34.ライとトウ
それ以上の追及を許さない真人の口ぶりに、のぞみは閉口する。またもや暗雲が立ちこめてきて、のぞみがどうしていいものかと困惑していたとき。
「おい!お前らはアテンネスカレッジだろ?」
食堂に怒鳴り声が響いた。
「一目見ればどこのカレッジかは分かるんだから、わざわざ聞くなんて愚問だね」
「その席をこっちに寄越しやがれ!ごちゃごちゃと意味のないゲームをやるだけなら、そっちのカレッジに戻ってやりやがれ!!」
感情的な怒鳴り声と理屈っぽい返答を聞いて視線を移すと、テラス席ではライともう一人の男子が碁を打っているところだった。彼ら二人を、14人ほどの団体が囲んでいる。
「うちのクラスのライさんと鄧さんですね。どうも、トラブルみたいです……」
「あの制服は第七のゼイトクロンム・カレッジの連中ッスね」
薄いブルーグレーのシャツとエンブレムを見て、悠之助が断定した。
「人数が多すぎて席が足りないんだろ」
日常見慣れた光景なのか、京弥は他人事のようにせせら笑った。
「ふん、気にするほどのことじゃねぇぜ」
「でも、助けないと大変なことになりますよ?」
目の前で事件が起こっているのに静観しているだけというのが性に合わないのぞみは、すぐにでも助けたそうに、ライたちの方へ視線を向けている。
「神崎さん。やめましょうよ、巻きこまれたら面倒じゃないですか」
すぐに顔を突っ込む癖があるのぞみを、初音が引き留めた。
そうは言われても、多勢に無勢でたった二人を囲むやり方に、のぞみは心配げな眼差しを送る。
「オラ!さっさとその席から失せろ!」
大声で叫んでいる男は背も高く、筋肉も目立つ大柄な背中をのぞみたちに見せている。
その男に対し、ライが人差し指を口に当て、不敵な笑みを浮かべ、落ち着いた声で言う。
「しっ。少し黙ってください。こちらは神聖なる囲碁の試合中です。熱戦の途中で止められるわけがありません」
ライの対局相手は同じく2年A組所属の鄧昭瞬。茶色の短い髪を額のヘアターバンで押さえ、切れの長い一重まぶたが涼しげな彼は、碁盤に石を打ちながらライに同調した。
「君は「風情」というものを知らない愚か者だね」
「アァ!?何だと?!食堂でクソの役にも立たねぇボードゲームなんざやってるお前らこそ目障りなんだよ!」
怒鳴る男の肩を叩き、集団の中では背の低い金髪の男が話しはじめた。
「まぁまぁ、ボロス君。彼たち、怒鳴ったって譲る気ないですよ。ねぇ、お兄さん方、もうその席に30分以上座ってるんでしょう?混雑する時間帯に長居するのはマナー違反じゃありませんか?」
パチッ。
理論立てて意見を述べる金髪男の言い分など聞きもせず、鄧は碁石を打つ。
石を指に挟みながら、ライはにやりと鄧に目線を送る。
「なるほど、いい手だね。だが、この局勢を返せるほどのものではない」
鄧は白の碁石を二本の指で挟むと、まだ勝機を失っていない笑みを浮かべた。
「まだわからないね。わたくしの逆襲はこれからだよ」
14人もの取り巻きを完全に無視し、碁の世界に没入する二人に、髪の毛がボサボサの、チンピラのような男がガンを飛ばして叫んだ。
「おいおいテメェら!!聞こえてんだろうが?えぇ!?長時間席を取るのはマナー違反だっつってんだろうが!」
試合中の野次に、ライはうんざりした様子で溜め息をついてから答える。
「こちらの席は予約席です。事前予約をして取りました。それに、一時間までの滞在はマナー違反ではないと食堂で決められているでしょう?」
ドンッ!と音がして、気がついたときにはテーブルが倒れ、足下には碁石がばらまかれていた。
気の短いチンピラ風情の男が、テーブルを蹴り飛ばしたのだ。
のぞみは即座に立ちあがった。すぐに向かおうとしたが、京弥に手首を掴まれ踏みとどまる。
「神崎。お前の実力で手ぇ出すと、もっと面倒なことになるぜ」
「でも、誰かが間に入らないと、もっと酷いことになりませんか?」
真人が無表情のままで、少し呆れたように言った。
「黙ってみてて。あの二人なら、この程度の喧嘩、一瞬だから」
「ライ君たちはたしかに強いかもしれませんが、皆さん闘士でしょう?あれだけの人数差、勝ち目がありませんよ!」
「うーん、あのくらいの人数なら、鄧さんとライさん二人で大丈夫そッスね」
どう見ても不利に見えるクラスメイトを前に、のぞみは手を出せないことがもどかしい。京弥たちはライと鄧の勝利を確信しているようだが、のぞみには想像できなかった。
