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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
ハイニオスに転学 編 下
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68.森島 蛍 ②

七年が経ち、蛍が中学二年生の時のこと。

 北アメリカのネオヨーク州の学校で、壊滅的なテロ事件が起こった。それは、一般人による、源使いたちに対しての無差別テロだった。首謀者はテロの理由を、「社会の優位を奪った源使いに対する憎しみである」と表明した。


 その事件を皮切りに、地球界のあちこちで事件が発生した。一般人を標的としたリベンジテロも行われ、異端犯罪者(ヘラドロクシー)と呼ばれる凶悪な源使いも増えた。緊張状態は高まり、やがて州を分けず、世界のあちこちでウィルター養成施設が攻撃の目標となった。その頃から、地球界での源使いに対する目が変わっていった。


 そして連邦政府議会では、源使いを一般人の群れから引き出し、特別な人材として育てるウィルター法案を実行してきたが、結果は芳しくなく、むしろ生じた問題の多いことが議論され、最終的に法案は廃棄となった。それに基づき、世界中に創られたウィルター育成学校は次々に廃校となった。


 蛍は進学希望シートに関西の名門である伊丹学園を記入していたが、学園は計画的廃校対策の実施により、新入生の募集を取りやめた。

 海外にはまだ廃校措置を取っていない学校があったが、私立であったため、蛍の家の経済事情では厳しかった。源使いであることが判明してからというもの、蛍はウィルター育成学校へ通うことを望んでいたが、その希望は叶わぬものとなった。人生には諦めも必要。蛍はそう強く実感した。


 テロ事件の影響は波紋のように広がっていた。マスコミによる誘導的な報道により、街の人々は噂するようになる。源使いは平等や共栄という社会ルールに反するモンスターだと。その声は次第に大きくなり、源使いをバケモノのように扱う一般人は加速度的に増加した。


 社会通念の変化は蛍にも影響していた。学校では誰もが知るアイドルのようだった蛍は、敬遠され、害獣のように扱われたり、陰口を叩かれたりする的となった。ちょうどその頃、蛍の近隣では浮力バイクの噂や、農産物が盗まれる事件があった。近隣住民たちの不幸な連想ゲームによって、暗に蛍が犯人ではないかと噂された。我慢の限界が近付いていた頃、父が転勤を命じられたことをきっかけに森島一家は岡山を離れ、愛媛郡へと移転した。


 人よりも早く将来の道筋が決まっていたはずの蛍は、その道が塞がれたせいで希望を失っただけでなく、自分には生きる意味があるのか、価値があるのかと疑問を抱くようになった。


  両親は何度も蛍に相談した。父は、町の事件や噂と転勤はまったく関係がないと言ったが、蛍はそれを、娘を傷つけないための優しい嘘だと思った。

 蛍はある日、両親の会話を盗み聞きしてしまったのだ。父は、その能力を発揮できる職場に移ることがヒイズル州に貢献することだと上司に諭され、転勤を決めたが、実際のところ、その理由はわからなかったのだという。それを聞いて、中学二年生の少女は勝手に自分が問題なのではないかと勘ぐった。


 娘の様子が以前とはまるで別人のようになってしまったのを見て、両親はうつ病か何かではないかと心配していた。世間や周囲の人々の源使いに対する印象は日々、悪化していく。両親はその問題を、蛍のせいではないと何度も伝えた。だが、源使いではない両親に自分の気持ちがわかるはずもないと、蛍は反抗的な態度で両親に向き合った。自分の気持ちをどう伝えれば良いかもわからない。


