宰相家次男の嘆き〜令嬢は知らない・外伝〜
「婚約破棄されそうな令嬢は知らないことだらけ」に登場しますイリサスの弟のお話です。
僕の父上は、ガーリウム王国で政務局の宰相という一番エライお仕事をしている。お爺様もそのお仕事だったんだって。
なので、僕の2歳上の兄上は、僕が気がついた時には、すごーく難しいお勉強もしていたし、父上もすごーく期待していたし、母上なんて、ほんとにほんとにすごーく期待していた。
兄上は、期待されてることが当たり前だというように、嫌な顔ひとつせず、お勉強をしていた。
「坊っちゃまは、のんびりでいいんですよ」
メイドは、いつも僕に優しくそう言ってくれた。
「まあ!ドナー!がんばり屋さんね」
母上も僕がほんのちょっぴりお勉強していると、すごーく誉めてくれた。
僕は次男だ。のんびりゆったり、プレッシャーも期待もなく、ほのぼのと生きてきた。2歳下に妹がいるのだけれど、妹の方が、マナーだの淑女だの姿勢だのと、厳しく言われていた。
いいんだ、僕は真ん中っ子だから。執事がそんなこと言ってた。
僕が7歳の時、
「王子殿下と王女殿下が同い年なんだ。交流するようにと、陛下から言われてな」
と父上が、おっしゃって、次の日、兄上と妹ブリジットがお城へと出掛けた。
「坊っちゃま、お茶でもしましょう」
メイドが僕にお茶を淹れてくれて、それもミルクたっぷりの僕の好みで、ケーキまでついていた。
こういう日が何度もあったけど、僕と同い年の王子様も王女様もいないんだなって思うだけだ。次男で、同い年の王子様もいなくて、気が楽だなぁ。
僕が8歳の時だった。
「王子殿下の婚約者が、公爵家のアリーシャ嬢に決定した」
「まあ、そうですの。では、イリサスにもそろそろ考えねばなりませんわね」
そして、兄上の婚約者さんという人が、うちに来た。
「ユラベル侯爵が長女イメルダリアですわ。よろしくお願いいたしますわ」
僕と2歳しかかわらないのに、すごくお姉さんで、すごくしっかりしていた。つり目だけどクリクリしたおめめに小さなお口が、美人なのに可愛いが揃った人だった。この時だけは、兄上が羨ましかった。こんな人が婚約者になってくれるなんて!
「あ、ぼ、僕は、ドナテルです」
「シャーワントこうしゃくのむすめのブリジットです。よろしくおねがいします」
妹の方が上手に挨拶できたことがショックで、僕は、次の日からマナーのお勉強をちゃんとやった。メイドも母上もびっくりして、僕は、ベッドに無理矢理寝させられた。なんでだ?
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僕は15歳になる年、学園の初級学年に入学した。成績順のクラス分けで、Aクラスになったんだけど、兄上がずっとAクラスだから、僕がAクラスだったことは、我が家では、何の話題にもならなかった。メイドだけは、
「坊っちゃま『も』頑張られたのですね」
と言っていた。そうか、兄上も頑張っていたから、僕はそれよりは頑張っていなかったんだなと理解した。まあ、僕が何クラスであるかは、あまり問題でないことに、正直ほっとした。もし、クラス落ちしても大丈夫なんだろう。
学園では、友達もたくさんできて、すごく楽しかった。勉強もちゃんと授業を受けていれば、心配なさそうだ。特に数学はとても面白い。「数字はうそをつかない」という言葉があると先生は言っていた。もっともっと数字を見たいと思った。
そうそう、友達に聞いたんだけど、なんでも、2学年上には、第一王子をはじめ、高位な貴族の子息令嬢がたくさんいて、ゴールデンエイジと言われているんだって。兄上もその学年だし、Aクラスだし、やっぱり兄上はすごいんだな。
確かに僕の同級生には、侯爵家の子が2人と伯爵家の女の子が1人。あとは、子爵家か男爵家だった。僕は自分も爵位を継がないから、相手の爵位も気にならなかった。友達は友達だもの。
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夏休みがあけた2学期、最近、兄上の不可解な行動が、嫌でも目についた。兄上は、イメルダリア嬢ではない女生徒とすごく…その…そう、仲がよかった。きっとそれだけだと思う。
あれ?そういえば、この頃、イメルダリア嬢は、うちに遊びに来ないなあ?しっかり者の兄上のことだ。イメルダリア嬢のお宅に遊びに行っているのだろう。
あ、またあの女生徒と……。その仲の良さは許されるのかな?
