33.五人五色昼食会 ③
門派に入門するというのは、そう簡単なことではないと思っている真人は、鋭い眼差しで悠之助を睨んでいる。
悠之助の助言に、のぞみは少しうなだれながら返事をした。
「剣術に強い流派も調べてみましたが、どこも今は入門試験をやっていないようでした」
初音が神妙な顔で頷いている。
「そうですね……。私が所属している『浄音夢想流』も、毎年第三学期の頭ごろにしか新しい弟子を取らないですね」
悠之助は睨みを利かせている真人に、いつもの調子で訊ねる。
「島谷さん。神崎さんはあのネズミボウズを討ち取ったんッスよ。剣術の筋はいいはずなんだから、島谷さんの門派に推薦するってことはできないッスか?」
真人は一旦、目を閉じ、うっすらと開きながらのぞみを見た。
「それは無理な話だな。神崎さんは元々どこの流派の剣術を学んだんだ?」
自分の手の内を明かすようなことでも、のぞみは隠そうともせずに応える。
「私の学んだ剣術は、我が家に先祖代々伝わる、妖怪を祓うための秘伝剣術というものでして……」
そこまで聞くと、真人は首を振った。
「俺の所属する『柳生新影流道場』は、伝統色が強く、流派に誇りを持っている。すでに別の流派を学んできたような者の入門は認められないだろう」
伝統のある武術流派はプライドが高く、ルールも厳しいことを知っているのぞみは、それでも真人に問いかけた。
「これまで学んだことを白紙に戻し、その流派に染まる覚悟があっても入れないのでしょうか?」
「……君は、生家の伝統や君自身の生い立ち、これまでの経験を切り捨てることができるかな?」
生家で習得した剣法は、先祖たちが嫡伝巫女として脈々と受け継いできた技だ。神祇代言人の一族として、その血族や両親が教えてくれたことを全て投げ出すことはできない。のぞみは困り果ててしまった。
「それは出来ません……」
「一応聞いておくけど、君はもしかして、あのバトルで豊臣に勝ったことで、自分は実力者だと思いこんでいないか?」
「はじめは、先生がわざと譲ってくださったものと思っていました。でも不破さんが、先生はいつでも本気で相手を潰すつもりでバトルしていると伺ったので……」
弱々しく紡がれるのぞみの言葉を聞くと、京弥は大声で叫ぶ。
「おいおいウソだろ!?神崎さん、あのバトル馬鹿の話を信じたってのか?」
「えっ?」
のぞみは京弥の言葉を聞いて目を丸くし、驚きで少し身を引いた。
「残念だが、同じルールだからといって、同じ相手と思っちゃいけない。あの日のバトルも、豊臣はあなたに対しては入門生レベルの技だけで戦っていた。その後、風見とのバトルでは三段以上、上のレベルの対応をしていたよ」
「やっぱりそうでしたか……」
修二の言うことも、京弥と真人の言うことも、どちらも間違っていない。修二は自分の体験を語っただけだし、二人は客観的に義毅を見ているのだ。だから、のぞみは誰かと論争するつもりはなかった。
それに、綾がのぞみよりも強いことは誰の目にも明らかだった。それでも、自分は勝てて綾が負けた理由が何なのか、のぞみは気付けなかった。義毅の精神状態が安定しすぎていて、変化を感じさせなかったせいだろう。
真人はのぞみが自分と同じ流派に入門するのを断念させようとして、義毅とのバトルの顛末を知らしめた。自信を砕いてやれば、人は自己否定に陥り、物事を諦めるしかなくなる。
あの日、剣術の実力に少し自信を持ったはずののぞみだったが、今の話を聞いて、もやもやした気分になってしまった。
京弥が悠之助を、荒い口調で責めはじめた。
「おい、吉田。島谷が所属している流派は、お前が通ってるような千客万来の門派とは話が違うだろうが。自分で解決できない話だからって、他人に丸投げするのははた迷惑だぜ」
「そッスか?でも、神崎さん困ってるじゃないッスか。ヒイズル出身の同胞なんだから、黒須さんも考えてくださいよ~」
京弥ははじめ、のぞみのスタイルの良さを気に入っていた。可愛い転入生との食事で格好つけようと思っていた矢先、悠之助に武術大会での屈辱的な敗退をバラされた。その上、のぞみの知人は大会の常連王者だという。その話ぶりから、すでに特定の男がいることに気付いた京弥はのぞみに対する好意が一変し、急激に冷たい態度を取るようになっていた。
座ったまま腕組みしている京弥は、面倒くさげに吐き捨てる。
「知ったこっちゃねぇよ。俺は自分の修行で目一杯だぜ」
自分のせいでテーブルの雰囲気がさらに微妙なものになったと気付いたのぞみは、悠之助に問いかける。
「あの……今のお話だと、吉田さんが所属している門派は、比較的入門しやすいのでしょうか?」
「そッス!『武猴門』はいつでも、興味のある人は入門試験を受けられるッス。とくに、ダンスに興味のある人はぜひ、うちの門派に来てほしいッスね!」
悠之助の所属する【觜宿・雲斗武猴門】は、地球界に存在する躰道と、BREAKING、KRUNP等のストリートダンスのコンテンツを合わせて生み出された、新しい武術門派だ。
特性としては、手足の動きが素早く、体操のように床を使った技が多い。攻防一体の戦い方で、自由自在な動きで相手を翻弄して攻め入る。棍棒や鋲の付いた鉄甲を手足に装着した格闘技が主な戦法となる。
このように、古典的な武術と新しい文化が混交して生まれた新生武術というのも散在していた。
