70.勝負の果てに ②
左右から八咫烏が飛んでくる。蛍はそれを見ることもせず、一羽を脇差しで斬り払った。もう一羽には『迅雷六紋剣』を放つ。烏が真っ二つに斬れ、その間から『迅雷六紋剣』は蛍の手に戻った。
「二回目の技なんて、出がらしのお茶よ!」
蛍は次々と手裏剣を投げる。逃げる体力のないのぞみは、金の盾で防いだ。
蛍の源が上昇したせいか、手裏剣を受けた盾にはひびが入る。そして、『迅雷六紋剣』を受けたとき、そのひびは深くなり、粉砕された。
「くっ…!!」
盾を失い、さらに乱射される手裏剣を、のぞみは生身で受け止める。
「わぁああああああ!!!」
叫びながらも両手で受け身を取るうちに、今度は足元が滑り、下半身が少し崩れた。一瞬の隙を見つけ、蛍は光弾を投げ出す。被弾したのぞみはその場に倒れた。
浅瀬に座りこみ、のぞみは苦しい呼吸をしながら次の作戦を考える。
(まずい……手毬を作るだけの体力は、もうない。どうしよう……。地形を生かせば何とかなるかもしれないけど、この浅瀬は滑りやすい……。海にまだいくつか手毬が残ってるけど、でも、どうすればいい?とにかく、態勢を整えないと……)
「あれだけ言っておいて、立つ気力もないの?さっさと負けを認めなさいよ!」
のぞみは情報ボードの数値を見る。
『
黄 森島 蛍 : 神崎のぞみ 橙
ダメージポイント 19860 : 18930
源気数値(GhP) 8730 : 6900
残り時間 1:89
』
そして、背中に激痛を走らせながらも、立ちあがった。
「いいえ。私はまだ負けを認めません」
「何?」
「数値上は、私が優勢に立っています。降参なんてありえません。闘士というのは、そう簡単に諦めるものなんでしょうか?」
自分の立場をわきまえず、感情的な言葉で言い返してきたことに、蛍は驚き、そして苛立ちを覚えた。大声で、恫喝するように吠える。
「最後の警告よ!実力差がある相手との闘競で、自分の立場をわきまえずに相手の技を受け、即死する者もいるってことを知っておきなさい!」
「まだ私の心配をしてくださるんですね。やっぱり森島さんは、優しい人ではないでしょうか?でも、私は諦めません。どんな苦難があっても、乗り越える姿勢を、あの人から教わりましたから。だから、何が起こっても、私は諦めません!」
のぞみが右手を伸ばすと、海の中から金色の剣が浮かびあがった。その剣は自然とのぞみの右手に収まる。のぞみはそれを左手で支えた。戦闘態勢は整った。
「この身の程知らずが!!」
蛍は一喝し、全身に源気を湧き出させる。立っていた柱の頂点から飛び降りると、渾身の力で右足を押し出した。
のぞみが後ろへ引くと、そこへ蛍が突っこんでくる。猛烈な勢いのまま蛍が水面に到達すると、蹴りあげるような飛沫が起こった。
間一髪、のぞみは銀の盾で飛びあがる。
「逃がすか!!」
浅瀬を蹴りこんだせいでしばらく体の動かない蛍は、右手で脇差しを翳し、左手には源の光を集中させる。『雷光爪』の構えだった。
しかし、それを打ち出す寸前、水爆が起こる。
衝撃を受け、蛍は攻撃を妨げられた。手毬の爆発により、海面では次々と水爆が起こる。多方面から起こる波に打たれ、蛍は抜け出すこともできなくなった。
銀色の盾をサーフボードのようにして、のぞみは波に乗っている。真っ白な水柱と飛沫に視界を遮られ、蛍にはのぞみの居場所がわからなくなった。
「そんな小賢しい真似したって、源気で探し出せるわ!」
蛍は左右を振り向きながら、のぞみの姿を探る。だが、そのどこからものぞみの源気を感じた。動いている気配も複数あり、蛍は混乱した。
「このキツネ女!」
冷や汗をかきながら、のぞみの気配が一番大きい場所を狙い、蛍は脇差しで一閃を刻む。しかし、蛍が斬ったのは銀の盾だった。気が乱れた蛍は一瞬ののぞみの動きを捉えきれない。視界でその姿を探る。
