの夫なんだから馬車馬のように魔族を殲滅しなさいよ!」
俺が夫という言葉に顔を顰めているとムッとした顔になるエルリーナ。
なんでお前がキレてんだよ、キレるのは俺だろうが。
「なによ、アタシに不満があるっての!」
「不満しかないわバカ! 逆になんでお前は前向きなんだよ!!」
「未来永劫アンタだけが夫って決まっちゃったからよ! 永遠にアンタが夫なら前向きになるしかないでしょ!」
「……未来永劫?」
「魂レベルでの契約だからアンタは生まれ変わってもアタシの夫よ」
光栄に思いなさいとナイ乳を張るエルリーナ。
マジか……今生でも来世でもコイツが嫁……。死にたい、いや死んでもコイツが嫁か……。
もういいわ、映画でも見よ。
思考を放棄して、今日という休日を楽しもうじゃないか!
「だから、アタシの夫であるアンタはアタシの家の掃除をしなきゃならないわけ。……ちょっと、聞いてるのってなにしてんのよ?」
「映画見るんだよ、映画」
「映画?」
トコトコとやってきて隣に座ってくる、近い離れろ。
「映画ってのはな」
「バカにしないで知ってるわよ! この世界に来る時に世界の常識調べたんだから!!」
常識知ってる割に非常識だけどな!
▼
今、見ている映画はカローズという青春時代劇だ。
主人公である若き侍、瀧山帯刀が守山藩の家老になる為に、一番家老に近いとされる同い年の吉澤源信一派と勢力争いを行うといった内容で、
最大の見せ場である両一派入り乱れての決闘シーンで何故か、ヒロインの小町がラップを披露するシーンが挿入されているという謎演出が話題となった作品だ。
いや、マジでなんで決闘シーンで別のシーン、しかもラップシーンを挿入したのか……?
エルリーナははじめて見た映画を食い入るように見つめ、映画が終わってからは目を閉じて何かを考え込んでいる。
なんか感じる所があったのか、この映画に。
……まあ、いいか。ほっておいて次見る映画を「ヘイヘイヘイヨォー」
!?
「アタシ天意! アンタ転移! チート貰い! 世界救うコレが神意!!」
コ、コイツ! ラップ始めやがった!?
正確にはラップもどきだけどヘタクソすぎる!
「アタシ天意! アンタ転移! チート貰い! 世界救うコレが神意!!」
しかも、ずっとワンフレーズリピートしてやがる!!
「アタシ天意! アンタ転移! チート貰い! 世界救うコレが神意!!」
頭が変になるわ! くそっ……誰かに見せたいこのクソラップ。……そうだ!
スマホを取り出してエルリーナを撮影する。ワンフレーズを連呼してる姿をたっぷり10分だ。
撮影を終えると、さっとエルリーナ以外おかしなところがないか流し見てそのまま動画サイトマイツベにアップした。
あとは半日後に反応を見るだけだな。
▼
エルリーナは俺が映画を見始めるとラップもどきをやめ隣に座って映画を見始める。
映画が終わるとラップもどきをはじめ、映画が始まると映画を見るを繰り返す。
なんだこいつバグってんのか?
再びラップもどきを始めてるエルリーナを無視してスマホでエルリーナ用に開設したマイツベのチャンネルを開いた。
おお、約2000回は再生されてるな。コメ欄は……。
『耳障りすぎて草も生えない』
『可愛いけど歌がクソ』
『壊れたレコードよりひでえ』
『目の前にラッパーがいたらライムブック叩きつけられるレベル』
『そんなことよりおっぱいまだですか』
予想通り批判とクソコメしかきてないな。
もっと俺の気持ちを味わってくれ世間の人々!!