「なあ、ドナー、さすがにあれはやばいんじゃないのか?」
中庭で二人でいる様子を見た友達が言う。
僕は不安になって、父上と母上に相談した。
「学園だから、少しばかり遊んでいるだけだ。ユラベル侯爵家からも何も言われていないしな」
そうか、僕が考えすぎだったんだ。
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兄上の学園での様子が変わらないまま、僕は中級学年になった。中級学年でもAクラスだった。
!!!!兄上がCクラス?最上級クラスで兄上がクラス落ちした。このまま卒業でいいのかな?大丈夫なのかな?兄上のことが心配だ。
父上と母上に、相談しようとしたら、父上とはお仕事で会えなくて、母上は兄上のクラス落ちがショックで寝込んでいた。
僕は学園で、兄上に話しかけてみた。
「お前にはメノールの素晴らしさがわからないのさ。俺は彼女を守れるなら何でもいい!」
「兄上、何を言ってるの?イメルダリア嬢はどうするの?」
「あんな性悪、いつかはっきりさせてやるさ」
イメルダリア嬢の悪口を言うなんて信じられない。どうしてなんだ?!
「何でもいいって、家は?公爵位はどうするのさ?」
「公爵にはなるよ。メノールを守るためには必要だろうからな。誰から何を思われたって関係ないということだ。僕は僕だ。メノールはそんな僕を認めてくれている!」
「そんな勝手な理由なの?」
「宰相の仕事も、領地の仕事もきちんとやるさっ。それなら問題ないだろっ!お前には何も渡さない!」
兄上は、怒って行ってしまった。
兄上は、週末の帰省を全くしなくなった。母上は、少しは元気になったようなのだが、メイドに
「奥様の前で、イリサス様のお話はダメですよ」
と言われてしまったので、何も聞けなかった。
そんなある日の週末、夕食の後に来客があった。きっとご挨拶に呼ばれると思って、部屋から出たら、メイドに
「坊っちゃまとお嬢様は、お部屋にお戻りください。もう、おやすみのお時間です」
と言われたが、まだそんな時間ではなかった。
1時間くらいした時、お客様が帰るようだ。僕は二階の廊下の手すりからそっと玄関を見た。ユラベル侯爵ご夫妻だった。ご夫妻を見送ると、その場で母上が倒れた。執事が母上を運び、父上も一緒に二階へ来る。僕は慌てて部屋に戻った。
「絶対に、兄上の話だ。明日の朝、父上に聞かなくては」
翌朝、母上は朝食に現れなかった。ブリジットの前では聞けないから、父上の執務室へ行った。
「父上、お聞きしたいことがあります」
「なんだ?」
「昨夜、ユラベル侯爵様は兄上のことでいらっしゃったのですか?」
「っっ。お前は気にしなくていい。それより、これからは、毎週イリサスも連れて帰ってきなさい」
「兄上は、僕がお誘いしてもダメでしたよ」
「私からも手紙を出しておく」
「わかりました」
次の週末から、兄上は帰省するようになった。父上は、兄上とよく話をしているようだし、兄上には新しい家庭教師もついた。
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ある日の朝、僕はなぜか目が覚めてしまったが、あまりに早い時間でメイドを呼ぶのも悪いなって思って、調理場に飲み物を取りに行った。そうしたら、玄関に兄上がいて、丁度帰ってきたところだった。
「あ、兄上??こんな時間に何してるの?」
「ドナーには関係ない。父上に余計なこというなよ」
『父上に言われたくないことしてるのかよ』と思ったが、廊下の向こうに執事がいるのを見つけたので、
「わかったよ」
とだけ答えておいた。こんな時間にどこへ行っていたのだろう?
