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第五話 私を連れていって


「また、会ってしまったわね」


 再開に喜ぶフィーアとは違って、シェイラは至って平然とした口調。だがどこか、再会を喜んでいないような色がうっすら浮かんだ声色をしていた。


「あら、貴女たち知り合いだったのね」


 テーブルを挟んでシェイラの向かいに座っていたナインが意外そうにフィーアを見る。フィーアは軽く頷くと、死体を置いてナインの隣へと腰を下ろす。


「町で知り合って一緒にご飯食べたんだ」


「へぇ、そうだったの。なら、都合がいいわね」


 フッと口角を上げたナインの姿と言葉にフィーアが首をかしげる。シェイラは表情を変えることなくハーブティーを飲んでいる。

 雰囲気から二人の間では話が完結しているのだろう。これから、フィーアが何かを言ったところで何かが変わることはない。いったいどんなことを言われるのか。


「フィーア、貴女その子の――傭兵になりなさい」


「へ……?」


 突然の言葉に、シェイラの前に差し出されていたクッキーの皿に手を伸ばしていたフィーアの手がピタリと止まる。ギギギと音でも立てそうなほどぎこちない動きで首を動かし、ナインへと鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を向けた。

 彼女は今なんて言ったのか。一瞬、聞き間違いかとも思ったがナインの顔を見る限り、ソレはなさそうだ。

 呆気に取られていると、ナインが“自分で話しなさい”と言うようにシェイラへと視線を向ける。と、シェイラは頷き口を開く。


「私、花の都に行きたいの。長旅になるから……そのための傭兵を探しているの」


「花の都……」


 フィーアは天井を仰ぐ。花の都はここ風の領土とは真逆の位置にあり、馬車で行くとしたら二週間以上はかかる場所だ。その道中には当然、魔物が出る場所もあり、少女一人で行くには馬車でも危険はあるだろう。


「私は花の都まで、できるだけ道中のいろいろな場所に行きながら向かいたいの。相当な長旅になるでしょうね。そのために、どんな敵が来ても打ち倒せるだけの実力と長旅でも途中で投げ出さない傭兵を探していたの……そしたら、この村に行きついて、そこの花屋さんが貴女が適任だと教えてくれたわ」


 挑むような青い瞳。フィーアは逸らさず夕焼け色の瞳でまっすぐに見つめ返すと、自信満々に答えた。


「まぁ、任務となれば私はどんな敵が来ようと全部殺してみせるし、たとえ、目的地がたどり着かない場所だとしても私はこの体が朽ち果てるまで一緒にいるよ」


 まったく揺らぐことのないまっすぐな夕焼け色の瞳。シェイラはその言葉を噛みしめるように静かな表情で見つめ、やがて息を吐くと同時に「そう」と言って言葉を続ける。


「なら、私は貴女を雇いたいのだけれど」


 その言葉と同時にシェイラはごそごそと服の中から布袋を取り出すと、それをテーブルの上へと差し出す。ナインが真っ先に手を伸ばし袋の中を確認する。ひょいっとフィーアも中をのぞき込む。


「これは……」


 その袋の中には大量の金銀財宝というべき物がいっぱいに入っている。金でできた髪留めや、指輪。銀よりもずっと眩い光を放つ白金のネックレスなどもある。それらには大粒の宝石や、精巧な細工が施されていた。

 売れば、一気に大金持ちになれるだろう。それほどの物に、表情は変えずともナインが小さく息を呑んだのをフィーアの耳は捉えていた。


「金貨はないけれど……それを報酬として全部差し出すわ……それで、どうか私を花の都まで連れていってほしいの」


 息を吐いたナインは袋の底まで中身を確認すると、満足げな表情で袋を自分の方へと引き寄せた。


「いいわ。この依頼受けてあげる。……フィーア」


「ん?」


「今から、花の都まで彼女が貴女の新しい持ち主よ。()()()()()()()()()()()、この子を守りなさい」


「――わかった」


 まるで、夕日が落ちて夜がやってくるかのようにフィーアの纏う空気が一変する。それは、なにかのスイッチが入ったとシェイラは感じた。ナインはフィーアの変化に口角を上げると、袋をもって席から立ち上がる。


「出発は明日、今夜はここに泊まるいいわ。フィーア、貴女の隣の部屋が空いていたでしょう。そこに案内しなさい」


「ん、わかった」


 袋を持ってどこかに行くナインを見送ったフィーアは、シェイラへと顔を向ける。そして、輝くような笑みを向けた。これを見せれば、村の人たちは釣られるように笑顔を浮かべてくれる。が、目の前の彼女は特に反応を示してはくれなった。


