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第三話 初めて色を見た気がした


 三人の男たちが武器を振り下ろしたとき、フィーアが動く。その動きに気付いたものは誰もいない。

 まず最初に、一番近くにいた細身の男に手を伸ばしたフィーアは、するりと彼の手から武器を奪い取り、そのまま奪い取った武器で男の腕を斬りおとす。


 真っ赤な血飛沫が舞い散る。


 フィーアは男が反応する前にすかさず、もう一人の男の首筋へと切っ先を突き刺す。そして、刃が埋まると同時に横に引き裂くと、そのまま流れるように男の首から隣の男の首へとフィーアの刃が襲う。

 一瞬の間に二人の命を奪ったところで、男たちの時間が動く。ぐらりと傾き倒れていく男を見ながら、腕を斬り落とされた細身の男が間抜けな声を漏らす。



「な……? あ、な、なんだよこれ……!」


 時間が動くように男の脳はやっと自分が腕を失っていることに気付く。そうすれば、次に襲い来るは意識を飛ばすほどの激痛だった。


「――ギィャァァァァアアアアアアッ!?」


 真っ赤な血を滴らせた曲刀を軽く振るって血を飛ばしたフィーアは地面に転がる男を一瞥し、子どものように叫ぶ細身の男を見る。男はその瞳に射抜かれた瞬間、痛みを忘れたように見入ってしまう。

 夕焼け色の瞳。それは、ぞっとするほどに無であった。何を思って、何を考えているのか全く分からない。吸い込まれるようなその“無”が男の心に恐怖のさざ波を立てる。


 フィーアは血を振り払った曲刀をクルリと持ち直すと同時に投げる。


 サクッというと軽い音が響き、男の短いうめき声が上がる――額に深々と曲刀が突き刺さった細身の男はそよ風に吹かれ倒れていく雑草のような緩慢な動きで仰向けに倒れるとそのまま動くことはなかった。

 リーダ格の大男が目を見開き、倒れた男を一瞥した後、フィーアへと視線を戻す。そんな男の顔には先ほどまでのニタニタとした笑みは浮かんでおらず、ただただ何が起こったのかわからないと言いたげに歪んでいた。


「……」


 フィーアは軽く首を鳴らすと、男へと近づく。男は咄嗟に逃げようとしたがその前に彼女の腕が男の肩を掴む。


「――ッ!?」


  ゴキリ、という音が男の掴まれた肩から響くと、男の顔が大きく歪む。それは、フィーアに掴まれた肩が彼女の握力によって握り潰されたためである。走り抜けるような激痛がどこか遠くのように感じながら男は自分が殺される未来を見ていた。

 フィーアは肩を握り潰したままもう片方の手で男の顔を掴み、首をへし折る。あまりにも当然のように行われた行為だった。


「がぁ……っ」


 小枝の折れるような音。同時に男は白目をむいてガクンと崩れ落ちる。フィーアは男の体を道の端へと蹴り飛ばすと、ほかの三人も同様に馬車の邪魔にならないように道の端へと放り投げる。

 リレットは声も出せず、その光景を見守ることしかできない。フィーアはぼそりと誰にも聞こえない声で「これなら武器持ってこなくてもよかったかな」と呟き淡々と男たちを移動させる。と、何事もなかったように眩い笑顔を彼へと向けた。


「さっ、行こう」


「え……」


 リレットは目をぱちぱちとさせてフィーアを見る。


「き、君は……すごいな……あっという間に屈強な男たちを倒してしまうなんて」


 リレットは苦虫を噛み潰したような顔で言うと、フィーアは至って平然とした様子で、ヘラっとして見せた。これが、ベテラン冒険者であれば、彼は素直にすごいと思っていた。だが、目の前にいるのは16歳の少女だ。