「そうなんですか。私、ダンスは好きですよ。試験って、どのような内容でしょうか?」
『雷豻門』での失敗を繰り返さないよう、のぞみは慎重に訊ねる。
「お、まじッスか?試験は、道場の所有するダンジョンを踏破することッス。距離は1キロメートルで、難易度的には今日の体術訓練の実習ぐらいッスね。合格条件は、10分以内に完走すること。それだけッス」
先日、別の門派の入門試験でもダンジョン系のものがあった。その時は、ダンジョンの中にあるモノを持ち帰る必要があったが、途中でトラップに嵌まり、失格になった。試験内容を聞いて、のぞみは希望を見いだし、元気が湧き出してくるのを感じる。
「それなら少し自信があります!今日の授業では、5キロメートルを19分69秒233で完走しました!」
「あ、そっか。入門試験では、時間の定義は地球界の基準になってたッス」
地球界に起源を持つ『武猴門』のような門派では、時間など、地球界を基準とすることも少なくなかった。
「えっ……。ということは、5分以内ということですか?」
「そッスね。うちの門派では、素早さとアクションスキルのレベルは要求されるので、そこはしょうがないッスね」
「それはちょっとハードですね……」
間口が広いと思った『武猴門』も、のぞみには無理な試験内容だった。今の実力ではおそらく不合格だろうと思いつつも、のぞみはその試験を受けるかどうか、頭を悩ませる。
「神崎さんはどんなダンスが得意なんッスか?ワック、ブレイク、それともクランプ?ちなみにボクはブレイクが専門ッス」
地球界では、源気を使う者は化け物として認識する一般人が多かった。それに加え、神の示す予言により『災厄の子』と言われていたのぞみは、幼少期、外に出かけるという経験がほとんどなかった。
知識・技術・芸などは全て、両親と巫女のお姉さんたちから教わったため、外国の文化や雑学のようなことにはほとんど触れずに育った。だから、のぞみは自分の知らないことに対して、子どものように興味津々だった。
「……ワック?ブレイク?どんなダンスでしょうか?私は生家の神事でよく巫女舞を踊りましたよ。阿波踊りも少し、やったことがあります」
「あははは!ちょっとイメージが違うッスけど、こんな技ッス」
悠之助は自分のマスタープロテタスを取り出し、門派の稽古を録画した映像をテーブルの上に投影させた。
映像の中では、男たちが軽快な音楽のリズムに合わせ、手で地面を支え、体幹と足を回転させたり、バク転を繰り返しながら戦っている。最後はエビ蹴りをして、フィニッシュを決めていた。次の映像では、女性が大胆な仕草で踊り、個性的な身振りでパンチを繰り出したり、足を蹴り出したりしている。
想像していたダンスとあまりにも違ったうえに、恥ずかしげもなくセクシーな身振りで戦う女性たちの様子に、のぞみは顔を真っ赤に染めた。とてもではないが、自分にはできない。苦笑いを浮かべて悠之助に応える。
「これは……珍しい「型」ですね……。ちょっとうまくできる自信がないかもしれません」
悠之助の厚意は受け取りたいが、入門試験を受けようとは思えない。しかし、のぞみはそれをはっきりと口に出すことができなかった。
のぞみの様子から京弥は彼女の戸惑いを感じ取っていた。地球界では常に繁雑な街の片隅で喧嘩を売って生活していた京弥は、目には目を、歯には歯をモットーに生きてきた。売られた喧嘩は買う、打たれたら打ち返すという気概がなければ生きてこられなかったからこそ、のぞみの箱入りな様子にいても立ってもいられなくなった。
「吉田、お前アホすぎるぜ。神崎さんがお前らみてぇなストリートダンスやってるとこなんて想像できねぇよ」
フォローのつもりで言った京弥だったが、あんまり図星だったせいで、のぞみはさらに顔を真っ赤にして俯いた。
悠之助は一気に炭酸ジュースを飲むと、京弥のツッコミなど無関係そうに気楽に言う。
「ま、いちお提案ってことで。ちなみに言っとくと、歴史の長い門派ほどルールがクソ硬いッス。ボクは『武猴門』の自分らしく楽しんで稽古できるところが気に入ってるんで、もし気が向いたらどぞッス。こっちはいつでも歓迎なんで!」
「はい。私のアクションスキルが上達したら挑戦してみますね」
門派の相談が一区切りしたところで、のぞみは少し前から気になっていたことを口にした。
「ところで、このテーブルは皆、ヒイズル州出身ですよね?いつもは森島さんもご一緒しているんでしょうか?」
蛍の名前を聞くと、初音は暗い表情になり、視線を伏せる。京弥は不機嫌そうに舌打ちをして、表情を変えない真人と目を合わせた。つい先ほどまで陽気だった悠之助ですら苦笑いし、冷や汗でも出てきたのかしきりに額を拭いはじめる。
さっきまでなんだかんだと言いながら喋っていた全員が、一斉に口をつぐんでしまったのだ。
「神崎さん、森島は……」
言いづらそうに告げる悠之助の言葉が終わる前に、真人が鋭く言い捨てた。
「森島はこのグループとは無関係だ」
それ以上の追及を許さない真人の口ぶりに、のぞみは閉口する。またもや暗雲が立ちこめてきて、のぞみがどうしていいものかと困惑していたとき。
「おい!お前らはアテンネスカレッジだろ?」
つづく
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