「アタシ天意! アンタ転移! ちょっと聞きなさいよって……何見てんのよ?」
「あぁ、これか? お前のクソラップを世間にお裾分けして反応を見てたんだよ」
ほれ、とスマホをエルリーナに渡した。
食い入るようにスマホの画面を見つめ段々と青褪めていく。
いや、青を通り越して白くなってきてる。
エルリーナはそのまま力なくスマホを落とすとフラフラとベッドへと向かい毛布を被り丸くなった。
やりすぎたか? 嫌でもなぁ、呪われてるし俺。
…………しかし、コイツ帰らないんかい!!
=================
次の日、今日も休日だ。
結局、エルリーナは毛布を被り丸くなったまま帰らなかった。
……テーブルに握っておいたおにぎりが無くなってるから飯は食ってるなコイツ。
ベッドを占領してるので俺は別の所に……寝る訳がない。
俺の家だし遠慮などせん、隣で普通に眠ってやったわ!
「いつまでそうしてる気なんだよお前」
丸まっているエルリーナに聞いても返事はない。
そんなに動画公開がショックだったのだろうか? 人間を見下してるから、見られても気にもしないと思ったんだが。
それとも他に理由があるのか? 例えばこの世界の神に目を付けられて攻撃されるとかか……?
そうだとしたら悪いこ「やるわよ!!」
なんだ!?
大声に驚き振り向くと毛布をバサッと取っ払い腰に手を当て堂々とした立ち振る舞いエルリーナがいた。
どうやらメンタル回復したらしい。でもやるって何をするんだ?
「やるって何をだ?」
「決まってるでしょラップよ! ラップ!」
ラップやるんかい! ショック受けてたんじゃないんか、それともやっぱり他の理由?
「お前、ショック受けてたんじゃないのか?」
「ええ、ショックだったわ……アタシのラップのクオリティの低さにね! 女神たるアタシがあんなクソラップで下等生物にバカにされる訳にはいかないわ!!」
アンタはそのスマホで撮影して世間にアタシの素晴らしさを公表しなさい!と言いながらクローゼットの俺の服を漁り出す。
コイツ何する気だ? 俺の服なんて漁りだして、ラップするんじゃないのか?
やがてお目当てのものが見つかったのか徐に服を脱ぎだした。
「バッ!バカかお前!」
慌てて後ろを向いた。
何だコイツ恥じらいってものがないのか!?
「何よ、なんでソッチ向くのよ?」
「普通は男の前で堂々と着替えないだろ!」
「? アンタは夫だから良いでしょ」
受け入れすぎだろ……怖くなってきたんだが。
いいわよ、と声が掛かったので振り向くとそこにはキャップにタオルを乗せダボついたトレーナーにダボパン、サングラスをかけたBラッパーがいた。
「さあ、スマホを構えなさい!」
コイツバカだ……バカすぎる……だがそれがいい!
良いだろう! 見事撮ってみせるぜ!
エルリーナがパチンと指をならすと軽快なBGMが鳴り響く。
――コイツ、女神パワーでBGMを用意したのか!
リズムに合わせて体をゆらゆらと揺らしはじめるとダン、ダン、ダダダの音でキメポーズをキメながら歌い始めた。
「アタシ天意!(アタシ天意!) アンタ転移!(アンタ転移!) チート貰い!(チート貰い!) 世界救うコレが神意!!(Yeah!!) 」
コーラスまでだと!? 本気だ! 本気で良い映像を作ろうとしてやがる!
「アタシの世界に魔族が登場!(登場!) 魔族のせいで乱れる秩序(たいへーん!) 救いを求めてこの地に参上(参上!) 勇者を見つけて魔族を排除!(やっつけろー!)」
ワンフレーズじゃなく他の歌詞まであるとは! まさかずっと考えていたのか?
