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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
ハイニオスに転学 編 下
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71.勝負の果てに ③

 蛍の勝利にほっとしたものの、のぞみがあれだけ疲弊している状態でまだ作戦を練り、実践したことにマーヤは驚いた。


「まさか、あんな接戦になるなんて。カンザキさんって、一体何者なんだろう?」


 闘競(バトル)に勝ちさえすれば手段を選ばないクリアは、嬉しそうな表情で蛍の勝利を見届けた。


「どうでもいいわ。蛍があの怪脚(かいきゃく)女に勝ったんだから、それでいいじゃない。バトルに負ければアイツも少し態度を改めるでしょ?」


 スッキリしたと言わんばかりにクリアは席を立つ。マーヤとともに観覧席から離れると、サクラとして釣っていた心苗たちがクリアの元へやってきた。


「ヒタンシリカ!モリジマが勝ったんだから、約束通り300EPポイントをいただこうか!」


「ふふ、もっと楽しい提案を聞かせてあげるわ。もしあんたたちがバトルで私に勝ったなら、追加で十倍のポイントをあげる」


「その話、本気か?」


「本気に決まってるじゃない。ただし、私に負けたらポイントは全部パーよ。どう?それでも受けるかしら?」


 クリアの細い体と麗しい笑顔を見て、男なら簡単に勝てるものと思った心苗たちは、


「面白い話だな。俺は受けるぞ!」


「俺も乗るぜ!」


と、次々にクリアの提案を受けた。最初の約束を綺麗さっぱり忘れ、頭の中は単純に大量のポイントを貪る想像でいっぱいになっている。計画通りの展開に、クリアは腹の中で笑った。


「いいわよ、たっぷり楽しませてちょうだいね?」


 敗北の道へ全速力で向かっているとも知らない男たちは、浮かれた顔でバトルに臨むことを決めた。


 一方、フミンモントルの心苗たちが席を占めるエリアでは、闇色の雲が垂れこめたようなムードが広がっていた。応援していた人の敗北に、切ない気持ちを抱えたまま、人群れは散っていく。


 ガリスも残念そうに肩を落としていた。


「まさか、こんな形で負けるなんて。……さすが、よく鍛えられた闘士です。カンザキさんがあんなに大技を繰り出しても倒せないんですね……」


 (ヨウ)は悲憤の色を隠そうともせず、「ふん」と毒づいた。


「たしかに闘競の結果としてはあの女が勝ったが、実際に目の前で見ていたらわかるだろ。汚い手を使って、ゴリ押しで「勝利」にしがみついただけだ」


「カンザキさんは前学期のバトル訓練テストで、大型のダミー幻獣を倒すこともできていました。敗因は人間を相手にすると情けをかけてしまったことですか?」


「そうだ。神崎さんはあの女の感情を取りこみすぎたせいで、得意の二刀流すら接近戦で使わなかった。おそらく、全力の8割も実力を出し切れなかっただろう」


「それでもバトルで彼女を楽にさせたかった。相手を口説きながらこれだけの戦いをするなんて、もう十分、よくやったと思います」


「神崎さんはお人好し過ぎる。俺なら、あんな下劣な女にここまでする必要はないと思うが」


 バトルを見ていたからこそ、楊は負けてもなお、(ほたる)のことを認められなかった。汚い逆襲のような真似を何度も見た。闘士(ウォーリア)らしい武徳というものは一つも感じられなかった。バトルが終わっても、あんな女に心を砕くような、無駄なことをするのぞみの気持ちを理解できなかった。


 イリアスも、のぞみが信じられない形で負けたのを見て、しばらく声を出すこともできなかった。悔しさと怒りが混ざり、複雑な気持ちになって、たまらなく苦しい。


 イリアスが振り向くと、ミナリが涙目になって、くすんくすんとすすりあげていた。その様子に心を揺さぶられて叫ぶ。


「なんであんたまで泣いてるのよ!?」


「だって、のぞみちゃんが……」


「泣かないでよ!この前約束したでしょ?バトルの勝敗に関係なく、のぞみちゃんと笑顔で会うんだって!」


 つぶつぶと止まらない雫をこぼしながら、ミナリはか細い声で応じる。


「でも……」


「私たちが泣いたら、のぞみちゃんはもっと辛いじゃない!」


 ミナリは涙を拭いたが、それでもまた、目尻に水玉が光った。


「うん、分かったニャー……」


 試合が終わり、観覧席は人もまばらになっている。楊は席を立ち、ハウスメイト全員に向けて声をあげる。


「皆で神崎さんに会いに行こうぜ」


 その提案を聞いて、ハウスメイトたちが頷いた。


「ヨウ君もたまには良いこと言うじゃない」


 相変わらずのイリアスの皮肉に、落ちこんでいたハウスメイトたちは少し、笑顔になった。イリアス、ミナリ、ガリスも立ちあがり、四人は闘競場で倒れたままの、のぞみの元へと向かった。


 静寂から一転、どよめきの起きている観覧席で、ライが興味津々という顔で闘競の幕引きを見ていた。


「惜しいなぁ。終盤で(からす)の数を減らして、それぞれの個体の強度を上げれば、勝ち目があったかもしれないね」


 いつの間にか扇子を手にしている(トウ)も、のぞみの戦い方について思案していた。


「いや。数を減らせば森島のスピードを抑えられなくなる。神崎さんはまだ、森島の戦闘パターンを読み切れていない。だから数で空間を制するしかなかったんだろ?彼女の限界じゃないかな」


 闘競場に残る熱気を払うように、鄧は扇子をゆっくりと振る。


「とはいえ神崎さんは森島の全力を引き出し、未知の技も繰り出した。まだまだ手は甘いが、侮れないな」


 コミルは涼しい顔で笑った。


「あれではカンザキさんの全力とは言えない」


 ルルが興味深げに顔を傾けた。


「どういうこと?手加減してたって言いたいの?」


「カンザキさんは相手の感情に寄り添いすぎたね。戦いで頭が擦りきれるほど熱くなるような単純なヤツではないが、相手の思いと感情に同調する癖がある。彼女は全力を出しているつもりだろうが、無意識のうちに手心を加えていた。しかし、堪忍袋の緒が切れたときが怖いなあ。爆発力はすごそうだから、とんでもない化け物になるかもしれない。まったく、わがままなヤツだなぁ」


 コミルはバトルを味わうように笑みをこぼす。


 ライ、鄧だけでなく、コミルまでがのぞみに高評価を与えた。倒れたままの、のぞみを眺めながらルルは、のぞみがただの弱者ではないのだと見直した。



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