53.闘競を始まる10分間前 ①
そして三日後、今まさに宣言闘競が始まろうとしていた。
ここはハイニオス学院の中央部に位置する第九カレッジ・オルティングルの闘技場―ヘムストロン。この闘技場の大きな特徴は、一階広場から天井までをアーチのように囲う外壁を採用し、柱を一本も使っていないことだ。上空から見て六角形になったそれぞれの頂点には爪状の構造があり、それは水晶ガラスの天井を生成する装置である。
3万人を収容できる観覧席は、すでに7割が埋まっている。その中にはアテンネスカレッジ2年A組の全ての心苗をはじめ、ミナリ、イリアス、楊、ガリスたちハウスメイトも含まれている。その他、フミンモントル学院からも大勢の心苗が詰め寄せた。
予想を超えた観戦者の数に、悠之助は驚いていた。
「黒須さん……神崎さんと森島は、二人ともレベルDッスよね?わざわざフミンモントルからこんなに大勢来るなんて、神崎さんって一体何者なんスか?!」
「知らん!俺に聞くな」
ぶっきらぼうな返事だが、京弥も戸惑っているのだ。
「神崎さん、フミンモントルでは優等生だったみたいだから、きっとお友だちがたくさんいると思うよ」
そう言う初音も困惑していた。これだけの人を集められるほどの人物なら、きっとフミンモントルにいれば気楽に過ごせたのだろう。穏やかな環境を捨ててまでハイニオスに来た理由を、初音はどうしても理解することができなかった。
「森島さん、対戦相手の応援団がこんなにいるようなストレス下で、耐えられるのかな?」
初音の問いに、真人はクールな表情を崩すことなく、刀で一太刀するように鋭く答えた。
「結論から言えば、このバトルは神崎さんの敗北だ。格闘授業の時、神崎さんの技を見たが、あれでは未熟すぎる。森島が肉弾戦で圧せば、神崎さんは一方的に抑えられるだろう。観客がどれだけいようと、バトルはフィールドに立った二人のものだからな」
クラークが通路を周り、A組の心苗に大声で呼びかけている。
「お~い、お前ら!闘競が始まる前に、どっちが勝つかPEポイントで賭けようぜ~!もっと熱いバトルが楽しめるだろ~?」
PEポイントは、学校やそれぞれの国から与えられる。たとえば聖光学園に通う心苗たちには平等に、毎月300ポイントがマスタープロテタスに付与される。
このポイントは普段の買い物では使うことができない。クラークのように「賭け」を楽しむ心苗も多いが、社会活動やエンターテインメントの際、個人や団体を評価するために贈りあうのが一般的だ。もちろん、実績をより高く積んだり、高い評価を得た者にはポイントが加算される制度もある。
PEポイントは贈られると相手のAPポイントとなる。贈らずに貯めておくこともできるが、自分のAPポイントに還元することはできない。
また、戦闘行為を認められていない場所はもちろんのこと、認められている場所であっても、公の物や環境を破壊すると、個人や所属する団体のAPポイントから罰税を課されることになっている。
より多くPEポイントを他のために使った人は、所属団体や組織に納める義務ポイントが免じられる。仲間同士のバトルでも、勝てば倍のポイントをもらえる。負けても損をすることはないので、アトランス界では、気軽にPEポイントの贈りあいを楽しむ風潮があった。
義務ポイントを納める感覚が気に入らない者や忘れがちな者ほど、バトルで増やしたポイントで義務を果たそうとする。
団体の経済を運営している者の中には利益ばかりに目が行き、ポイントをたくさん持っている人しか相手にしないことがある。
たとえば今、A組の心苗二人が闘競をし、A組の心苗しかゲームに参加しなかったとすると、どちらが勝ってもA組にとって、APポイントの利は少ない。しかし、別のクラスや別の学院を巻きこんだ試合であれば、多数のAPポイントがA組に流れこんでくることになる。
そういうことを考える者もいるが、あまり利ばかりを見ている者は好まれなかった。
イベント闘競や宣言闘競や恒例闘競に出場する心苗にとって、より多くのEPポイントを贈られることが一つの名誉となる。場合によっては一つの試合で何千万というポイントが贈られることもあり、そのポイントには応援する友愛的な気持ちが込められている。
宣言闘競ではとくに、フィールドに立つ二人のうち、どちらの言い分が正しいか、どちらに正義があるのかを、観客が自分の気持ちを投票するような意味合いも含まれている。
今日のバトルでは、どちらが勝つかというギャンブル性もあるが、それもエンターテインメントだ。賭けた相手が勝てば、自分の賭けたポイントの倍をもらうことができる。賭けた相手が負ければ、そのポイントは自分の所属する団体のAPポイントに還元される。APポイントをどれほど持っているかは、個人だけでなく団体にとっても評価の判断項目の一つとなっている。
個人的なポイントを失うリスクはあっても、人間関係を営むためにある程度の出資は必要であり、娯楽ともなる。
クラスの財政委員を務めるクラークは、ここぞとばかりにPEポイントを賭けるようアピールする。興味のある心苗たちが、どんどんポイントを賭けていった。
『
森島蛍:神崎のぞみ
43556:3579
』
クリア、マーヤ、ルルを中心に、実力主義で蛍の勝利を確信している者が圧倒的に多いことは、賭けられたポイント数で明らかだった。
A組の中でのぞみに賭けた者の内訳は、藍が800ポイント。メリル、悠之助、修二がそれぞれ100ポイント。真人の言葉を聞いてものぞみを応援したいという気持ちから、初音が70ポイント。ヌティオスは、EPポイントを計画的に使う意味を理解できていなかった。のぞみを気に入り、応援したいという情熱から、持っていた全てのポイントである2,157ポイントを入れた。他にものぞみにポイントを入れた心苗は何名かいるらしい。
50ポイントを入れたライが綾に訊ねる。
「君は賭けないの?」
「パスやな」
「正義がどちらにあるか、ジャッジするチャンスだと思うけど?」
ライの本心は、綾がこの試合をどう見ているか知りたいのだ。
つづく