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第八話 狩りつくせ



「はぁ、あの男ども絶対今頃、私たちが帰ってくるか来ないかで賭けをしているわ」


 都を出てすぐ、シェイラは吐き捨てるように呟く。その体からは目に見えそうなほどの不機嫌オーラがにじみ出ている。

 任務を試験にすると許可を得た二人。そんな二人をあざ笑うように見送っていた酒場の冒険者たちの姿がシェイラの脳裏にはっきりと浮かぶ。さすがのフィーアも思うところがあるのか微妙な表情でいる。


「試験をクリアできれば、きっとみんなも認めてくれるよね」


「そうね。だから早く、グラスウルフの巣を見つけないと」


 シェイラはそう言いつつ、スーッと大気の空気を嗅ぐ。が、すぐに顔を顰めた。フィーアがクスリと笑う。


「ニオイで探すなんて随分と面白いことするんだね。こんないろんな風が流れている場所じゃ無理だよ」


 そう言ったフィーアはおもむろに地面に手をつき、目を閉じ集中する。すると、フィーアを起点に薄いベールのような赤い波紋が広がっていく。フィーアがゆっくりと息を吐き出せば、そのベール状の魔力がふわりと波打つ。シェイラは固唾を飲んでその光景を眺めていた。

 青色の瞳が好奇心に煌めく。本で見たことがある、これは感知魔法だ。自分の魔力を大地に流し、生き物を探すことができる。だが、無条件に生きている物を感知してしまうので探し物には向かないはずだ。


「……いた。グラスウルフの巣だ」


「すごいわね。ここら辺は色々な生き物がいるはずなのに」


 感知魔法は生き物を見つけるだけであって、その種類を判別することはできない。なのに、フィーアは言い切るので、シェイラは首をかしげた。


「感知魔法って、生き物を見つけるだけでしょう」


「まぁね。でも、慣れてる人や魔力の扱いが得意な人によっては生き物の形までわかるんだ」

 

「へぇ」


「戦いでは索敵をするからね。自然とうまく使えるようになるの。もし、やってみたいなら、後で教えてあげるよ」


 立ち上がりながらそう笑いかければ、シェイラは「そうね」と言って僅かに視線を逸らす。フィーアは軽く首をかしげたが、すぐに興味を無くしたのか歩き出す。その迷いのない歩きから彼女が本当に巣を見つけたのだとシェイラは素直に感心していた。

 

 草原の風が歩く二人を後押しするように吹く。清々しい空気はとても美味しく、シェイラの足取りも自然と軽くなる。


「その様子なら体の疲れは大丈夫そうだね」


「ええ、これも貴女が寝る前にしてくれたマッサージのおかげよ」


「気に入ってくれたみたいでよかった」


 実際、シェイラの体は調子がいい。一日中歩いていてもあまり疲れなくなっていた。普通であれば、ずっと家の中で遠出なんてしたことのない彼女であれば、数日もしないうちに疲れと筋肉痛で動けなくっているはずだ。

 だが、寝る前にフィーアのマッサージを受けていたおかげか、疲れるどころかやる気と元気に満ち溢れている。


「貴女、花屋の居候じゃなくてマッサージ屋さんでも始めればよかったんじゃない。きっと、成功するわ」


「マッサージ屋さんか……旅が終わったら考えてみようかな。そしたら、シェイラが最初のお客さんとして来てくれる?」


 冗談めかしてフィーアがそう言ったその時、獣の遠吠えが響いた。気付いた瞬間、フィーアはシェイラを後ろ手に隠し、背中の大剣へと手をかけ――すぐに下ろす。

 後ろに隠れながらシェイラは、魔物図鑑で読んだグラスウルフの説明を思い出す。グラスウルフは群れを成したとき、巣の周りに見張りを置くという。そして、巣へと近づいたやつを追い返すために威嚇行動をとる、と。実際に今の声も“立ち去れ”と言っているだけであって、明確な敵意は感じなかった。

 どこか余裕そうにしているフィーアを見て、シェイラは“彼女も知っているのね”と胸の中でつぶやく。が、まるでそれが聞こえていたかのようなタイミングで目の前から得意げな声が落ちてくる。

 

「本当に群れがいるんだね」


「そうね。でも、こんなに近くにグラスウルフが巣を作るなんて、冒険者ギルドはいったい何をしているのかしら」


 酒場で飲んだくれていた男たちを思い出す。おそらく普段からああして酒を飲んでは一日を終えているのだろう。特に依頼をこなすことなく。そんなことが容易に想像できるほどに、彼らはだらけきっていた。最初に対応してくれた女性以外の職員もそうだ。昼寝をしている者や明らかに仕事をしているとは思えない者ばかりだった。