「アタシ天意!(アタシ天意!) アンタ転移!(アンタ転移!) チート貰い!(チート貰い!) 世界救うコレが神意!!(Yeah!!)」
ダンスが激しさを増していく。
な!? あれは妖精か!? エルリーナの後ろに四匹の羽の生えた妖精が現れる。
皆一様にBラッパーの姿をし、エルリーナのバックダンサーになっている。
いやな妖精……はじめて見た妖精がBラッパーとはなんか悲しい。
「魔王を倒して世界を向上!(向上!) 役目が終われば使命を解除!(やったね!) あとは自由に生きて往生!(往生!) 迎えに行くから待ってて昇天!(ずっといっしょー!)
これが天意!(これが天意!) だから転移!(だから転移!) チート転移!(チート転移!) 世界救うコレが神意!!(Yeah!!) アタシ天意!(アタシ天意!) アンタ転移!(アンタ転移!) チート貰い!(チート貰い!) 世界救うコレが神意!!(Yeah!!) 」
音楽の終わりと同時にキメポーズしエルリーナのラップライブが終わった。
肩で息をし、少し顔を赤らめた彼女がにっと笑った瞬間動画の撮影を終了した。
これが正しいラップかはわからない……しかし、出来はかなり良いんじゃないかと思ってしまった。
「どう? 良かったんじゃない?」
「認めるのは癪だが良かったとは思う」
「そうでしょそうでしょ! フフン、さあ、公開しなさい!」
「……いいのか? 出来も良いし結構目立つかもしれんぞ? この世界の神にバレたら困るんじゃないのか?」
「人間の動画サイトを一々神がチェックしてるわけないじゃない。 大丈夫だからやって」
「早くしてこの為に編集しなくてもいいようにしたんだから」とせっつくエルリーナ。
「わかったわかった。……ほら、あげたぞ」
スマホを渡してみせる。エルリーナは受け取るとジッと見つめ言う。
「反応がないんだけど……」
「そりゃ上げて直ぐに反応されるのは元々有名なまいちゅーばーだけだ。お前はまだ無名なんだから少なくとも半日は待て」
「つまんない」
スマホをベッドに投げ捨てつまらなそうに口を尖らせる。
腹が鳴って慌ててお腹を押さえるとこちらをチラチラ見てきた。
腹が減ったのか……。
「とりあえず飯の準備するか。……食うんだろ?」
「!! 勿論、アタシはご飯超大盛りよ!」
朝からどんだけ食う気だ!?
▼
「ねえ、そろそろ良いんじゃない?」
「………………」
「聞いてるの? ねえったら」
コイツ……何回聞く気だよ。まだ二時間しかたってねえよ!
無名なんだから諦めてもうちょっと待てよ!
「もういいわ! 自分で調べる!」
そう叫ぶと俺からスマホを引っ手繰ってスマホを弄り始めた
いや、そんな早く反応されないだろう。
「すごいわ! もう100万回再生されてる!!」
「なに!?」
ほら、とこちらにスマホを見せ付けると確かに100万回再生されてる。
嘘だろ……こんなにポテンシャル高かったのかコイツ。
俺が驚きのあまり言葉を失っているとコメントを読めと催促してくるので読んでやる。
『クオリティ高え!』
『昨日の今日でどうやったらここまで変わるのか』
『可愛くて歌もダンスもうまいとかエルちゃんのファンになりました』
「最後に笑った顔がまるで女神様』
『妖精がCGには見えない、どうやって撮ったんだ?』
『これはバズる!』
『そんな事よりおっぱいまだー?』
『↑それな!おっぱい!おっぱい!』
おっぱいコメは昨日と同じヤツだな、どうやらこういう絡みをして印象付けたい輩みたいだが他は昨日とは違って賛美のコメントが多い。
コメントを読む度にニマニマした顔を浮かべるエルリーナ、相当嬉しいのだろう。
「アタシの実力はこんなもんよ! 皆褒め称えるがいいわ!! ただ、おっぱいコメントしてる奴らは大事な時に『エルリーナ様すいません!』って言いながら脱糞する呪いをかけるけど」
「いや、神なのに呪いかけるのかよ」
「神だからかけるのよ! 神はわがままなんだから!」
そう言ってエルリーナはブツブツと何かを呟き始める、恐らく呪いの類だろう。
クソコメしただけで脱糞するはめになるとは合掌。
「さて、忙しくなるわよ!」
「何でだよ?」
「決まってるじゃない! 動画のネタを探すのよ!」
「はあ?」
「まいちゅーばーとして華々しくデビューしたんだから世界一になるわ!」
「いや、当初の予定はどうした? 俺は転移なんてしないけども」
俺を転移させるためにラップまで歌ったんじゃないのか?