 ただ学校に通っているだけなら、大きな問題はなかった。

 転校した学校では、蛍は能力を抑え、意図的にクラスメイトから距離を置き、クラブ活動の誘いも拒んだ。それは、かつての活発な少女からは考えられないような態度だった。



 ある日、蛍の担任となった教諭が、教務員室にある相談室へと蛍を誘った。


「先生、私に何かご用ですか?」


「突然すまんな。本当は転入してすぐに話したかったが、ちょうど中間テストの終わった時期で忙しくてな。なかなか時間を作れなかった」


「そうですか」


 大関透という名の20代後半の担任は、社会科の教諭だ。


「まあ、座れ。森島、学校での生活には慣れたか?」


 軽く相槌を打ちながら、蛍はソファーに腰かける。


「はい、普通に慣れました」


「それは良かった。ある生徒から聞いたんだが、森島はどのクラブにも入りたくないらしいな?」


「もう三学期も終わりですし、すぐに三年生になるので。今さらクラブ活動に参加しても意味がないと思います」


「クラスの奴らと帰りにスイーツを食べに行ったりすることもないんだろ?」


 大関は放課後に廊下で蛍が、同級生たちからの誘いを断っている姿を見たことがあった。


「新しい環境に早く慣れるコツは、身近な人との関係を大事にすることだと先生は思うがな」


 大関の言葉を聞いて、蛍は目線を逸らした。


「過剰な人間関係にはリスクがつきまといます。私は無駄なストレスを避けたいだけです」


 他人を拒絶する蛍の心情を知り、大関は静かに席を立った。窓を開けて風を取りこむ。学校の庭を見ながら、大関は続ける。


「そうか。それが本当に森島の本心なら、先生はその考えを認めるぞ」


 その口調は、まるで蛍のことをよく知っているようだった。蛍は腕を組み、不愉快げな顔になる。


「先生。デリカシーのない質問はセクハラになりますよ?」


「はは。そんなつもりはなかったが、嫌な思いをさせたなら悪かったな。だが、担任としては自分のクラスの生徒が本当の自分を隠し、仮面を被ったまま学校に通うというのは見ていられない。森島は、源使いだろ?」


「……証拠でもあるんですか?」


 図星を突かれ、(ほたる)は動揺する。


「森島は自分が思ってるよりも有名だぞ?わずか七歳の女児がイノシシを石で倒したとか、不良中学生の暴力事件を止めたとか。警察から協力表彰されたことはニュースでも報道されていたからな。とはいえ、勝手に調べて悪かったな、森島」


 蛍は大関が自分の素性を調べていたことに戸惑い、目を白黒させる。


「源使いへの待遇が一変してからというもの、若い源使いたちが人間関係に耐えきれなくなる事案が多数発生していてな。この学校にいた源使いの生徒も、遠い学校に転校した」


 大関の情報収集能力の高さに驚き、蛍は目の前にいる担任を見つめる。


「森島は、自分の力を隠す必要はない。君らしく生きればいいのさ」


「もしかして、先生も源使い……いえ、ウィルターですか?」


「いや。私は「ガフ」、ただの人間だよ。たしかにその力を身勝手に悪用することは許されない。だが、君のしてきたことは正義であり、立派なことばかりだ。堂々と胸を張っていいんじゃないか?」


 蛍はまた、目線を逸らし、床を見た。


「でも……そうは思わない人の方が、多いですから……」


「人にはそれぞれ才能がある。虹のように鮮やかな人間がいるからこそ、社会は成立するのさ。すれ違いですら、社会のために必要だと先生は思う。源使いは一般人よりも優れた才能に恵まれている。だが、それだけだ」


 窓外を眺めていた大関が、蛍を振り向いた。蛍は俯いたまま、その視線の気配を感じた。


「才能があり、目立つ者は、妬まれたり嫌われたりすることも多いだろう。それは、普通よりも強い力があるからこそ乗り越えられる試練だと、森島は思わないか?」


 父の転勤は自分のせいだったと蛍は思う。それは、中学生の蛍には切なく、申し訳なくて耐えられないほどのできごとだった。そんな自分の苦しみを知らない大関に、蛍はつい、強く当たる。


「そう思うのは、先生が(グラム)使いじゃないからですよ。正体がバレたらおしまいなんです!ウィルターを育てる学校だって廃校になったわ!それって、より多くの人間が、源使いを受け入れたくないっていう証拠じゃないですか?!」