「私はここです!」
のぞみは蛍の背後にいた。
蛍は渾身の力を込め、脇差しで追撃する。のぞみはその動きを見抜き、金の刀で刺撃を弾くと、右足で蛍の太ももを蹴った。蛍はそのまま海に倒れこむ。
四つん這いの姿勢で水面に映る顔を見て、蛍は自分が焦っていることに気付く。また、のぞみの作戦にやられた。蛍はハッとして顔を見上げる。鋭い金色の刃が肩に届いていた。あと2センチ動かせば、蛍の首が取られる距離だ。
「森島さん、私の勝ちですね?」
「くっ……」
荒い息をしたのぞみは、首を取る寸前で手を止めている。蛍は複雑な表情でのぞみを眺めた。そして、足を横に流して座りこむ。
「おおっと!これは上手い!カンザキさん、剣術でモリジマさんを破りました!!」
レイニの高い叫びは、闘技場の歓声に呑まれた。のぞみを喝采する声が止まらない。
動きを止めたのぞみと、妙に大人しくしている蛍の両者を見て、綾が叫んだ。
「アホ、避けろ!近寄りすぎや!」
次の瞬間、蛍が妙に涼しげな笑みをこぼした。
「ふん、これで勝ったつもり?だからあんたは甘いのよ」
「!?」
蛍は一瞬で頭を後ろに引き、右手で体を支えると、宙に浮かせた左足でのぞみの膝を蹴った。いきなりの接近攻撃にのぞみは反応できず、ダメージを受けた膝から後ろへ体がよろめく。刀の構えは完全に崩れていた。
蛍はそのまま右手を支点にして体を回転させ、バク転しながら左足で、のぞみのあごを蹴る。のぞみの体は空高く蹴りあげられた。
「くわぁああ!!」
「神薙流奥義『疾風迅雷剣・千鳥舞い』」
蛍は柱の間を跳び移りながら上方移動する。空中に飛ばされたのぞみを何度も拳で撃ち、20メートルの空まで打ち上げた。柱をステップにしてグッとバネのように足を踏みこむと、さらに高い空へと跳びあがる。そして、のぞみよりも高く跳ねあがると、かかと落としの要領でのぞみを地へと蹴り落とした。
砂地に墜落したときには、のぞみはすでに失神していた。
「なんと!モリジマさん、猛烈な反撃を食らわせました!!カンザキさん、まだ立てるでしょうか?」
蛍はさらに蹴りを入れる。その衝撃で、辺り一面に砂嵐が巻き起こった。
誰もがのぞみの勝利を疑わなかったが、蛍の猛威を振るう反撃に、観覧席は一瞬、物音一つない静寂に包まれた。
砂煙が薄くなると、蛍の姿が見えた。のぞみに致命傷を与えず、わざと1メートルほど外れたところに着地しているのが、その窪みの位置からわかった。
のぞみは失神したまま立ちあがることはなく、体調センサーは赤いライトに変わる。
レイニが手を上げ、大声で判決を下した。
「残り時間50秒!カンザキさんの体調センサーライトが赤を示していますので、この宣言闘競の勝者は!モリジマホタルさんに決まりました!」
『
黄 森島 蛍 : 神崎のぞみ 赤
ダメージポイント 20180 : 24830
源気数値(GhP) 8500 : 320
残り時間 0:50
』
勝敗が決まったというのに、歓声は思ったほど上がらなかった。のぞみの敗北を受け、フミンモントルの心苗たちの席はしん、と静かになった。
ヘルミナも複雑な表情だった。のぞみが蛍を救いたいという思いでバトルに向き合い、ここまでの戦績を残したことはとても嬉しかった。だが、負けたのぞみの気持ちを考えると苦しい。ヘルミナは腰を上げ、義毅に一礼した。
「トヨトミ先生、申し訳ありませんが、先に席を外します。あの子のこと、お願いします。それでは、また」
先に帰ったヘルミナの背中を見ながら、この後、担任に残された役割を考え、義毅はスーッと溜め息を吐いた。
ここまで転校篇がそろそろ終わる所です。皆んなさんがいつも、そして引き続き読んでもらえて嬉しかったです。
よろしければ、感想、評価やコメントを頂ければ幸いです。
来週から、新編突入予定ですが、引き続きよろしくお願いいたします。