 おそらく、魔物が増えていても誰も対処しなかったのだろう。シェイラの冒険者というものに対しての不信感が高まる。冒険者の出てくる物語とはまるで違う現実だ。


「……止まって」


 前を歩くフィーアが立ち止まる。考え事をしていたシェイラは目の前の背中にぶつかりそうになったが寸でのところで止まって、前をのぞき込む。とそこには――


『グルルゥ……』


 三匹の若草色の毛並みを持ったオオカミが立ちふさがるように立っていた。サラサラ、と草原と共に揺れる毛並み。敵意に満ちたオオカミの鋭い瞳が二人を射抜く。

 

「あれが、グラスウルフ……」


 魔物図鑑の絵と同じ……いや、それよりもずっと鮮やかな緑色の毛並みは夏の草原のよう。いつでも飛び掛かれるぞといわんばかりに、鋭い爪と獰猛な牙を見せつけるようなそれらの迫力は新人冒険者であれば恐怖に震えていただろう。

 だが、シェイラは怯えた様子すら全く見せず、むしろ瞳を輝かせグラスウルフを観察している。無論、フィーアは軍で様々な経験を積んでいるので、この程度の魔物に何かを感じるということはない。


 まったく怖がる様子のない二人に三匹のうちの真ん中の一匹が一歩踏み出し体勢を低く構えながら低く唸る。フィーアも一歩踏み出す。

 これより一歩踏み出せば、グラスウルフは襲い掛かってくるだろう。シェイラは一歩下がると声をかけた。


「いける?」


「当然。まぁ、見てて」


 背中の大剣に手をかけると同時に――真ん中のグラスウルフへと斬りかかる。

 警戒していたとはいえ、まるで稲妻のごとき速さで振るわれたそれを、ただの低級魔物が捉えることはできない。あっという間もなく、黒曜石でできた分厚い牙はグラスウルフの首を刎ね飛ばす。

 放物線を描くグラスウルフの顔は何が起こったかわからないといった様子で地面を跳ねる。その間に、フィーアは神速のような動きで残り二体の首を刎ね飛ばしていた。

 

 フィーアが大剣を片手で軽く振って血を払い、背中へと担ぐと遅れて、ドサリとグラスウルフの頭部を失った体がほぼ同時に倒れる。だが、その切り口から血が出て地面を赤く染めることはない。

 不思議に思ったシェイラがグラスウルフの死体へと近づき、傷口を間近で観察する。躊躇なく行うそれにフィーアは驚いたというように眉を上げ、彼女の傍へと寄る。


 傷口はまるで熱い石でも当てたかのように焼け爛れていあ。シェイラは恐る恐る、そこに手を触れる。水分すら蒸発したそこはかさぶたのように硬くなっている。


「これは、貴女の剣がやったの? それとも魔法?」


 まじまじと観察しながら聞くと、フィーアは担いだ大剣の柄に軽く振れながら答える。


「魔法……っていうのかな? 剣に魔力を流してその熱でやったんだよ」


「熱……なら、貴女の魔力は“炎”なのね」


 魔力を持つ者には“属性”と呼ばれるものがある。特殊なものを除いて基本的には、風、炎、水、土の4つがある。

 それぞれの属性に特化した能力があり“炎”は攻撃魔法が多い。まさに戦闘に特化した属性ともいえる。だが、得意であってほかの魔法が使えなくなるというわけではないので、炎属性の持ち主でも戦闘ではなくサポートに特化した人もいる。


「だから、貴女の手は暖かいのね」


 魔物漁りも終了し、立ち上がろうとしたシェイラに差し出されたフィーアの手を握りながらそう言うと、フィーアは照れくさそうに微笑んだ。


「へへへ、なんかそんなこと言われると照れるね。シェイラの手は少しひんやりしてて気持ちいいよ。もしかして、水属性?」


「さぁね」


 手を放しクルリと前方へと体を向けたままシェイラは言葉を続ける。


「さっ、早く行きましょう? グラスウルフの巣ってどんな感じなのかしら」


 フィーアは先ほどまで握っていた手を一瞥した後、スッと下ろすと先頭を歩き出した。







「ここだね。……ざっと、100体はいるのかな。よくもまぁ、こんな狭そうな場所で暮らせるもんだ」


「もしかしたら、中は案外広いのかもしれないわね」


 森の中腹、開けた場所にぽっかりと大きな口を開いた洞窟を前にフィーアは呆れたようにそう言って大剣を肩に担ぐ。隣に立ったシェイラは洞窟から漂ってくる“獣と血のニオイ”に顔を顰めていた。

 フィーアはゆっくりと洞窟へと向かう。その後をシェイラはついていく。


「絶対に私の前に出たり、離れたりしないでね」


「わかったわ。ただ、すべて倒した後は少しだけでいいから、探検させて」


「いいよ。少しといわず気のすむまでどーぞ」


 洞窟へと足を踏み入れる。と、奥から10体ほどのグラスウルフが襲い掛かる。フィーアは肩に担いだ大剣を片手で振るい、突っ込んできたそれらを瞬く間に切り刻んでいく。やはり、中は意外と広く、大剣を振り回しても壁や天井にぶつかることはなかった。

