58.相手の思うままに戦法 ①
煙が完全に散ると、上空を眺めていた蛍は次々に手裏剣を投げた。
だが、300メートルの上空まで届くころには勢いを失い、的も外れている。当たりそうなものは、のぞみが素手で叩き落とせるほどのものしかなかった。
すぐさまのぞみも反撃する。三発の光弾を地上に投下すると、蛍の立っているあたりでまた、爆発が起こった。
蛍のいたところには火の渦と熱い煙に呑まれている。
「ポジションで優勢を取るカンザキさん!モリジマさんの姿は煙で確認できませんが、いよいよ反撃開始というところでしょうか!?」
レイニの煽りに反して、蛍のダメージは軽かった。
のぞみが手の甲を見ると、青ゲージは240ポイントしか伸びていない。
創造物に乗り、自由自在に空を飛ぶのぞみを見て、悠之助は声をあげる。
「スゲー!盾に乗って飛ぶなんて、これなら森島の攻撃も届かないッスね!」
予想外の展開に、真人も少し驚いたようだ。
「たしかに森島の源圧手裏剣は、距離を取ることで無力化される。それに、森島はまだ飛行系のスキルを習得していないようだ」
真人の分析に、初音は問いを重ねた。
「まさか神崎さん……。それを意識してこの戦い方を?」
「もしそうなら、初めからそうしていただろうな。森島の技を避けるため、危機回避反応として自然と体が動いたようなものだろう。しかし、『意のコントロール』で創造物を思い通りに動かせるとは……」
真人ですら戸惑っている様子なのを見て、京弥は面白がった。
「いいぞ~神崎!もっとやれ!」
京弥たちと同じエリアの別の列にいた鄧は、落ち着きはらった口調でライに言った。
「彼女は、ヒイズル州の神崎家の嫡伝巫女か。懐かしいな」
「神崎家?何か知っているのか?」
隣に座っていたライが、興味深げに応えた。
鄧は妙に懐かしそうな薄笑いを浮かべている。
「詳しいわけではないよ。ただ、因縁の巡りあいというのかな。彼女のことは知らないが、ただ、僕の知っている人によく似ている」
初耳だったライは、さらに興味を持った。
「ただの知り合いというわけではなさそうだね。なぜ彼女に話しかけないんだい?」
「無意味な一手だし、僕は幼い頃の自分を好ましく思っていない。それに、集団連帯責任を問うわりには実は個人主義が強いこの世界で、彼女に親の昔話を聞かせたところで、どんな意味があるというのかな?」
そこまで聞くと、合点がいったというようにライは頷いた。
「なるほど。たしかに、親がどんなに優秀なウィルターであっても、それは彼女とは関係のない話だね」
セントフェラストには、国王や貴族、名家、英雄の子孫など、様々な血を引く子孫が通っている。彼らの多くは入学時、周りから気にされることが多々あるが、学園に通う年月が長くなるにつれ、親や血族の功績と本人の成績評価は無関係であると捉えられるようになる。
「彼女はあのままでは森島さんに勝てないね」
「ああ。森島さんはブースタータイプで、しかも速度戦が得意だ。彼女の動きのパターンを先読みや精密な射撃ができないのであれば、有効なダメージを与えることはできない。神崎さんはもっと積極的に攻めなければ、時間切れで負けるだろう。やはり、属性の相剋というものはあるものだね」
同じレベルの心苗の場合、操士は闘士に負けると言われている。源の性質、体質、ともに操士に近いのぞみでは、さっきのように一方的にダメージを食らわされつづけるだろう。
「とはいえ森島さんにも弱点は多い。ブースタータイプは短時間であれば臓器や特定部位の機能強化ができるが、長期戦には使えない。感情に呑まれると作戦や動きのパターンもシンプルになりやすい」
ライは鄧の話を、手を組んで聞いていたが、後を引き継ぐように声をあげた。
「ついでに自負心の強い彼女は、おそらく神崎さんのことを格下と舐めているだろう。弱点を狙えば、神崎さんにもチャンスはある。操士のやり方でね」
「二人とも、保守的すぎるんじゃない?」
真上の席にいたコミルが、妙な笑みを浮かべて二人の会話に参加した。