「受け入れられなくても、この世に源使いがいることは事実だ。それに、源使いの人口は増えている。たとえ学校がなくなったとしても、ウィルターになるという目的は、別の方法で成し遂げられる。そうじゃないか?」


 理想論だ、と蛍は思ったが、反論する言葉が出てこなかった。胸の中に広がるモヤモヤを抱えたまま、大関の話は続く。


「君が誰かを守るために力を使ったならば、それはとても正しいことだ。それなのに、社会の在り方が変わったせいで、素晴らしい源使いが恵まれた才能を隠して生きていかねばならないなら、それは社会にとって、大きな損失だと思うぞ」


 その日の話し合いはそれで終わりになったが、蛍はその後も変わらず、力を隠したまま過ごしていた。


 二ヶ月が経ったある日、一人のクラスメイトが、蛍が暴力事件を解決したというニュースを見つけ、源使いであることを知った。それから学内に陰口が広まるのはあっという間だった。


 源使いであることを隠すのは、きっと人に言えない悪事を働き、元いた場所から逃げてきたからではないかと、勝手な憶測ばかりが横行した。事実をはっきり言うことも、隠しきることもできず、結局、蛍は他人の勝手な言葉にばかり振り回された。自分のことをどう受け止めていいのか、自分でもわからなかった。


 それでも学校には通ったし、修学旅行にも参加した。

 そして、その日泊まった温泉旅館で、事件は起こった。


 酸を使った放火により、木造の旅館に火の手が回った。蛍は源を使い、同室のクラスメイトたちを脱出させたが、生きる意味に迷っていた蛍本人は、旅館の中に残っていた。


 人数確認をしていて蛍がいないことに気付いた大関は、周りの制止を振り切り、燃え落ちる旅館に飛びこんだ。蛍を探し出し、救出に向かった時に落ちてきた何かが当たり、大関の頭から血が流れる。

 そのまま二人は倒れた瓦礫の中に閉じこめられた。


「先生!?どうして?」


「助けに来たに決まってるだろ!何やってるんだ!!」


「どうせ生き残ったって辛いだけよ。もうたくさんだわ、私のことなんてもうほっといてよ……」


「馬鹿野郎!!」


 いつも温和な大関とは思えないほどの大声に、蛍はハッとした。


「人を救うことのできる力を持っていながら、勝手に死ぬなんてのは、愚か者のすることだ!この世界にどれだけの悪がいて、その犠牲になる人々を、君はどれだけ救えると思う?優れた才能を持って生まれてきたのに、そう簡単に諦めるんじゃない!!」


「先生……」


 異臭のする瓦礫の中、天井は黒く焦げ、さらに崩れはじめた。落ちてきた梁が大関の背に当たり、そのまま姿勢を崩す。大関は立ちあがることもできなくなった。


 自分は死んでもいいと思っていた蛍だったが、大関まで巻きこむわけにはいかない。石も使わずに光弾を創ることができた蛍は、源気(グラムグラカ)を湧き出させると瓦礫を撃ち抜き、逃げ道を作る。外から壁を破壊する装置を使っていた救出隊が、この道に気付き、そこから二人は救出された。


 犯人は今も逃亡中だ。悪意を持った異端犯罪者(ヘラドロクシー)による犯行だと、後から知った。

 大関は回復し、通常通りに授業を再開することができた。

 無事に大関を救い出し、二人とも生きて帰ってきたことは、周囲の人々の蛍に対する印象を変えた。中学の同級生たちは、クラスメイトや先生を救った蛍を信頼できる仲間として受け入れた。


 この事件を機に、蛍の元へ、ローデントロプス機関の役人が会いに来た。大関の後押しもあり、蛍はヤングエージェントとしての任務を受けることとなった。


 ヤングエージェントの任務を達成するたび、蛍は少しずつ、源使いとしての自信や誇りを取り戻していった。


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