 首を飛ばされる物、胴を真っ二つにされる物、大剣の腹で叩かれ潰される物。一瞬にして、あらゆる状態の死体がそこら中に散らばり、シェイラは横目で見つつ、雨のように降り注ぐそれを通り過ぎ、彼女の後に続く。

 高温で焼かれたそれらは血を出すこともなければ、内臓を零すこともない。なんとも、綺麗な殺したかだとシェイラは思いながら歩く。


 ぞろぞろと絶え間なくグラスウルフが巣をつついた蜂のように出てくる。それらをフィーアはまるで、料理人が野菜を切るかのように淡々と死体へと変えていく。斬った音は聞こえず、ただ、死体が地面に落ちたり壁にぶつかって弾ける音だけが反響していた。


 シェイラはグラスウルフを排除していく彼女見ながら、この洞窟は横穴が多いなと感じていた。隙を突くようにグラスウルフがシェイラめがけて飛び掛かる。が、その牙が届くことはない。その前に黒曜石の牙が愚かな魔物の体を焼き尽くすからだ。

 触れた瞬間、蒸発するように溶けていくそれは、シェイラを避けるように地面へと降り注ぎ、消えていく。骨も残らないそれを見てシェイラは彼女の魔力がかなり高いのではと考える。


「うーん。もう結構倒したと思うだけど、まだ出てくるね」


 次々と襲い来るそれを死体へと変えながら、フィーアは首をかしげる。もうとっくに最初に感知した100体は倒しただろう。なのに、魔物の勢いは止まらない。

 これでは、面倒だ。フィーアは息を吸い込み大剣に魔力を込める。幸い、今いる場所は一本道で横穴は見当たらない。


「シェイラ、少しびっくりするかもしれないからちょっと注意してて」


 そう言うや、黒曜石の大剣がうっすらとベールのように炎を纏う。周りの空気をゆがませるほどの熱量を放つそれを構えたフィーアは踏み込むと同時に――



「燃え尽きろッ!」


 勢い良く振り下ろす。と、炎はまるで意思のある蛇のようにうねりながら目の前の通路を埋め尽くし奥へと進んでいく。爆風のような熱風が吹き付け、シェイラは思わず片手で顔を覆う。

 オレンジ色の炎が壁や天井をその熱で溶かしながら、次々と奥から出てきたグラスウルフを焼き尽くしながら進んでいく。その後をフィーアは大剣を肩に担いで歩き出す。



 炎がすべてを焼き尽くしたおかげか、二人が進む道には消し炭となったグラスウルフだったものが転がっていた。不思議と焼け焦げた不快なニオイはしない。

 不思議なものだとシェイラが思いつつ歩いていると、フィーアが立ち止まり、片手で止まるように促す。と、次の瞬間男の怒号が飛んできた。


「クッソ、なんなんだお前らはっ!」


 洞窟の最奥、開けたそこには怒りに満ちた眼差しを向けている男が立っていた。年齢的に30歳前後か、そんな男の顔の左側は焼け爛れ原形をとどめていなかった。眼球は溶け、溶けた皮膚がベロンと剥がれたからか、その顔は肉と骨がむき出しになっていて、見ているだけで痛々しい。

 生きているのも不思議な重症。だが、男はそんなことなど気にならないと言いたげに憎しみに満ちた声を飛ばす。


「いきなり何しやがんだ! てか、あの魔法は何なんだよ。おかげで、()()()()()()()()じゃねーか!」


 そう言った男の傍らには真っ二つに砕けた巨大な姿見が転がっていた。人間が使うには少し大きすぎる姿見は見た目こそ普通だ。が、二人はその姿見が普通のものではないと本能的に感じ取っていた。

 

「……貴方が、この大量の魔物の原因ね」


 シェイラの言葉に男はニターっと顔を歪める。左半分が焼け爛れた男の表情は不気味を通り越しておぞましさに溢れていた。


「ああそうさ! この鏡でグラスウルフをコピーして放ってたのさ。すげぇだろ。オリジナルがいれば、無限に作ることができるんだ」


「魔物を……作る……そんなことが」


「できねえって思うだろ。だが、この鏡はできるんだ。……だけど、そんなすげぇもんを」


 男の雰囲気が一変する。どこからともなく風が吹く。それは、重たくまとわりつくような不快感に満ちたものだった。フィーアは顔から表情がゆっくりと抜け落ちていく。


「壊しやがってぇぇぇぇぇぇええええええッ!」


 男が叫ぶと同時に、巨大なオオカミが男の背後から飛び出しフィーアへと襲い掛かるのだった。

 


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