38.日月明神剣
「トヨトミから聞いたが、君はまだ門派が決まっていないそうだな?」
「はい……。いくつか試験を受けましたが、すべて失敗してしまいました」
「もし君が忍び系統の門派に興味があるなら、我が『朧影流』に所属するのはどうだ?」
急な話にのぞみは理解が追いつかない。渡りに船の申し出に、信じられないような気持ちで訊ねる。
「先生、でも私、アクションスキルは下手ですし、忍び系統の門派が要求するようなレベルには程遠いと思います……。それに、『朧影流』は今、新しい弟子を取る時期ではないですよね?」
「君の転入学試験の記録映像を見せてもらった。たしかに君はまだアクションスキルが未熟だ。しかし、元操士である君は、源のコントロールが同級生と比べ秀でている。多少、実戦の経験もあるそうだが?」
「実戦といっても、見習いとして、父が受けていた妖怪を祓う仕事を少し手伝っていただけですが……」
イーコロは顎に手を添えて言う。
「なるほど。複数のターゲットの動きを同時に察する『心眼』や、自らの武器の使い方と性能を把握する『神通』のスキルはそれらの経験から磨いたわけだな」
どこかで聞いたことのあるような語彙を思い出すように、のぞみは首を傾げながら応える。
「はい……」
「我が門派では、実戦が得意な者をとくに優遇する。条件次第では、入門試験は免除としよう」
神のしるべのようなイーコロの言葉に、のぞみは目をきらめかせた。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。もし君が公式の闘競を受け、良い成績を残した暁には、我が名において『朧影流』への特待入門を認めよう」
「先生。実は先日、生徒会に宣言闘競申込書を出したところです。許可通知書はまだ来ていませんが、おそらく近いうちに来るかと思っています」
「そうか。朗報を期待している」
「はい、頑張ります!」
空から宝物が降ってきたかのような恵みに、のぞみは高揚した。このチャンスを逃したくない、闘競で勝ち取らねば、と蛍とのバトルへの気持ちがますます高まっていく。
イーコロとの会話を終えたのぞみは、ステージから離れ、床に座りこむ。
「神崎さん!」
妖精のように可憐な呼び声に顔を上げる。のぞみの前に立ち、両手で膝頭を押さえた少女がにこやかに微笑んでいる。
「藍さんに、メリルさん」
メリルも藍の後ろについてきていた。
「可児って呼んでください」
メリルも手を挙げ、お尻から生えたもふもふを踊らせるようにして言う。
「メリルヨン!」
藍はのぞみの隣に腰かけ、メリルもそばにしゃがむ。二人ももちろん、のぞみの試し斬りを見ていた。
「可児ちゃんに、メリル姉さんですか?私のことものぞみって呼んでください」
のぞみは年上に見えるメリルへの気遣いのため「姉さん」と付けたが、当のメリルはあまり気にしていないようだ。
「ノゾミちゃん、さっきの試し斬り、すごかったヨン!」
メリルの意見に藍も頷く。
「やっぱり、剣術の経験者というだけあって、違いますね」
先生だけでなくクラスメイトにまで褒められ、のぞみは嬉しい反面、照れ隠しのように笑った。
「いえいえ。可児ちゃんだって、速さだけでなく、体に合わせて振り出す剣筋の変化が深く、相手にとって測りづらいものになっています。メリルさんの剣筋はワイルドで、重みがあります。二人と比べると私の試し斬りは普通で、つまらないですよ」
「なんて可愛い子だヨン!そんな謙遜なこと言わないで、もっと堂々と胸を張って良いのヨン!」
メリルはのぞみを抱きしめて頭を撫で、それからのぞみの隣に腰かけた。
「そうでしょうか……?」
藍はのぞみの披露した剣術に並々ならぬ興味があった。
「のぞみさんはたしか、生家で剣術を学んだんでしたよね?それは、どんなルーツを持つ系統ですか?」
「えっと、うちの日月明神流剣術は、地球界で遠い昔から継承されている、神々のご加護により授かった剣法です。近世になって、二天一流の影響を受け、さらに実戦性を大幅に伸ばしたといわれています」
教養の科目で学んだ内容を思い出すように藍が宙を見る。
「二天一流がルーツなんですね?」
メリルも首を傾げている。
「ノゾミちゃん、二天一流は、二刀流だヨン?」
「あ、はい。本当は二刀流なんです。今日の授業は刀を一本のみ使うという制限があったので、それに合わせて試し斬りを行いました」
藍が、納得したような、新たに疑問が沸いたというような表情をしている。
「地球界の事典に必ず記載がある有名な剣法の系統に、秘伝の分派があるなんて、初耳でした」
「そうですよね。私の学んだ剣法は、神崎宗家の認める嫡伝巫女にしか継承されないものなので。それにこの剣術は、そのあまりの強さのために、対人で使うことが禁じられ、妖魔魍魎を祓う目的で伝わるものなんです。知る人が増えると災いを招きかねませんから、一般の書籍なんかには載らないようですね。なので、多くの人は型だけを見て二天一流かと認識されます」
自分の生家のことを思い出し、藍は感激してのぞみの手を取った。
