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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
日常鍛錬に隠す殺意篇 下
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339.戦士が免れられない罪

「え?のぞみさん、どうして?」


 (ラン)だけでなく、柱の間にいる全員に語りかけるようにのぞみは声を上げる。


「ツィキーさんが私を暗殺しようとしているのは、誰かに脅されて、やむを得ない事情があるからなんです!」


「どういうことですか?」と藍が眉をひそめた。


「ツィキーさんはよく、家族写真を見ています。その写真に映る人々が、彼女が暗殺を引き受ける理由でしょう。例えば、家族が人質にされているとか……」


 コミルはジェニファーが話せるよう、手を離したが、警戒を解いたわけではない。「スレイヤーハンド」をプライヤーのような形にしたままで、いつでも彼女を制圧できるよう、厳戒態勢で待機している。


 ジェニファーはコミルの隙のない構えを意識しながら、のぞみを睨みつけた。


「フン、この期に及んで同情か?貴様のような弱虫の泣き虫に同情されるとは、とんだ笑い話だな!」


 そう言ってジェニファーは声を上げて笑った。だが、彼女が意地を張っていることは誰の目にも明らかだった。


「ツィキーさん、カンザキさんの言ったことは本当ですか?」


 感情を逆撫でしないよう気を付けながら、ラーマが訊ねた。


「否定はしない。だから何だと言うんだ?」


 コミルがジェニファーの見張りを緩めないままで言う。


「カンザキさん。君は世間知らずの箱入り娘だ。裏社会の闇なんて知らずに育ったんだろう?彼女のように弱みを握られ、汚れ仕事に手を染める奴なんて、世の中には山ほどいるんだよ」


「私に分からないことがたくさんあるのは仕方がありません。でも、一つ言えるのは、ツィキーさんが、自分の思いで私を殺したいわけではないということ。背けない命令のためにやっているだけなんです」


 人徳を過信している若殿を諭す侍従のように、ラトゥーニがのぞみに応えた。


「ノゾミ、それでも、ツィキーさんが何度も君の命を狙ったことは変わらないよね?情けをかける必要なんてないよ」


「いえ、もしも私が彼女の立場に立ったなら。きっと私も家族を守るために、誰かの命を奪うことしかできません。もしもツィキーさんの家族が人質に取られていなければ、彼女はこんなふうに人殺しをすることはなかったでしょう。悪いのは、ツィキーさんに指示を出している人ではないでしょうか?」


 ラーマはのぞみの論にも一理あると思った。だが、


「カンザキさん。それでも、もし彼女がすでに何人もの命を奪っていたなら、それは彼女の罪です。命令だったからといって、消える罪ではありません」


 ケビンたちの戦いを見ていて、のぞみには分かったことがある。宿命とはいえ、切ないことだ。


「……それでも、闘士(ウォーリア)心苗(コディセミット)として、私たちは日々、実技授業を受けてきました。将来的にはお仕事のために、誰かと戦わなければならないでしょう?」


 のぞみはどこまでもジェニファーの立場に立って考え、必死で説得を続けた。


「誰だって、理由もないのに人を殺すなんてこと、できる限りしたくないと思います。でも、ウェスリーさんたちのように、一緒に任務を受ける仲間同士であっても殺し合うこともある。私たちにはいつか、人の命をも奪わざるを得ない戦いが、訪れるのかもしれません」


 ケビンたちの戦いの熱がまだ残っているこの場所で、のぞみの言葉は心苗たちの心に深く届いた。メリルが悲しげな表情で言う。


「ノゾミちゃん……それは難しい話だヨン……」


 珍しく、ラーマも複雑な表情をしている。


「カンザキさん……戦士でありたいなら、それは口にしてはいけません。戦いができなくなります」


「そうです。闘士にとって戦いを否定することはできない以上、いつか人を殺す仕事に就く可能性だって、同じように否定できないんです。全体像を知らない者がその人を裁いてはいけないと思います」


「ノゾミ、私たち闘士は、守るために戦ってるんだよ?だから、目的以外に無意味な殺人はしないんだよ」


「そうです、ターゲットが同級生だったというだけで、ツィキーさんもただ、忠実に任務を果たそうとしただけなんです。私たちがルビス先生の課題を受けた時も、ついさっきまでも」


のぞみは澄んだ目を潤わせ、感情を込めて言った。


「たとえ殺しの仕事を請け負ったとしても、ターゲット以外の人まで傷つけたいわけじゃない。それがツィキーさんの本心だと私は信じています。経験者である彼女はその腕を買われて仕事を受けた。家族を脅かされ、選択肢のない彼女を責めるのは、正しいことでしょうか?」


 のぞみの話を最後まで聞いて、心苗たちは互いに視線を交わした。ジェニファーに対する嫌悪感は失われていき、武器を収める者が一人、また一人と増えた。ティムは納得したように穏やかな笑みを浮かべる。


「ふふ、これは一本取られましたね。カンザキさんの言うとおりです。守るもののために戦えば、必ず敵を傷つけることになる。ですが、敵もまた人の子であり、愛する人や仲間がいる。ツィキーさんが暗殺を行ったこと、これは事実です。しかし一方で彼女も被害者です。ここから先は、私たちには口を出す立場にありません。機関と学校が審判を下すでしょう」


 ヒーラーを目指すティムには、過ぎし日の戦で心得た無念がある。それが、のぞみの気持ちを深く理解させた。


「姫巫女ちゃん、言いたいこと、ちゃんと伝わったべ」


 自分たちに裁く権利はないと納得した心苗たちの中で、ジェニファーだけがまだくすぶっていた。


「Ms.カンザキ、なぜそこまで私を庇う!はっきり言わせてもらうが、私は今でも君を殺したい!」


「ツィキーさん、その必要はないんです。あなたはもう、命令を聞く必要はありません。暗殺の任務は終わりました」


「アハハ、やめてくれ。そんな分かりやすいおとぎ話で私が動揺するとでも?」


「テスト初日にツィキーさんとお話ししたこと覚えていますか?あの時、ツィキーさんが言った願いは、すでに成就したと思います」


「バカな。どこまで私を虚仮(こけ)にすれば気が済むんだ?あの組織が私を手放すわけがない」


「たしかにお前を手放すわけはないかもな」


 扉の向こうから、男の声が聞こえた。


「おヨン、この声は、トヨトミ先生だヨン?」


 その時、柱の間の結界と鍵が開き、扉が開いた。


 そして、義毅(よしき)とともに、のぞみの事件に関わった全ての『尖兵(スカウト)』たちが柱の間に踏み入ってくる。リュウ、ルーチェ、エルヴィ、カイル、捜索班のマイユまでもが同行していた。ダンジョンのどこかに空間移動させられた真人(さなと)も見つけ出され、義毅の後ろに付いている。


 さらに()が入ってきた。ハイニオス所属の副部長が来たことで、柱の間で起こった全ては機関にも筒抜けであったことが分かる。彼は四人のヒーラーと、魔導士(マギア)一人を連れてきていた。


 ヒーラーが、手当てを続けているティフニーと入れ替わった。魔導士の先輩が章紋で空間の穴を開く。その先には医療センターが繋がっており、救急機元(ピュラト)の担架に寝かせられた(ほたる)が速やかに運び出された。


 それを見届けてから、義毅が続ける。


「だがなツィキー、お前の暗殺任務はお終いだ」


「何の話だ?」


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