60.ルーラーの意地
『5460、5550、5760、5870、5950……』
のぞみの源気が猛スピードで上昇していく様子が、情報ボードに示されている。
数値を見ていなくても、のぞみの気配の変化に気付く人も多く、観覧席にはそわそわと動揺が走った。どの顔も、一様に驚いている。
クラークは頬に冷や汗を流して隣に座っているフォランに話しかける。
「カンザキちゃん、普段の授業であんなに高い源気状態になったことあるっけ?」
「ないな。俺の記憶にあるカンザキは源気が低すぎて倒れたぜ」
女子たちもざわついていた。
「カンザキさん、こんな底力、どこに隠してたっていうの?」
「教室ではいつもヘトヘトになって授業受けてるのに!」
「こんなに源気が出せるなら、なんで普段から使わないのかな?」
「実力を隠すために、わざとってこと……?」
「日常生活では源気を出さずに実力をごまかして、戦闘のときに全開にするっていうタイプ?」
そんな話が広まってくるのを不愉快に思った藍が反論した。
「ありえません!のぞみさんは毎日、真面目に授業を受けてます!」
「え~、でもヒタンシリカさんが言ってたとおり、猫を被ってるだけかもしれないわよ」
「転入して間もないのに信用するなんて、藍は甘過ぎだわ」
憶測に過ぎない話がだんだんと歪んでいき、藍の言葉も薄れていく。
その時、周りの心苗たちを導くように、ティフニーが落ち着いた口調で言った。
「皆さん、あれは『金剛纔』という修行法ですね。源気の量を抑えて、肉体そのものに負荷をかける方法です。肉体が限界に近付いた状態で修行をすることで、より身体能力の飛躍が望めます。彼女は私たちのレベルに追いつくため、本気で修行に打ちこんでいるのでしょう」
藍が振り向き、ティフニーと目を合わせた。
「それは、肉体の強化ということだと思いますが、男性向けの修行方法ではありませんか?訓練メニューを間違えれば、筋肉が太くなって、男性のようになってしまいそうです」
横からジェニファーが口を挟む。
「同じ修行法でも、効果には個人差があるからね。彼女はバーサーカータイプではないし、緻密なコントロールをすれば、理想的に体を鍛えることも可能だろうね」
のぞみの気配の変化を感じ、ヌティオスも嬉しげだ。
「カンザキ、短い期間でよくここまで源気を鍛えたな!」
ティータモットとの戦闘時と比べても、よほど強くなっている。ヌティオスは素直に感心して、エールを送った。
「戦え!カンザキ!!」
一方、蛍を応援しているマーヤは落ち着いて座っていることができなかった。
「これほどの実力を隠していたなんて、蛍は大丈夫か?」
予想以上の気配に、マーヤは不安げな表情をしている。
「心配ないわ。あの程度の源気、蛍ならカバーできるはずよ。ほら、動き出した!」
クリアの眼差しの先で、蛍は動きはじめていた。
全身の源気を脇差しに集めながら、あちこちの柱を高速移動し、のぞみを翻弄する。
脇差しの刃はクナイのように形を変えた。紫光は輝きを増している。
のぞみの左後方から、蛍は攻めに入った。衝突の瞬間、のぞみとの間に壁が生成される。それは、のぞみが瞬時に創造した盾だ。蛍は突撃した反動で弾き飛ばされた。
「どうなってんのよ!?『紫光一閃』が完全に防御された?!」
蛍は手足を伸ばし、湧き出した源の風圧で衝撃を軽減させると、半壊した柱の上に着地した。のぞみの姿を見つめる。その周りには、五つの盾が現れていた。これまでのものよりやや小さい金色の盾が、のぞみを守るようにゆっくりと周回している。
「森島さんが攻めを得意としているなら、私は防戦に長けていると思います。操士によって創られたモノは、源気が高ければ、強度だけでなく性能も高まるんです」
「ふん、そんなガラクタ、潰してあげるわ!」
蛍は幾度にもわたり攻め入ったが、遠距離からの手裏剣は意味がない。接近戦では盾に弾かれ、高速移動しながらの斬撃も妨げられた。得意とするスピード戦法を封じられた蛍は、逆にのぞみの気弾を食らった。
一旦、距離を取った蛍は、のぞみの動きを見る。盾の動きのパターンを読むつもりでいたが、今度はのぞみが銀色の盾に乗り、攻めに転じた。
周囲を守っていた四つの盾が一列に並び、のぞみの前に展開している。蛍は右から二番目の盾に向かい、光弾を投げ撃つ。
しかしのぞみは一番左の盾から飛びだし、光弾を撃ち出した。不意打ちされた蛍は受け身を取る。
試合開始からずっと、蛍のスピード戦にペースを奪われていたのぞみの反撃が始まり、レイニも熱く叫ぶ。
「またまた予想外の展開!カンザキさん、見事な攻防戦を繰り出しました!!」
まるで雪合戦のように、盾の後ろに隠れて攻撃を無効化し、ひょっこりと姿を見せたかと思うと光弾を撃ち出し、蛍にプレッシャーをかけていく。
同じ戦法で三度の攻撃を受けた蛍はイライラしていた。ダメージは軽くとも遊撃戦に持ちこまれ、蛍は騎士の心苗に負けたバトルを思い出していた。
「これって、騎士の戦術じゃない……」
蛍は手の甲を見る。ダメージポイントは5900まで伸びている。