後で執事に聞いたら、これが初めてではないそうで、父上ももちろんご存知だそうだ。
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そんなある日の夜、兄上の部屋の前を通ると、母上が泣きながら兄上に訴える声が聞こえた。早く前の兄上に戻ってくれないと家の中が壊れてしまいそうで、怖くなった。ふと、ブリジットの部屋のドアが開いていて、ブリジットがこちらを見ていたことに気がついた。僕はブリジットのところへいき、ブリジットをベッドまで連れて行った。ブリジットが寝るまで手をつないでいたら、僕もそのまま寝てしまった。朝、ブリジットの顔には、涙の痕があって、痛々しかった。
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夏休み、兄上は監禁状態で、父上のお言葉と家庭教師が付きっきりだった。それに安心したのか、母上は食事を僕とブリジットと一緒にできるようになった。
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夏休みが明け、学園へ戻り数日、上級学年のヨアンシェル・レンバーグさんが、教室に僕を訪ねてきた。女の子たちは、黄色い声で、出迎えていた。
「こんにちは。君がドナテル・シャーワント君だね」
「はい、そうです」
「今日、授業の後、生徒会室に来てほしいんだけど」
「え?僕だけですか?」
「中級学年では、君だけだね。あ、三階のではなく、二階の生徒会室なんだけど、わかるかな?」
「はい。わかります」
「では、放課後に。よろしくね」
ヨアンシェルさんが帰る時、目が合ったとかいいにおいがしたとか、女の子たちがまた黄色い声だった。
「ドナー、ヨアンシェルさん、なんだって?」
「放課後に、二階の生徒会室に来てってさ」
「ああ、ドナーが生徒会に選ばれたのか。まあ、そうだろうな。この学年で一番高位だしな」
「爵位なんて関係あるの?」
「ドナーの兄さんだって、生徒会じゃん。今の生徒会って、みんな高位だろ?」
「あー、王子殿下の側近仲間だって兄上から聞いたけど、学校行事とかヨアンシェルさんがやってるじゃん」
「まあな。だからヨアンシェルさん有名人なんだろ。さっきの(女の子たち)見ただろ?
クスクス、お前も来年あーなるかもよ」
「ばっかじゃないの。ならないよっ!」
「ハハハ、ファンなんて勝手につくんだから、ドナーには、なるかならないかなんて 決められないだろ?じゃあ、かける?ふふふ」
「かけないよっ!」
友達とバカ話をしていたら、あっという間に昼休みが終わってしまった。
放課後、二階の生徒会室へ行った。室内には、上級学年の男子生徒、ヨアンシェルさんと2人の男子生徒がいた。驚いたのは、最上級学年の方々が、女生徒だった。その1人はイメルダリアさんだったのだ。
「イメルダリアさん、お久しぶりです」
「ドナテルさん、お久しぶりでございますわ。そちらにお伺いしなくなってから、ずいぶん経ちますものね。みなさんを紹介するわね」
「ま、待って下さい。どうして、兄上じゃなくてイメルダリアさんがいらっしゃるのですか?」
「ドナテルさん、それについては、はっきりしたことは、今は、お話できないの。時期がきたらきっと貴方のお父様からお聞きできると思うわ」
僕は、夏休み前にユラベル侯爵様がうちに来たことに関係するのだと思った。
「わかりました」
イメルダリアさんにみなさんを紹介してもらった。今年の生徒会役員はヨアンシェルさんとその友人シェノーロンドさんとディビィルークさん、そして僕でどうかというお話だった。
「僕は、いいですけど……」
兄上は、学園に戻ってくると元の状態に戻っていた。その中に王子殿下の姿もあり、王子殿下の婚約者様は、ヨアンシェルさんの姉上様だと知っていた僕は戸惑った。