「それは素敵なことですね!実は、藍家も先祖代々、対魔導士を務めているんです。歴代の帝の朝廷をはじめ、民間人を魔が襲ったときにも退治する役割です」
「それなら、同業同士ですね」
「はい。もっと言えば、ヒイズル州の陰陽師と似ているんですが、もしかして、のぞみさんの生家も陰陽師ですか?」
「いえ。陰陽師とはちょっと違いますね。陰陽師は札や術を多用したり、聖霊を使いますよね。我が家の血筋は聖霊と契約を結び、自らの源を使うので、札などがなくてもすぐに神様を召喚できます」
「神様を召喚できるんですか……!ということは、王級、帝級以上の聖霊を使えるんですね?」
アトランス界では、聖霊を地級、賢級、聖級、天級、王級、帝級、万級、宙級、太級、玄級の十のレベルに分けて考える。より高いレベルの聖霊を操るためには、多くの源気が必要となる。
また、帝級以上の聖霊とは源だけでなく、操士本人が特別な素質を持っている必要があり、その上で聖霊と契約を結ぶことが不可欠となる。ちなみに、学院の守護聖霊は万級であり、自意識を持っている。国や土地との契約をする聖霊のため、個人とは契約しない。
「はい」と、のぞみは頷いて応えた。
「ということは、ノゾミちゃんは尊い血筋に恵まれた神霊系操士ってことだヨン!?」
「まあ、まだ私は契約を結べる聖霊がいないんですけどね……」
二人から驚きをもって問い詰められ、のぞみは苦笑いするしかなかった。
その時、会場からまた歓声が上がった。三人がステージを見ると、そこには綾が立っていた。彼女の周りには六台のダミー的が立っており、両手で翳した90センチもある破甲刀の刃の形状は少し揺れている。源で作った刀なのだろう。
刀を両手で強く握り、次の瞬間、速やかな手捌きで、正面、右前方、左前方にある三つの的を、一太刀するたびに斬り捨てた。
綾はそのまま止まらずに振り向き、足を踏んばり、左右に二回、刀を振り払う。その衝撃波がそのまま左右二本の的を切り裂き、最後は両手を真上に上げ、上から下へ、一刀両断する。切っ先が振り下ろされた方向には、地面と垂直に出現した剣気がまっすぐに走り、残り一つとなっていたダミー的を真っ二つに両断した。
隣のステージに立っていた修二が、綾の試し斬りを見て不敵な笑みを浮かべる。
綾がクールダウンを始めると、修二が動き出した。
修二は授業で扱える最大限の的数である20台のダミー的を用意していた。
刀を軽く右手に持ち、高く飛びあがると、宙でくるりとバク転を決める。着地すると、ダミー的による包囲から抜け出し、一瞬で刀を両手に握り直すと、袈裟斬り、そして反対側を向いて横斬りし、左右それぞれ6台の的を一気に切り倒した。残った8台を見ると、修二は走り出す。
とっ、とっ、とっ、とっ!!
一歩ごとに一台を斬り、五歩目のステップで床を蹴る。飛び出した修二は、残った4台の的をまとめて斬り捨てた。
修二が着地し、我流の残心の構えをすると、8台のダミーはその時になって初めて斬られたことに気付いたかのように、同時に崩れた。修二は動揺を見せず、颯爽な作法で20台という多数の的を片付けた。
凄まじい技を披露したというのに、修二はお茶の子さいさいという具合でケロリとしている。そして、自画自賛するように笑いながら、崩れたダミー的を満足げに眺めた。
「ハハ!今日も絶好調だぜ!!」
刀を鞘に戻し、修二は隣のステージの綾に向かって呼びかける。
「風見はたったの6台か?次はもっとハードにしろよ~!」
綾はようやく納刀し、刀を光に戻す。そして、すっと目を閉じると修二に噛みついた。
「数の大小やなくて、技の強さが肝心やろ」
「いや~、俺様の技はよく効いてるぜ~!」
「はっ、剣術しか取り柄のないアホが」
綾の言うとおり、修二は剣術項目においてはアテンネス・カレッジ二年生の中でトップを修めていた。しかし、教養項目ではすべて赤点のみ。性格のせいか、頭の中もシンプルな修二は、単純に剣術のみにおいて秀でていた。
剣術の実力は認めても、それ以上の評価には値しないと、綾は修二に取り合わない。
馬鹿にされてもどこ吹く風の修二はゲラゲラと大笑いする。
「その通り!俺様は、剣術だけは誰にも負けないぜ!」
「その程度の剣筋でデカい口、叩くのやめときや。あんたの剣は、小物を斬るのにぴったりやわ」
言葉を投げつけるように言い捨てると、綾は向こうを向いてステージから降りていく。
「俺様を小物扱いするなんて、風見は冷たいなぁ~」
これ以上は付き合いきれないというように溜め息をつき、綾は去った。
ステージの下で二人の試し斬りを見ていたのぞみは、目を丸くし、素直な感想を口にする。
「舞鶴さんもですが、風見さんや不破さんも試し斬りがお上手ですね!」
「そうですね。不破さんは元々、実戦経験がありますし、風見さんは刀使いの才能に恵まれています。一年生の一学期から、先輩たちの試合を見て、我流で手習いしたそうですよ」
「基礎すら教わっていないのに、たった一年で、独学のみであのレベルに達しているんですか?すごい……」
のぞみは感心するとともに、その話を励みに感じた。
「レイは生真面目すぎるほど真面目に稽古してるヨン!」
つづく