鄧が振り向く。
「そういう君はどう見ている?」
「この程度がカンザキさんの本気だって思う?彼女は操士。戦いはこれからだよ。こんなに劣勢に陥っているというのに、彼女には焦りが全く見えない」
コミルの見方に、ライも納得した。
「たしかに神崎さんよりも森島さんの言動の方が感情的だね。神崎さんには、何か作戦でもあるのかな」
ライたちがのぞみの作戦について話し合っていた頃。
闘競のスタートから苦戦を強いられつつも、何とかやり返すのぞみを見て、修二は握りこぶしを突きあげた。
「神崎さん!ファイト~!森島の勢いに呑まれるな!遠慮なくガンガン撃ち返せよ~!」
修二の応援に綾は眉をひそめる。
「あんた、ちょっと露骨すぎへん?」
「明らかに神崎さんが劣勢だからな!俺様はいつも弱い者の味方につくぜ!」
自分が二人の問題を悪化させた要因の一つだとはまったく知らない修二に、綾は溜め息をつく。
「その鈍感さには勝たれへんわ」
「おお!俺様の勝ちか?!」
妙なところで闘争心を出す修二に綾がさらに食ってかかろうとした時、マスタープロテタスの通知音が鳴った。修二がポケットを探る。
「あれ?今日はバトルの予定だったっけ?」
それは、闘競を知らせる通知音だった。
「フハ君。第一カレッジの2年B組、ケイ・アンモンドに申し出た挑戦闘競が午後ではありませんか?」
ティフニーの言葉を聞いて修二は立ちあがる。
「ヤベー!自分のバトルのこと、すっかり忘れちまってた!」
ティフニーが自分のマスタープロテタスを見て、闘競の情報を読みあげる。
「スケジュール通り、闘競は五分後に始まるようですよ?」
「自分の申し出た闘競を忘れるのはアカンやろ」
綾にも叱られ、修二は両手で頭を抱えて叫ぶ。
「くそぉお。このままじゃリタイアになっちまう」
「フハ君。お行きください。こちらの闘競は記録されていますから、いつでも実体映像で見られます」
「でも、闘競はナマモノだろ!こんなに盛りあがってるバトルを見捨てるなんてもったいないぜ」
「アホ。自分の闘競を捨ててどないするねん」
「おい!お前座れよ!バトルが見えないだろ?」
立ちあがった修二は、後席の邪魔になっていた。
「何だお前、俺様は不破修二だ!」
「どきなさいよムリモ頭!」
ムリモはアトランス界に存在する藻類だ。紫色の球体をした本体の表面に、くるくると癖毛のような繊毛がある。人の頭ほどのサイズがあるその藻類は、沼でよく獲れるため、旅人にとって貴重な食材となる。
自分の頭を藻に例えられ、修二は頭に血をのぼらせた。
「文句のあるやつはかかってこいよ~!」
修二は後ろの席の連中たちに喧嘩を売りはじめる。尻を向けてふりふりする挑発的な言動に、後席の心苗たちは腹を立たせ、飛び道具や光弾を修二に投げつけた。
しかし、そのどれも当たることはなく、ふっと席から離れた修二は、さらに後ろの席の垣の上に立っていた。
鮮やかに攻撃を避けた修二はドヤ顔でお尻を叩く。
「へへ~、そんなへなちょこ弾、俺様には当たらないぜ~!」
「くっそ!」
一人の男が手を挙げる。修二を殴るつもりだったが、その拳は空気を殴った。男は視線をあちこちに移す。再びその視界に修二を捉えた時には、すでに彼は20メートルも離れた観覧席の入り口前に立っていた。
「俺様は急用がある、悪いな」
そう言うと、修二は姿を消した。
残された心苗たちは、修二が姿を消した後もまだ罵声を上げている。それを聞きながら、綾は深い溜め息をついた。
『
森島蛍 : 神崎のぞみ
ダメージポイント 2570 : 6720
源気数値(GhP) 5890 : 4780
残り時間 13:76
』
空に浮かびながら、のぞみは情報ボードの時間を見て作戦を立て直す。
(さすがは忍びの修行をしている人だな……。普通の状態での源気の強さも、速さも瞬発力も高い。闘士相手にあの程度の攻撃じゃ効かないか?時間はまだあるから、急いで勝負を決める必要はない。あの技を有効にするためにも、そろそろ、布石を打っていかないと……)
つづく