「ドナテル君、僕のことは気にしなくていいよ。はっきり言えば、君がイリサスさんの弟君だとわかっている上で、誘っているんだ」
「そうなんですね。それなら、僕に断る理由はありません」
「助かるよ。明日の夕方から、早速引き継ぎなどするから、しばらく放課後には来てもらえるかな」
「わかりました」
僕は、今日会った女生徒さんお二人のことは知らない。でも、この一年間僕が生徒会役員さんだと思っていた人たちとは絶対に違う。どういうことなんだろう。
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引き継ぎを済ませ、イメルダリアさんたちは生徒会室へ来なくなった。そして、僕の生徒会としての初仕事、文化講演会を、成功させた。
生徒会の中では、僕は会計仕事をすることになった。生徒たちから請求されるお茶会の料金とか、生徒会が主催する会の経費だとか。数字を見ているのは楽しかった。
卒業式間近になって、三人の先輩たちが急に休んだ。まあ、そんな日は、生徒会も休みだからいいのだけれど。
登校してきたと思ったら、
「卒業パーティーの予行練習をすることになった」
え?卒業式まで、2週間ですよ??
「楽団に2日来てもらうとなると、学園に予算の再提出が必要ですよ」
「楽団は、翌日の本番だけでいいよ。日時の変更は?」
「僕がやっておいたよ。学園長にも伝えた」
「ありがとう、デューク」
「軽食の分も予算の見直しが必要ですよ」
「それなら、だいたいはうちで用意するよ。実はこれ、俺の姉さんのわがままから始まったんだ」
「え?イメルダリアさんがですか?」
僕は信じられなかった。イメルダリアさんはそんなわがままを言う方ではない。
「そうだよ。だから、予行練習の楽団も、公爵家と侯爵家から出すから。他に予算の問題は?」
「飲み物くらいなら、残りの予算で足りると思います」
「了解。学園からの着替えや配膳の手配は?」
「あ、それも学園長に伝えたよ。王城、王宮には?」
「それは、僕が国王陛下に日付の変更をお願いしたから大丈夫」
「え?ヨアンシェルさん、国王陛下に直にお願いしたんですか?」
「うん。当日の衛兵や騎士の手配もあったからね。ついでにお願いしてきたよ」
「みなさんにそこまでやっていただいたなら、会計としては、問題ありません」
「そっか、よかった。じゃあ、明日からセッティングがんばろうね」
セッティング自体は、他の在校生にも手伝ってもらえるので、問題なくできた。
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卒業式が終わった。在校生に手伝ってもらいながら、卒業パーティーに近い状態でセッティングした。
楽団さんは、確かに重なった楽器も多く、本物よりは、迫力というかボリュームというか、まあ、少し寂しく感じる程度だ。
軽食は後で届くという。
今日は、在校生も参加できるというので、生徒の数がすごい。みんな楽しみにしているようだ。そろそろ卒業生が入ってきた。
あ、イメルダリアさんだ。イメルダリアさんと生徒会室にいたお二人は、本番みたいにキレイだ。もうすぐ、ヨアンシェルさんの言葉で始まるな、と思っていた時だった。
「アリーシャ・レンバーグ!こちらへ来い!」
舞台上に王子を中心とした5人の人たちが、公爵令嬢であるアリーシャ様を呼んでいる。その中に兄上がいたことにびっくりしたけど、あー、あの5人だとも思った。
それからは、もう、演劇を見ているかのようだった。まさに『お姉様たち』の舞台だった。兄上たちは、おあつらえ向きの殺られ役だった。これは、どこまでが演技なんだろうか?もしかして兄上があの女生徒と変なことしてたのも演技なのか?とマヌケなことを考えてしまっていた。