 彼女の国では普通のことなのかもしれない。ただ、この国では異常である。それが、リレットには酷く悲しいことのように感じていた。


「大したことじゃないよ」


 フィーアがネイテルの首筋を撫でると、御者台へと乗り込む。リレットも荷台へと乗り込む。どこか、風の匂いが変わったような気がしながら彼は男たちの死体を見ないように目を空へと向けるのだった。







 町に到着するともうすっかり日が暮れていた。フィーアはリレットを大きな建物の前で彼を下ろすために馬車を止めた。冒険者という風な見た目の人々が出入りする建物をフィーアは眺めている。と、荷台から降りた彼が声をかけた。


「ありがとうフィーア」


「じゃあ、明日の昼過ぎに迎えに来るってことで大丈夫?」


「ああ、大丈夫だよ。すまないね、早く帰りたいだろうに」


「……気にしないで」


 ワッフルを食べ損ねたせいで口を尖らせる彼女にリレットは苦笑を浮かべると、懐から小さな布袋を取り出し差し出す。とりあえず受け取ったフィーアが首をかしげる。


「これで美味しい物でも食べてくれ。ここらの食べ物は結構おいしいんだ」


「ふーん」


 中身を確認すると中には金貨が入っていた。だが、それは一枚二枚という数ではない。ぱっと見でも五枚以上は絶対にあるだろう。

 小さな布袋に入ったそれを数えれば――二十枚も入っていた。金貨は一枚で三人家族一カ月分の価値がある。そんな金貨の価値を知らないわけではないフィーアは彼と布袋を交互に見つめる。


「こんなにいいの?」


「いいとも。君には命を助けてもらったからね。そのお礼だよ。余っても返さなくて平気だよ」


 フィーアはコテン、と小首をかしげる。彼女自身としては、彼の命を救ったような記憶はなかったからだ。すると、それを察したのかリレットは「ほらさっきの盗賊だよ」と苦笑交じりに言う。

 それで納得するが、フィーアは“邪魔だったから殺しただけなんだよな”と思いつつ布袋を懐へとしまう。


「じゃあ、また明日」


 フィーアはそう言い残すと、返事も待たずに馬車を進めた。

 行きかう人々とにぎやかな風景を見つつ、彼女はクンクンと辺りの香りを嗅ぎ、おいしそうな匂いを探す。と、引き付けられるように一つの店へと意識を奪われる。

 視線の先には赤い屋根の小さな店がある。すぐにでも行きたいところだが、まずは荷物を置いてこなければ。ネイテルも休ませないといけない。フィーアはその店の場所とみた目を覚えこませるように眺めながら通り過ぎていく。


(よし、あそこに行こう)


 宿へとたどり着くや、フィーアは馬車を置き、すぐさま匂いに誘われるように先ほど見つけた店へと向かう。どこか懐かしい雰囲気のするそこの扉を開ければ、そこは酒場のようだ。にぎやかな声が店に足を踏み入れたフィーアを迎え入れる。

 店員の一人がフィーアの元へと駆け寄る。酒場で働く人間というだけあって元気いっぱいの店員に席へと案内され、席に座るやメニューを渡されたフィーアはそこに目を落とす。


「……そうじゃん。私、わかんないんだった」


 フィーアはどうしたもんかとメニューを見ながら唸る。彼女のいた国とこの国では食べ物が異なる。同じような物でも名前が違うのでどれがどれなのかわからない。

 この二年でフィーアは、ワッフルとパンの名前ぐらいしか食べ物の名前を知らない。ぬぬぬ、と考えたのちフィーアは店員におすすめを聞こうと思ったその時――視線が奪われた。


 店の入り口に立つは一人の少女。

 息を呑むような美しい銀色に輝く長い髪を揺らし、吸い込まれるような青色の瞳の少女にフィーアは目を大きく見開く。心臓の鼓動がわずかに早くなる。

 不可思議な感覚に支配されながら少女を見ていると、視線に気づいたのかフィーアのほうに顔を向ける。その顔は意外と幼くフィーアは自分よりも年下……15か14歳ぐらいであろうか。