「じゃあ改めて、私はフィーア。()()()フィーア、これからよろしくね」


 手を差し出す。シェイラはゆらりと瞳を揺らすと、微笑む。だが、その微笑みはあまりにも微細な物であり、フィーアは気付くことはできない。


「改めて、()()()シェイラよ。よろしくね」


 差し出された手を握ったシェイラは、彼女の手が驚くほど温かいことに気付く。まるで、その身の内に炎でも滾らせているかのように。だが、それは激しい物と言うよりも焚火のような穏やかな暖かさにも感じられる。

 逆に、フィーアはシェイラの手の温度はうまく感じ取れなかった。だが、彼女の手から伝わる()()()に対して言いようのない違和感のようなもの感じる。どこか弱々しさを感じたのだ。


「……貴女の手はとても暖かいのね」


「よく言われる」


 ヘラっと笑ったフィーアの手を放したシェイラは立ち上がる。


「部屋、案内してくれるかしら」


「もちろん! こっちだよ!」
















 シェイラを部屋へと案内したフィーアはやることもなく、一人で村の教会へとやってきていた。行事があるときにしか人の来ないここは、いつも通りの寂しい空気が漂っている。

 だが、その寂しさは一種の神秘となっているかのように、誰もいない民家や森などと言った場所とは違った独特の風を吐き出していた。フィーアは適当な椅子に座って、女神像を見上げた。


 ここ、風の領土見守るは、生きるものすべてに命の息吹を与える風の女神。

 優しく穏やかなまなざしで人々を見守り、時に台風などといった試練を与え、人々の安寧をただ願う尊き女神様。フィーアは初めてその話を聞いた時、“人々はよくもまぁ、そんな本当にいるのかもわからない存在を信じることができるもの”だと感心した。


 フィーアのいたエシィータ王国では、そういった女神などというような存在はいない。代わりに絶対的な――“王”がいる。

 すべての人々を束ね、導き、頂点となる存在。それは、生きていて実際に会って話すこともできる。フィーアも、一度だけ王と謁見を許されたことがあった。人の好さそうな顔の壮年の男性だった。だが、見ただけで彼がただの人ではないと思わせるだけの威風と勇壮を持ち合わせていた。

 そして、あの時、フィーアは悟ったのだ。


―この王のもとで、私は永遠に戦い続けるのだろう。


「でも結局、なんだかんだで軍やめて、今場所来ちゃったんだよね……」


 ちらりと脳裏を横切るとある少女の悲し気な笑み。真っ赤な血を流して、命の灯を小さくさせる彼女は最後まで笑顔で、手を伸ばし今にも消えそうな声で……と、そこまで考えた時、フィーアはクルリと座ったまま体を横に向けて背後の入口に顔を向けた。その夕焼け色の瞳は冬のような冷たさを孕んでいる。


 そこには、黒いフード付きのローブを身にまとった黒い影のような人間が佇んでいた。目深にフードを被っているために顔もわからない。入口から吹いてくる風によって、黒いローブがわずかに揺れている。

 フィーアは座ったまま、影のようなそれをじっと見据えていた。


「誰?」


 温度のない声で問いかける。だが、目の前の影は何も答えない。フィーアは不気味な風が吹いてくるのを感じた。それは、森で感じた不気味なそれと似ている。おそらく、森で出会った奴なのだろう。

 いったい、なんの意図があって来たのか。フィーアはそれが自分に用があることはなんとなく察している。だが、用があっても言ってくれなければわからない。もう一度、口を開きかけた時、目の前の影から鈴を転がすような声が響く。


「花の都に行ってはいけません」


 声からして、シェイラとそう変わらないか少し年下ぐらいの少女だろうか。静かなトーンの中に芯の強さを伺える声だった。

 フィーアは夕焼け色の瞳を座らせ影を見る。彼女から放たれる威圧感が影を一歩下がらせる。だがすぐに、グッと踏み込むように元の位置へと戻ると、静かな口調で言葉を紡ぐ。


「花の都は危険です。行ってはいけません」


「私の今の主はシェイラだ。彼女が行きたいというところに私はついていくだけ。だから、私に言っても無意味」


 いつもの快活なしゃべり方とは全く違う、無機質で淡々とした口調の言葉は教会の床を跳ね、消えていく。ゴクリ、と目の前の影が息を呑む。

 幼き頃から、『王』という絶対的な主の下で戦い続けていた。そんな彼女は一度、主という存在として認めた相手には絶対的な忠誠を誓う。それで、自分が死ぬとなっても彼女は躊躇なく従う。そう育てられたのだから。

