57.疾風が如く蛍 ②
『
青 森島蛍 : 神崎のぞみ 青
ダメージポイント 1800 : 2580
源気数値(GhP) 4530 : 3700
残り時間 14:48
』
二人の衝突によって煙が霧散すると、細長い金色の光が見えた。それは、のぞみが銀色の盾を捨て、代わりに両手で翳した金色の太刀であった。剣術の授業で使った銀色の太刀よりも大きく、75センチほどの刃渡りがある。日差しを受け、華麗な太陽のモチーフがついたその太刀は光を反射していた。
観戦中の義毅は、ポケット納屋から2本の瓶ビールを取り出し、そのうちの一本をヘルミナに勧める。
「ヘルミナちゃん、ビール飲むか?」
「いえ、結構です……」
「遠慮するなよ、闘競は始まったばっかりだぜ?」
義毅は瓶ビールの蓋を開けると、口をつけて颯爽と飲んだ。
「があ~~!!闘競を観ながら飲むビールは最高だぜ!!」
心の声を聞くことができるヘルミナは、義毅が心底、最高だと思っていることに苦笑した。自分の教え子たちが闘競しているというのに、心配するどころかのんびりとビールを楽しむ余裕は、ヘルミナにはなかった。
「トヨトミ先生……」
ヘルミナは義毅から目を離し、ステージの上の二人に注目する。
蛍は柱の間を跳び移りながら、さらにスピードを上げる。のぞみは蛍のステップする音を耳で聞くことはできたが、目で姿を追うことは難しかった。
「この程度でついてこれないなら、私のスピードには及ばないわよ!」
タッ、タッ、タッ
連続していた足音が止まる。
蛍が右側後方から攻めてきたと感知したのぞみは、前方に跳んで頭上からの蹴りを避ける。二歩進んだところで、つま先を支点にして体の向きを変える。
蹴りを外した蛍は着地するとすぐに連続の蹴りを繰り出す。のぞみはその攻撃を刀で受け止めた。
蛍は、戦いの主導権をのぞみに渡さないよう、格闘で力を抑えこもうとしていた。格闘が苦手とわかっているからこそ、あえて授業ではやっていないような技ばかり繰り出す。
「ふふん、これでどう?」
蛍は体の重心を右足に変えると、砂に埋めた左足を蹴りあげる。
「わぁ!」
砂を蹴散らされ、驚いたのぞみは攻撃のタイミングを逃した。一瞬、剣筋が外れ、脇の甘い動きをしたのを狙い、蛍は次の技を繰り出すためのモーションを始める。
蛍は迷いのない軽い身のこなしで砂地を走る。
「縮地」の作法とは反対に、空気を乗せて、自らの体の重力を半分以下に軽減し、足と床との接触面積を最小限にする走り方だ。
蛍の動きを見て、審判のレイニが興奮気味に叫ぶ。
「おーっと!キター!忍び系統がよく使うムーブメント技、『神風脚』です!この速さ、カンザキさんは追いつくことができるのでしょうか!!?」
蛍は直線的に走りながら、脇差しを振り下ろす。
「神薙流奥義『八方薙ぎ返し』!」
のぞみは何とか一度目の攻撃を食いとめたが、すぐに別の方向から攻撃が来る。防御は崩れ、三度目の攻撃で、持っていた刀が弾かれた。
完全に防御を崩されたのぞみは、蛍が四方八方から繰り出す攻撃を生身で受け止める。
(このままじゃやられてしまう……。作戦を立て直す時間を作らないと……)
のぞみは両手に光弾を集める。
蛍が決め技にするであろう最後の一撃を受ける直前、のぞみは40センチに達した源の塊を、自分の立っている地面に投げ、爆発の烈風で決め手を吹き止めた。
爆煙により、一時的に戦況を混乱させたのぞみは、急いで銀色の盾に乗り、空へと飛びあがる。
「すごい!カンザキさん、ピンチから間一髪!空に飛びあがりました!!」
のぞみは右手の甲を確かめる。数値は一気に6720まで跳ね上がり、のぞみのダメージを表す赤いゲージがアーチを描くように伸びている。一方、光弾の衝撃を受けたらしい蛍の青いゲージは、逆アーチ型に530ポイント分伸びただけだ。
ハウスメイトたちの座席で、楊はのぞみの動きを見て叫ぶ。
「そうだ!神崎さん!接近戦で戦わなくてもいい、距離を取ってチャンスを掴め!」
楊の声援を聞いて、イリアスも両手をメガホンのようにして叫ぶ。
「のぞみちゃーん!汚いニンジャに負けないで!操士の意地を見せてー!」
ガリスも開戦から劣勢を保っているのぞみを心配していた。
「無理ですよ、こんなに騒がしくては、伝わりません」
心配はしていても、ガリスは冷静だ。
全く冷静ではないミナリは、傷だらけののぞみを見ることすらままならない。両手で目を塞ぎ、周りにメディカルフィッシュも生成されるが、それでも耳からは戦闘の音が聞こえてきてしまう。
「のぞみちゃん……頑張って!」
闘競に介入できるのは、審判、教諭、そしてダイラウヌス機関所属のマージスターのみだ。一般の観客が物的支援や治療の協力をすることは一切禁じられている。
心細い声でミナリは応援し、指と指の狭間から、戦況を確認した。
のぞみは空中で『気癒術』を使いながら、ステージの様子を窺っている。煙幕が薄くなってきたところから、手裏剣が放たれるのが見えた。
のぞみを乗せる銀色の盾は、のぞみの思いのとおりに角度を変え、手裏剣を避ける。UFOのように不規則な軌跡を刻みながら、高度も上げた。
つづく