 青色の瞳と夕焼け色の瞳が交差する。周りの音も聞こえなくなるほどフィーアの心は彼女に奪われていた。まるで、夜に吸い込まれていく夕日のように。

 少女が近づき、フィーアの向かいへと座る。そして、笑顔も見せず彼女は口を開く。


「相席してもいいかしら?」


 ハープでも奏でたかのような優しく柔らかい声。だがその奥から感じ取れる力強さ。射抜くような視線にフィーアは吸い込まれかけていた意識を引っ張り、歯を見せた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 二人の間に無言の時間が訪れる。フィーアはメニューを見る少女をじっと見つめる。ライトの明かりを反射しキラキラと輝く銀髪は朝日を浴びた雪原のようだ。伏せられた青色の瞳は夏の夜空のような静けさを感じさせる。

 夕食時とはいえ、どうしてこんな少女が一人でいるんだろう。家族は近くにいないのだろうか。フィーアは次々と浮かんでくる疑問を感じている自分自身に驚いた。他人に興味を待つなんて、ほとんどないのにどうして……


「貴女は、何を頼むの?」


 メニューをテーブルに置いた少女が顔を上げる。フィーアは「あぁ」と聞抜けた返事をして言葉を続ける。


「実は迷っちゃって店員さんにおすすめを聞こうと思ってたんだ」


「そうなのね。……なら、これなんか美味しそうよ」


 トンと指さされたところには――魚料理だと思われるメニューがあった。名前を見てもやっぱりそれがどんな料理なのかはわからない。

 フィーアは特に考えることなく嬉しそうに表情をほころばせるとそれを頼んだ。



「君は、一人?」


 店員が去ると、フィーアは少女へと問いかけた。すると、少女は一瞬だけ瞳を伏せると頷く。


「えぇ。貴女も一人なの?」


「ん、まぁね。私はこの町に配達に来たの」


「配達?」


 不思議そうにして見てくる少女にフィーアは得意げに答える。


「うん。私はこの町の近くにある村の花屋の居候しててね。その配達。明日には村に帰るんだ」


「村……へぇ。ちなみになんだけど村の名前訊いても?」


「ん? タリテーファだよ」


「ふーん。確かにこの近くね」


「知ってるの?」


「いいえ、地図で見たことがあっただけよ」


 表情を特に変化させることなく淡々としゃべる少女。他人が見れば、そんな彼女に人は話すのがおっくうになってくるかもしれない。だが、フィーアは彼女との会話がどこか心地よく感じ始めていた。

 自然と表情が緩んでいくフィーアに気が付いた少女は僅かに瞳を細める。夜空のように飲み込まれてしまいそうなほど澄んでいて落ち着いた青色の瞳が夕焼け色の瞳を見据える。


「私、フィーア。よかったら、名前を教えてよ」


 そんな言葉が口から出ていた。普段の自分では考えられない言葉。フィーアは緩む頬がこれ以上緩んでいくのを誤魔化すように二っと笑顔を浮かべる。


「……シェイラ。ただのシェイラよ」


「シェイラ……」


 噛みしめるように復唱する。と、フィーアは不思議な感覚に陥る。それがなんなのかわからない。でも、全く嫌な感覚ではない。むしろ、どこか心地よくも感じた。


「綺麗な名前だね」


 何拍も置いた後、フィーアはほろりと零すように呟く。シェイラはジッとフィーアを見据えている。その表情からは何も読み取れない。気付いたフィーアは首をかしげる。

 シェイラは何かを言いかけて、口を閉じて、またゆっくりと口を開く。


「綺麗……そう……」


 その表情が最初より柔らかく見えたフィーア。自然と笑みが浮かぶ。フィーアは不思議でしょうがなかった。初めて会ってまだ間もないというのに、彼女のことを昔から知っているかのような錯覚を起こしている。