 ゆえに、フィーアに何を言っても無駄である。この少ない問答で、影は理解したのか落胆の色を持った空気を纏い、肩を落とす。


「……きっと、貴女は後悔します。そして、その思いを抱いたまま死ぬでしょう」


「彼女を守れて死ぬのなら後悔することはないよ」


「いいえ、貴女は守れずに死にます」


「それはない。私は守るためならば――なんだって殺せるから」


 きっぱりと言い切る。これが、ほかの人間であれば一蹴されているだろう。だが、フィーアは軍で培った技術と死線を何度も潜り抜けた経験がある。たとえ、この世界で最強の魔物と呼ばれる『巨人』が大群で襲って来てもシェイラを守れると彼女は豪語できる。

 暫く立ち尽くしていたが、もう一度、フィーアに聞こえるぐらいのため息を吐くと、影はクルリと踵を返す。その後ろ姿は酷く寂し気だ。


「……止めても無駄のようですね。なら、最後に忠告です」


 吹いていた風が一瞬止まると同時に、影の言葉がフィーアの鼓膜を揺らす。


「――女神には気を付けてください」


 そのまま、影は立ち去っていく。フィーアはその人物が完全に見えなくなり気配が感じ取れなくなるまで睨み続けていた。

 女神に気を付けをというのはどういう意味なのか。考えてもさっぱりわからない。だが、一つだけわかることがある。


――この任務は思っているよりも危険がついてくるのかもしれない。


 フィーアは入り口からそよぐ風を受けながら、女神像へと視線を向け苦笑交じりに呟く。


「まさか、女神の前で言うなんて」


 その呟きはそのまま床に吸い込まれるように消えていくのだった。






「遅い。どこに行ってたのよ」


 花屋へと戻ってくる頃にはすっかり暗くなっていた。まるで、泥棒のようにフィーアがそーっと入ろうとすれば、そこにはナインが仁王立ちをして待っていて、棘のある言葉をぶつける。

 奥から美味しそうな料理の匂いが漂ってくる。フィーアはヘラっと笑って「ちょっと散歩」と答えた。ナインは不満そうに見ていたが、横を通り過ぎようとするフィーアの肩を掴む。


「手を洗ってきなさいバカ」


「はーい」


 


 手を洗い食卓へと行けば、そこにはもうすでにシェイラが席についている。テーブルには見ただけで涎野垂れそうなごちそうが並んでいた。

 村の野菜や果物をふんだんに使ったサラダやスープ。フィーアの倒したビッグラビットはシチューやリゾット、ローストと様々な姿になっている。フィーアは子どものように瞳をキラキラさせながら席へとつく。

 ナインが遅れて席に着く。フィーアは早く早くと言わんばかりにスプーンとフォークを持って料理だけを見つめる。シェイラもすまし顔ではいるが、ナインには彼女も今か今かと腹を空かせていることが手に取るようにわかっていた。


「じゃ、食べましょうか」


 ナインの一声と共にフィーアの大きな「いただきます」と言う声の後にシェイラも「いただきます」言って料理に手を付ける。


「――おいしい!」


 ビッグラビットのシチューを食べたフィーアは何度も「おいしい」といいながら食べる手を止めない。普段であればナインは“はしたない”と言って注意したかもしれないが、ナインは何も言わずに黙々とサラダを食べていた。

 シェイラはリゾットをスプーンにすくい、一口食べる。と、また一口、また一口と食べ続ける。そんなシェイラの顔は泣きそうなことにナインだけは気付いていた。


 ビッグラビットのローストは皮はパリパリとしていて、中身はふんわりとしている。噛めば噛むほどうまみが肉汁と共に溢れだし口の中を満たす。甘くよく熟した果物ばかり食べているからだろう。ほんのりと果物のような甘味もある。


「本当においしい。ナイン、また料理の腕を上げたね」


 ナインは幸せそうに食べるフィーアと、シェイラを見ながら、微笑む。が、その視線は寂しさをほんのりと浮かべている。

 ナインはこの晩餐が最後になるであろうとなんとなく感じていた。おいしそうに食事をする彼女の顔も今日で見納めだと考えると、寂しさがゆらりとそよ風のように吹く。

 瞬く間に料理が消えていくと、ナインは席を立ち、デザートを用意する。出されればすぐさま食べ始めるフィーアとシェイラ。それが、なんだか小鳥のようだとナインは微笑む。


 ナインは紅茶をゆっくりと飲む。そしていつもよりも、穏やかな口調でシェイラへと声をかけた。


「シェイラ、ソイツね――ものすごくバカなのよ」


 果物を食べていると、突然けなされたフィーアは驚いて食べる手を止めてナインを見る。


「食べれそうなものなら何でもとりあえず口に入れるし、それでたまに死にかけているし。だから、ソイツが変なもの食べないように見張ってあげて」


 シェイラが最後の一口を食べ終え顔を上げる。ナインは不敵に口の端を上げると――


「フィーアのことをよろしくね」


 ナインの言葉にシェイラはぎこちなく頷くのであった。

 



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