んー、と考える仕草をしてエルリーナは言う。
「気長にやるわ。アンタがその気になるまで我慢してあげる」
「何で上から目線なんだよ」
「なんでって? それはアタシが神様だからよっ!」
キラキラしたドヤ顔でそう言い放つこのバカ、エルリーナに少しは付き合ってやってもいいかと思う俺だった。
「…………最終手段でアタシが殲滅すればいいだけだし」
「自分で出来るなら自分でしろ!」
「嫌よ! ゴキブリになんて関わりたくないわよ!」
ゴキブリじゃねーか!!
▼
夕飯を並べているテーブルの対面にエルリーナが座っている。
コイツ、夕飯まで食っていく気か?
「お前、何時まで居んの?」
「ずっとだけど?」
何言ってんの?と言いたげな顔をしているがお前こそ何言ってんの?
「アタシ考えたんだけど、アンタってアタシの夫なわけじゃない? だったらアンタの家はアタシの家って訳でしょ?
だからアタシがここに住んでもいいじゃない」
「違うわ! 俺だけの家だっつーの!」
「なんでよ! ゴキブリのいる家に帰れっての? 絶対嫌だわ!」
「俺だけの家!」「アタシの家でもある!」の応酬を何度か繰り返し段々と馬鹿らしくなってとりあえず飯を食うことにした。
エルリーナは既に山盛りになったどんぶり飯を食べながらニコニコしている。
美味しそうに食べている姿を微笑ましく思っている自分がいるのに気付く。
……くそ、絶対に絆されない。
気持ちを誤魔化すようにテレビに映るニュース映像を見始めた。
ふーん、あの芸能人が結婚ねぇ……ん?速報?
芸能人が記者会見していたニュース映像が切り替わり、真面目な顔をしたキャスターが原稿を読み上げる。
『本日、国会の委員会にて党首討論中の須賀総理と最大野党民自党の小川代表が討論中に脱糞しました。
両者は脱糞する際「エルリーナしゃましゅいましぇん!!」と叫んでおりどういう意味なのか現在調査中です』
映像が切り替わり党首討論中に脱糞するおっさん二人の生々しい光景が広がっている。
俺はゆっくりテレビ画面からエルリーナに視線を向けると、彼女も流石に驚いているようで握り箸に指していたから揚げを頬張ろうとした格好で固まっていた。
おっぱいコメントが自国のトップなんて予想外にも程がある。
「ねえ、アンタ。この国大丈夫なの?」
「…………転移してぇ」
「えっ、そう? しちゃう?しちゃう?」
「しねぇけど」
「しなさいよ!」
――これがお騒がせまいちゅーばーエルリーナの伝説の始まりであった。
「ナレーション風に変な事言うんじゃないわよ!」
地球の神々
「我等の世界に異世界の神が侵入しているらしい」
「あれ等は余計な事しかせんからなぁ」
「私達の世界から人間を誘拐したり、チートを与えてこちらに戻したりとやりたい放題ですしねぇ」
「此度の奴も何を企んでるやら……。この世界に害をなすならば容赦はせん」
「異世界の神が何やらしているようだぞ、見てみよう」
「悪の企みか!」
『アタシ天意!アンタ転移!』
「「「あ、これは大丈夫なやつだわ」」」
放置決定の瞬間である。