41.親子通信 ②
「あら。母さんはこれでも元・マージスターよ?未熟な子たちが自分を見失って、強さに目が眩んで過ちを犯したり、トラブルに陥るところは何度も見てきたのよ」
ウィルターの大先輩でもある母の言葉を、のぞみはムッとした表情のまま、それでもおとなしく聞いている。大事なことを教えてくれているとわかってはいても、母親の自慢話を聞かされているような気持ちにもなって、心が拗ねてしまうのだ。
部屋の扉が開き、ミナリが顔を覗かせる。手に持ったトレーにはお茶とアイスが乗っており、それをローテーブルに置いた。ミナリが近付くと、のぞみは首だけでそちらを見る。
「おばさんとテーラキントしているのかニャ?」
のぞみが使用しているテーラキントという通信技術は、ミーラティス人の技術をヒントにタヌーモンス人が造った技術だ。魔法と科学という二つの技術を両立させ、どんなに遙かな距離のある世界間でも通信することができる。空間系章紋術を施された実体を持たない鏡のように、映像にはノイズがまったくなく、そこに実体そのものが現れたように見える。
「ミナリちゃん?」
ミナリはのぞみの肩あたりからひょっこりと顔を見せ、天衣に挨拶する。
「おばさん、こんばんは!」
「あら、お久しぶりね!お元気だった?いつものぞみがお世話になって、ありがとうね」
天衣がマジスターの大先輩であると知っているミナリは感激している。
「とんでもにゃい!ミナリはいつものぞみちゃんにお世話になってますニャ!」
ミナリがのぞみと仲良くしてくれているのを見ると、天衣は少し気持ちが楽になる。マージスター時代、若い後輩たちの面倒を見ていたときのように、天衣はミナリに優しく声をかけた。
「ミナリちゃん、この前よりも成長したみたいね?源気の気配が大きくなったじゃない」
天衣は、取り巻く光の強さからミナリの成長を判断した。
「そうですかニャ~?多分、のぞみちゃんが基礎訓練をやるとき、一緒にお付き合いしてるおかげさまだニャ」
半月前と比べて自分がどれほど成長したか、ミナリは全く実感がなかった。
「いいことね。二年生の前二学期を楽しんで過ごしてちょうだいね」
大先輩からの励ましの言葉に、ミナリは顔をうっすらと赤く染めた。
「はいニャ!」
ミナリは嬉しそうな表情のまま、のぞみの肩から覗かせていた顔を引っ込め、そっと後ろに体を引いた。
天衣の言葉について考えこんでいたのぞみは、しばらく拗ねたように黙っていた。そんなのぞみに対し、天衣はさらに言葉を重ねる。
「のぞみ。とにかく、日月明神剣術は人を相手に使ってはいけないという教えでしょう?他の剣術技なら使ってもいいけれど、人の命を取るような真似をするのはいけません」
生家で学んだ剣術は、対人では使えない。のぞみが真人と門派について話したとき、これまで学んだことを白紙にして学んでもダメなのかと聞いたのは、そういう理由からだった。
何千回、何万回と聞かされた言葉に、のぞみは飽き飽きとして、無気力になる。
「はい、分かっています……」
「なら、その理由を言ってごらんなさい」
「……私たち神祇代言人は、神様の代わりに世の安泰を守ることだからです。神の使い人として、災厄の種が蒔かれるのを防ぎ、神様のご加護を得た力で人々の命を守らねばなりません。人の命を斬る者は魔の心を養い、いつかその者が魔となり、災厄の種になる。私たちは神様の教えを守り、常に仁愛を持ち、誠の心で接し、使命を果たします」
家訓を唱えるように、のぞみはそらんじた。
「よろしい。お相手の名前は森島さんだったわね?バトルのとき、適当なところまでで攻撃の手を止めなさい。それと、そんなに門派に入りたいなら、『神源諭心流』を調べてみなさい。きっとヒントになるわ」
「それは、遼介さんの家の流派では?」
「そうよ。ハイニオスの創立や発展の歴史と光野家との間には、深い関わりがあるのよ」
「えっ?そうなんですか?」
遼介に関する初耳の情報を得て、のぞみはパッと目を輝かせる。
「遼介さんのことをもっと知りたいからって、わざわざハイニオスに転学院したんでしょう?きっと面白い情報が手に入るわよ」
野次るような言い方が恥ずかしくて、のぞみは顔が熱くなった。
「母さん!どうして私を軽い女みたいに言うんですか!?」
試すような目付きで天衣は笑い、落ち着いて話を続けた。
「あら。のぞみがそう思っていないなら良いのよ。自分が何をしているか、自分の考えがよくわかっていれば、他人に何を言われても気にしすぎる必要がなくなるはずよ。いいわね、もし門派がなかなか決まらないときは、『神源諭心流』のことを調べてみなさい」
のぞみは決めつけるような天衣の言葉に腹が立った。しかし、反論するよりも先に、天衣が「あっ」と声をあげた。
「のぞみ、それじゃあ母さんはお祓いの仕事の事前準備があるから。続きはまた今度ね。いつも神様が可愛いのぞみを見守っているわよ」
その後、向こう側の通信が切断されたことを告げるように、映像を創りあげていた粒子が渦を巻き、霧散した。机の上にある水晶キューブに、通信切断を知らせる文字が映っている。
恥ずかしさと怒りでのぞみは胸がいっぱいになっていた。だが、遼介についての情報がもらえたのは大きい。ハイニオス学院と光野家の『神源諭心流』には深い関わりがある。この情報を一旦、頭の片隅へとそっと置いておき、のぞみは目前まで迫っている宣言闘競のことを思いながら立ちあがる。
「たとえ日月明神剣術が使えなくても、きっと闘競に勝ってみせる……!」
強化訓練をしようと決めたのぞみは武操服に着替え、両手で拳を作って部屋から出て行こうとする。
「の、のぞみちゃん!また庭で強化訓練するつもりニャ?しかも、こんな時間に!?」
時刻は34時を過ぎていた。夜中まで無理な強化訓練をしようとするのぞみが心配で、ミナリはつい声をかける。
ローテーブルに置いたお茶と、溶け始めたアイスに流し目を送り、ミナリはまた期待が外れそうなことを予期して悲しい気持ちになっていた。のぞみとのんびりお茶をしながら話ができる時間は明らかに減っている。
「うん、やるよ」
「ハイニオスで色々あって大変なのはわかるけど、あんまり無理しないでほしいニャー。いつもヘトヘトで寮に戻ってくるのぞみちゃん、見ていられないニャ……」
「ごめんね、ミナリちゃんの気持ちもわかるけど、頑張らないと、いつまで教室で授業が受けられるかもわからないんだ。宣言闘競も近いし。ミナリちゃん、疲れたら先に寝てね。体が燃えるくらい訓練して、スタミナが完全燃焼したら、グッスリ眠れるらしいから、私のことは心配しないで」
剣法・剣術基礎演習で蛍に宣戦布告を受けてから、のぞみはずっと緊張していた。勝ちたい。負けたくない。蛍と仲良くなりたい。様々な思いが頭の中を駆け巡り、のぞみを急き立てていた。
のぞみは部屋を出て行く。昼夜問わず強化訓練をするのぞみを心配する一方で、ミナリは心から応援してもいた。だから、のぞみを止めることはしない。
「のぞみちゃん……」
どう対応するのが一番のぞみのためになるのかわからなくて、ミナリも悩んでいた。
つづく