不敵な笑みを浮かべるチンピラ風の男に襟を掴まれながら、ライは静かに言った。
「碁石を拾ってもらえますか?」
鄧も四人に囲まれている。
チンピラ男は言葉で殴るように、ライの耳元で叫んだ。
「はぁあ?!舐めてんのか?オイ!!」
激怒のあまり青筋の浮かぶ顔を見ながら、ライは呑気に続けた。
「ずいぶん見苦しい顔だな。子犬がキャンキャン吠えて、後になって恥をかかないよう、今のうちに身を引くことをお勧めするよ」
「んだとゴルァ!!」
感情任せに振り下ろされた拳が直撃する寸前に、ライは両手で男の体を押し出した。
思わぬ動きに男がひるんだ隙に間合いを取り、ライは両方の拳を打ちこむ。高速で打ち出される連続パンチが止まると、男の体は脱力したようにその場に倒れた。
仲間がやられたのを見ると、はじめに声をかけてきたボロスが叫んだ。
「テメェ!トールに何しやがった!」
「別に大したことはしてない。お互いに大怪我しないで済むように、彼の経脈とツボを打っただけだよ。しばらくは動けないが、数分もすれば足の感覚が戻ってくると保証するよ」
背の低い金髪男はライの説明を聞くよりも前に頭に血がのぼり、多少は分別ありげだった顔が、気が触れたようになって怒鳴りだした。
「貴様!トールに手出ししやがってタダじゃ済まねぇぞ!」
「やれやれ。今のはやむを得ないさ。先に手を出したのは彼だ。ここにいた全員が証人だよ」
周囲にいる心苗たちの非難するような視線と、自分たちに分の悪い理屈に耐えきれず、金髪男は仲間に命じた。
「お前ら、やれ!!」
それを聞き、誰よりも先に動きはじめたのは鄧だった。
ベルトに差してある何かを取り、自分を囲んでいた四人を次々に打つ。
パッ、パッ、パッと、一人目の額、二人目は鎖骨に当たる。
四人目は手に源を集め、カッターソードを構えていたが、鄧の動きにひるみ、躊躇しているうちに攻撃のタイミングを見誤った。
鄧がベルトから取り出したのは扇子だった。全体に源を集めた扇子は、たった一秒のうちに、四人目が振り払ったソードを止め、足元に蹴りを入れて体勢を崩させる。崩れかかる相手の肝臓に扇子の先端を当てると、大仰な動きではなかったにもかかわらず、その男は崩れ落ちるようにして床に倒れた。
見事な連撃技は、一瞬のうちに四人の男を使いものにならなくしたのだ。
のぞみは鄧の技術に唖然としながら目線をライに戻す。
ちょうど、命令を出していた背の低い男が手に源の光弾を集め、ライの顔を狙い撃とうとしているところだった。
しかし、一瞬ののち、ライは擒拿法で彼の手を掴み、そのままもう一方の手で首を取った。そして、倒れたテーブルの上に男の首を押さえつける。身動きの取れない男の耳を狙って、まな板の上で暴れる魚を押さえこむように、ライは空いた右手の五本の指を動かした。
「ちょ、ちょっと、タンマ!」
オオカミの群れでドンが負けると、パックたちは一瞬で戦意を失うのと同じように、集団のほかの仲間たちは動きを止めていた。
楽しい対局を途中で潰された切なさと、床にぶちまけられた碁石や碁盤への無礼に苛立ったライが、冷え冷えとした声で言う。
「碁盤と碁石を拾ってくれますか?」
「それはトールがやったことだろ?何で俺たちが拾わなきゃなんねぇんだよ?」
ライに押さえつけられている男は、恐怖のあまり、たまらなくなって叫んだ。
「い、い、いいから!拾ってくれ!頼む!」
五人の仲間たちが碁盤と碁石をテーブルに置き、鄧も屈んで碁笥のフタを拾う。
片付けが終わると、ライは男の体を解放した。
恐怖から解放された男は、見下すような目付きでライを睨み、自分の首に異常がないか確認しながら叫んだ。
「よくもやってくれやがったな!」
鄧に打たれた四人が徐々に立ち上がりはじめていた。重体ではなかったが、実力の差を見せつけられたせいか、四人とも青ざめた表情をしており、戦意の欠片もなくしてしまっていた。
「あなたたち。こちらで何かあったんですか?」
一同が振り向くと、三人の心苗が近付いてきていた。
「ローンタウスが来たか!?」
つづく
ここまで読んでくれて有り難うございます。
少しいハイニオス学院キャンパスの騒がしい日常を描写つもりです。
次回は、来週にアップロード予定です。
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良き作品を書くために、引き続き精進いたします。よろしくお願いします。