 もしかして、以前に会ったことがあるのか、そんなことをぼんやりとフィーアが考えていると、料理を持った店員がやってきた。

 思わずお腹が鳴ってしまいそうなおいしそうな香りが鼻腔をくすぐる。



「……食べましょうか」


「そうだねっ」


 シェイラの一言により、フィーアは考えを放り投げ運ばれた料理に目を輝かせるのだった。









 店を出た二人は近くのベンチに座って特に会話をすることなく、流れゆく人々を見ていた。

 フィーアは隣に座って人々を眺めるシェイラを横目で見つめる。昼下がりの太陽が彼女の美しい銀髪を照らす。光を受けたそれはキラキラと輝く。青い瞳も輝き、それはまるで宝石のよう。

 宝石、という物を実際見たことはない。が、フィーアはきっと、宝石というのはあんな輝き方をするんだろうなと思っていた。


「そんなに、私の見た目が珍しい?」


「え?」


「出会った時から、貴女はずっと私を見ているから」


 ジッと見つめてくる青い瞳。その奥がどこか不快だ、という色を浮かべていることに気付いたフィーアは眉尻を下げて、視線を少し外しながら答える。


「君が……シェイラがあんまりにも綺麗だったから」


 そう言ったフィーアは自分の心臓辺りがムズムズするのを感じる。不思議な感覚だった。言われた本人は目をパチパチとさせると、プッと噴き出す。そして、小さく肩を震わせて笑った。表情がほとんど動かない彼女が始めて見せた違う顔。ほんの少し口角が上がっただけの他人が見れば笑顔とは思わないぐらいの変化。

 どうして突然笑うんだとフィーアが口を尖らせる。が、ずっと表情の変わらない彼女が始めて見せた笑顔に心がふわふわと温かくなっていっていた。


「貴女は、私が綺麗だと思うのね」


 だが、すぐにその笑顔を消したシェイラはゆっくりとそう言った。その声はどこか沈んでいるような嬉しそうにしているような不思議な音色だ。


「……綺麗だよ。少なくとも、私が今までに見た物の中で一番綺麗だと思う」


 フッと微笑む。フィーアの言葉に嘘はない。彼女の姿や雰囲気はフィーアにとって一番美しい物なのだ。生まれてからずっと、灰色だった景色に降り注いだ雪のようにふわりと降り立つように。それが、伝わったのか、シェイラは一瞬だけ泣きそうな顔を見せると短く「そう」とだけ呟く。


 流れる人々がチラリとシェイラを見た後通り過ぎていく。その視線の意味をフィーアはわからない。シェイラは流れる人々の視線に目を細めると、立ち上がる。そして、座ったままでいるフィーアを見下ろす。


「じゃあ、私はそろそろ行くわ。一緒にご飯、楽しかった。ありがとう」


 そう言い残し立ち去ろうとする彼女の手を――フィーアは咄嗟に掴んでいた。


「なに?」


 怪訝の色を浮かべた青色の瞳が夕焼け色の瞳を見据えている。フィーアは掴んだ手と彼女の顔を何度か交互に見る。

 

(なんで私は、手を掴んじゃったんだろう)


 だが、どうしても手を放す気になれなかった。フィーアは口を歪めると、下げていた視線を上げ、


「また、会えるよね?」


 そんな言葉を口から落としていた。シェイラの瞳が眉尻を下げて子犬ような顔つきのフィーアを映している。その青色の瞳が何を考えているのかはわからない。が、フィーアはなんだか彼女の瞳が暗くなっているように見えた。


「……さぁね。でもきっと、もう会うことはないかもしれないわね」


 やんわりと手を放すように片手を添えて、シェイラはうっすらと口角を上げる。


「さよなら」


 そう言い残すと、シェイラはフィーアの視線から逃げるように、人混みの中へと消えていく。フィーアは先ほどまで彼女の手を掴んでいた手をそっと握り締める。まるで、その温もりを忘れないように。



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