332.果てなき地獄
ティムたちが五人のハワードを相手にしているのが見えたが、作戦が思い通りには進んでいないようだ。ルルと楓の技が当たらず、反撃を受けて追われている。二人を庇うため、ケビンはハネクモを操ることに意識を削がれた。
蜘蛛の巣がハワードを食い止めたものの、先ほどまでのペースを乱され、ケビンはリディの『サンシャインアロウ』を食らう。傷を負ってもまだ戦えたが、ティムたちの参戦により、ケビンは撹乱されていた。
のぞみは6クル先に光るものを見つけた。さっと跳び移って拾い上げる。
「これ……森島さんの武器。気配が残ってる……」
蛍が敵の攻撃を受けた時、床に落ちた『六紋手裏剣』だった。刃は展開したままで、刃とコアの部分に蛍の源がまだ少し残っている。
「森島さん、私に力を貸してください……」
祈るように『六紋手裏剣』を握ると、のぞみは『ルビススフェーアゾーン』を展開し、自分の源気を一気に手裏剣に注いだ。六枚の刃は紅紫色に変わり、完全展開していく。直径は120ミルまで伸びた。
大きなその武器を持ち、のぞみは跳び上る。
「皆を戦から解放させるために!飛びなさい!」
鋭く投げ出された手裏剣は、高速回転しながらも、のぞみの意思に応じる。UFOのように無秩序な軌道で飛ぶ手裏剣は、敵と味方を嗅ぎ分けて確実にダメージを与えていく。
「最高な援護攻撃だぜ!」
修二は楽しげにエールを送ると、『ドライブスラッシュ』でハワード一体を斬り捨てた。
手裏剣のおかげで源気充填の時間をもらえたルルも、『天竜牙吼拳』で大きな光弾を撃ち出し、ハワード一体の末梢に成功した。
楓は竹刀を大きく振って強引にハワードを離すと、連続の蹴り技を繰り出す。残像しか見えないほどの高速技だ。それから正面に回り、決め技のハイキックでハワードを高く蹴り上げる。ハワードは飛び上がったまま、光となり散った。
ラーマも得意の『テンペストスラッシュ』で、ハワード一体を木っ端微塵に砕く。
のぞみが援護に回ったことで、四体のハワードを消すことができた。
まだ、リディとカロラの救出を諦めていないのぞみは、手裏剣を二人には向けず、自分の元へと引き寄せる。手で取らずとも、手裏剣は宙を浮かび、くるくると回転を続けた。
「姫巫女ちゃん、来たんだべな」
楓に続き、ラーマも声をかける。
「操士の力ですね?見事な応援でした」
「カンザキさん、感謝します。ですが、やはり待機していてくださった方が……」
「フェラーさん、ごめんなさい。私、ただ見ているだけなんて、耐えられません。お願いします、最後まで共に戦わせてください」
懇願するのぞみをフォローしたのは修二だった。
「良いじゃんか。前戦に出るんじゃなくて、ちゃんと距離を取って手裏剣で攻撃するなら、神崎さんも多少安全だし、俺様たちには有利だぜ」
そんな話をする暇が、彼らにあるはずもなかった。
リディが仕掛けていたトラップ章紋の『爆炎』があちこちで起動したのだ。
このまま戦えば勝てると思っていたのぞみたちは虚を突かれる。
『爆炎』は、ファイアボルトを基にした応用術だ。火の玉が花火のように爆発し、ファイアボルトの章紋の三倍の威力を持つ。連鎖するように、章紋が弾けていく。
六人は各々のベストを尽くし、退避または防御の対応を取った。爆発の規模を見て、ティムは肝を冷やす。
「まだこんなに多くの術を……」
「フェラー、次が来ます!」
ラーマが鋭く言った。
高めあっていた士気は、術によって抑えこまれた。
リディが『スコールジャベリン』と『ブレーズヴォルテックス』を綴った。さっきの倍も大きな光の章紋が重なる。炎の竜巻が噴き出したが、これも倍の太さの強大な攻撃で、竜が首を動かすように、心苗たちの一掃を試みる。
のぞみたちは全員が退避したが、広範囲の攻撃によってハネクモの大軍は全て破壊された。ケビンはその様子を空中から見下ろしていた。
「く……。ハネクモのバリアも、もう耐えきれないか……」
楓が息を呑む。
「……何という威力の章紋だべ」
藍をはじめ、沼や鎖のトラップで動くことのできない心苗たちが、何にも守られず、晒されている。それを見たラーマが言う。
「まずいですね、トラップで封じられた皆さんが危ないです」
心苗たちに命の危険が高まったその時、感情のない声が柱の間に響いた。
「こ……ころして……」
「おね、がい……」
光のないリディの目から涙がこぼれ、頬を伝った。カロラの目からも涙があふれている。攻撃させられながらも、まだ自意識がある。そんな二人を見ていることも、のぞみには苦しかった。
「まだ意識が……。どうすれば……。本当に彼女たちを止める方法はないんでしょうか?」
間一髪、攻撃を避けたティムが、「喋った……?」と呟いた。
カロラが呻くように声を出す。
「は、はやく……あんたたち……戦士でしょ?」
自分を殺せと言いながら、カロラは七体のハワードを創らされる。
「おい!反則だろ!」
さすがの修二も嘆き、ラーマが弱音を吐いた。
「また『使役体』が増えるとは……」
「こんな地獄……いつになったら終わるんでしょうか?」
一度は倒れたエクティットが自力で回復し、立ち上がりながら言った。その動揺と落胆は、その場にいる全員の声を代弁している。彼女ものぞみと同じ、ヴィタータイプの闘士だ。
「どうする?ここままじゃ、埒が明かないべ」
楓がティムに言った。
のぞみの顔に真剣な色が差した。
(私が囮になれば、動けない人たちから的を逸らせる……?)
のぞみは再び二本の刀を抜き、前方へと跳んだ。
思った通り、新たな七体のハワードは、トラップに封じられている心苗ではなく、のぞみだけを狙って攻めてきた。
宙を飛び回る『六紋手裏剣』が、のぞみを守るようにハワードたちを切り弾く。ダメージを負ったハワードを、ティムたちが倒していった。
しばらくはハワードとの苦戦が続き、戦況は変わらなかった。時間とともに体力を消耗され、楓ですら限界に近付き、息を上げている。
(どうしよう、このままじゃ皆やられちゃう。……この状況を打開するには……あの人なら、どうするだろう……
のぞみがそう思った時、柱の間に時空の穴が開いた。