兄上がひどいことをしていたと聞いても、イメルダリアさん、うちに来てなかったもんな、とか、あーあの時の朝帰りかぁとしか、思えない。
この後、国王陛下まで登場して、さらに父上まで登場して、ここで僕はパニックとなった。
シェノーロンドさんが近くに来てくれて、
「他の生徒がパニックにならないように気を配れ」
お陰で冷静になれた。僕は生徒会としてここにいるんだ。仕事をちゃんとやろう。
「はい。了解です」
シェノーロンドさんは、僕の肩をポンと叩いて、離れていった。
国王陛下の出した魔道具は、すごかった。
父上は、兄上を実質勘当した。兄上の項垂れて去っていった背中を忘れることはないだろう。兄上に次に会えるのは、10年後なのか20年後なのか…。
父上たちが、会場から出たのを確認したら、ディビィルークさんが来て、
「お父上と少し話してくれば?」
と言ってくれたので、僕は父上を追いかけた。
「父上!」
「ドナテル、陛下の御前だ」
「あ、すみません…」
「何も話してないのだろう。目の前で家族を失くしたのだ。許してやれ。ワシらは先に行く」
「ありがとうございます」
父上が陛下に頭を下げたので、僕も頭を下げた。
「こちらへ来い」
父上の後に着いていくと中庭のベンチだった。父上と並んで座る。
「イリサスがどんなことをしたのかは、わかったか?」
「はい。ご令嬢方がおっしゃっていたことは、予想できていました。陛下と父上たちがおっしゃっていた、冤罪と断罪については、本当なのですか?」
「ああ、残念だが、本当だ。あれがなければ、新人文官くらいには、してやれたのだがな」
「そうですか」
「最上級学年でCクラスの者を高官にはできまい?」
「官僚制度はよくわかりませんが、そういうものなのですね」
「いや、私の息子でなかったら、Cクラスでも高官にはしてやれる。だが、私は、高官のトップだ。自分の家の者を甘く採点するわけにはいかん。お前もそのつもりで、残りの2年を努めなさい」
「はい」
「公爵位だが、お前は今まで考えたことはないだろう」
「はい。兄上がなると信じていましたから。僕は王城に仕えることは考えておりました。なので、兄上が高官にならないことより、そちらがなんというか…」
「そうか。急ぐ必要はない。あと5年くらいなら、私も頑張れるだろう。その時、お前が公爵になりたくないのなら、親戚筋から養子をもらえばいい。あまり深く考えるな。大丈夫だ」
「ありがとうございます」
「明日の本番も、生徒会の仕事だろう。しっかりな。来年はお前が生徒会長なんだぞ。しっかり勉強してこい」
「え、会長?あーそうなのかも。はい」
「お前は、そのままで充分賢いし、友人も多いから大丈夫だ。イリサスは努力が必要だったが、お前は天才肌だ。イリサスはお前の存在をプレッシャーに感じていたようだ」
「え?そ、そんな…僕はそんなつもりは…」
「お前にその気がなくとも、その影に怯えていたのだろう。本人が、気がついていないことなど、たくさんあるさ。また、ゆっくり話をしよう」
父上は、立ち上がり、僕の背中を押して、王城へと戻っていった。
会場に戻るともう、軽食が始まっていて、僕は端の席に座ってサンドイッチを摘んだ。侯爵家のサンドイッチ、美味しい!
あ!そう言えば、イメルダリアさんは兄上との婚約がなくなったんだ!こういうときって、婚約は家と家の繋がりだから、弟の僕とってなるんじゃないか??
うん!きっとそうだ!うわぁ、どうしよう、それは嬉しすぎる!明日のパーティーが終われば春休みだ。早速、ご挨拶にいこう!
よし、そのためにも今日と明日、バリバリ働いて、イメルダリアさんにいいとこ見せよう!
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卒業パーティー当日。えー!卒業生たちってクラバットもできないの?クロスタイ、右と左長さ違ってるじゃん!
僕は年上の皆さんの着替えの手伝いで大忙しだった。
着替えが終われば、会場チェック。テーブルセッティングは昨日終わらせてあるので、飲み物と食べ物のチェックと楽団さんのチェック。万事完璧!
卒業生たちも次々に入場してきた。早速、甘味コーナーは大人気だ。
入り口の方がざわざわとする。ふと見るとかっこいいカップルがこちらへと歩いてくる。昨日の『お姉様たち』だ。
一組、二組、あ……
そこから、しばらく記憶がない。なくなったケーキの注文を調理場に伝えたり、卒業生のドレスの汚れを拭いたり、していたらしい。ディビィルークさんが誉めてくれたから、やったんだろうな。覚えてないけど。
イメルダリアさんは、とてもステキな笑顔で、ヨアンシェルさんと入場してきた。そして、ステキなダンスを披露していた。僕はあんなイメルダリアさんを見たことがなかった。何度もうちでお茶をしていたはずなのに、あんな顔を見たことがない。
イメルダリアさんは、ヨアンシェルさんに恋をしているんだ。そう、すっと思えた。
夜、寮のベッドで少しだけ泣いた。8歳の僕は10歳のイメルダリアさんに初恋をしていたんだと思った。
「本人が、気がついていないことなど、たくさんあるさ」父上の言葉が蘇った。
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パーティーの翌日には、春休みだ。
公爵邸に帰ると、無理に笑っている母上が出迎えてくれていた。僕は、数年ぶりに母上の頬に口づけをした。
「ただいま、母上」
母上は、びっくりした顔の後、一筋だけ涙を流し、笑顔で
「ありがとう」
といって、僕の両頬を母上の両手で押さえてシャシャシャと撫でた。
兄上のいなくなった穴はすぐには埋まらないけど、ずっと埋まらないかもしれないけど、家族と同じ傷でわかりあえるから大丈夫って思えた。
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春休み中旬、妹のところに、お客様が来たらしい。メイドが、
「きちんとした格好をして、サロンにご挨拶に参りましょう。ブリジット様からそう言付かっております」
と言われたので、素直にそうした。
「ブリジット、お客様がいらしているのかい?」
僕は、ブリジットのためにいい兄上である演技をした。
「まあ、お兄様、わざわざ申し訳ありません。せっかくですから、わたくしのお友達を紹介させてくださいませ」
僕は、妹たちに近づいた。と、その足が止まってしまった。
「お兄様、わたくしのお友達、シャルロット様よ」
「シャル、わたくしの2つ上のお兄様ドナテルよ」
「はじめまして、シャルロットですわ。ブリジットと一緒の時は、家名は忘れることにしてますの。ドナテル様も、シャルとお呼びくださいませね。ん?ドナテル様?」
「あ、ド、ドナテルです。シャル様、僕もドナーとお呼びください」
「ドナ兄様、シャルが王女様だからって緊張しないでよ。わたくしとシャルは、そうやってお付き合いしているのよ」
「リジー、急には無理なのよ。ドナー様、大丈夫ですわ。ゆっくり慣れていただけると嬉しいですわ」
「ち、違います!あまりにも可愛らしい人がいてびっくりしただけです。僕に敬称は必要ありませんよ。ドナーと呼んでください」
「まあ!」
ブリジットが、扇で口元を隠しているが、口が塞がらないようだ。
「ふふふ、では、ドナー、ここではわたくしのこともシャルって呼んでくださいませね」
「シャル、お隣の席に失礼してもいいですか?」
「ええ、もちろん。ふふふ」
僕は天にも昇るような気持ちでシャルとお話をした。
父上と、今夜話をしなくては!僕は公爵家を継ぎます。シャルに降嫁してもらっても恥ずかしくない紳士になります!
そうだ!生徒会長をやったら、シャルも黄色い声を出すような気持ちになってくれるかもしれないぞ。
がんばるぞー!
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