326.ケビンの覚悟
声がして、フードを下ろしたケビンが、さらに自分の周りに4体のクモを作った。
のぞみがケビンに近付く。
「ウェスリーさん、あなたもずっとここに?」
「申し訳ない。余計な誤解を避けたかったので、僕の仲間から襲われるまでは手出しできなかったんだ」
「そうでしたか……」
知らない男の出現に、瓦礫から立ち上がった修二が声を上げる。
「アイツ!奴らと同じマントを着てるぜ!」
ラトゥーニが我慢できずに叫んだ。
「ノゾミ!!そいつに近付かないで!」
「違うんです、皆さん聞いてください!ウェスリーさんは、私たちの味方です」
「どういうことヨン?ノゾミちゃん」
「彼らは、ある任務のために未来から来た『尖兵』なんです」
ケビンを庇うようなのぞみの言葉に、蛍が眉をひそめ、目を細めて言った。
「その任務って、あんたを狙ってきたんじゃないの?」
「僕たちの任務は完了したんだけど……厄介なことに嵌められた」
ティフニーが皆に向かって声を上げた。
「皆、落ち着いて。ノゾミさんの言った通り、彼は私たちの味方です」
「ハヴィーさんが言うのですから、間違いないでしょう」
ティムはティフニーを信じ、皆に言った。
「ウェスリーさん、これは一体……?どうしてバレーヌさんがこんなことを……」
「あの二人はラメルスに操られている。最悪の事態です」
のぞみは予想外の展開に悲嘆した。
「そんな……」
「最悪」という言葉とは裏腹に、ケビンの内面は凪いでいるようだった。
「皆さん、よく聞いてください。あの二人を君たちだけで倒すのは不可能です。死にたくなければ大人しくして、動かないで」
「あんたは一人で、あの二人を抑えられるんだべ?」
「ええ、手助けは足かせになるだけです。こちらの問題ですから、僕一人でケジメをつけます」
全体に向けてそう言ったあと、ケビンはのぞみに声をかけた。
「カンザキ先輩も退いてください。僕が今から、彼女たちを楽にさせます」
「えっ?」
身を引きながら、のぞみは眉をひそめた。
「……ウェスリーさん、仲間をそう簡単に殺していいんでしょうか?」
「残念だが、今の僕に他の選択肢はない。このままではカンザキ先輩の命だけでなく、さらに多くの危険を招いてしまう」
「これ以上の危機が起こりうるんですか?」
「ラメルスは、操る相手を自爆させることができる。ここで二人が自爆させられれば、柱を破壊するに十分なエネルギーとなるだろう」
二人の話を聞きながら、ラーマはこの事件の影武者の正体に仰天し、息を呑んだ。
「まさか……!ラメルスというのは、フミンモントル学院の治安補佐官ではありませんか?」
楓も驚いてはいたが、冷静に状況把握に努めている。
「いや、道理には合うべ。治安補佐官なら、ダンジョンの機元端をコントロールするくらい容易いはずだべ」
ティムも呟いた。
「ラメルス先生が狙っているのは、カンザキさんの命だけではないのでしょうか……?」
のぞみとケビンの会話はまだ続いていた。
「僕たちは未来からやってきている。だから、むやみに未来を変えるようなことは避けないといけないんだ。実際、僕たちの時間点では、この事件でカンザキ先輩以外の四名が亡くなったというデータ記録を見ている。しかし、死因は人間によるものでなく、守護聖霊ミラドンキスに殺されたとあったはずだ」
「私たちは、予言を変えてしまったのでしょうか?」
「そういうことです。聖霊を倒したことが、歴史を変えた具体的な証拠です。つまり、この先はもう、何が起こるか分からない。先輩の命を守ることは勿論だけど、もしも柱を折ってしまったら……。セントフェラスト全体の結界が弱体化してしまう。侵略勢力にとって、こんなに都合の良いことはない。本当の、最悪の事態というのは、セントフェラストが滅び、僕の未来も無に帰すことです」
ケビンの話を聞いて、クラークが憤慨するように叫んだ。
「んだよ……!カンザキさんだけじゃなく、学校ごとぶち壊すってことかよ!」
「悪人にとっては一石二鳥の策だヨン……」
「でも、任務を達成したにもかかわらず、こんな形で仲間に殺されるなんて……可哀想です……」
のぞみは、自分のせいでリディたちが同士討ちしなければならないことが、どうしても納得できなかった。
「カンザキ先輩。僕たち『尖兵』は、予想外の非常事態が起きた場合、できる限りのリスクを抑えることが責務です。皆、覚悟を決めてこの任務を受けていて、いざという時には死にも臨まねばならない。未来だけでなく、今の時間点の世界を守るためにも、必要な犠牲というものもあるんです」
理屈としては分かる。それでも、のぞみは救いたかった。成功率が低くても良い、何か、方法はないのだろうかと、のぞみは強く思った。
「何とか、ラメルス先生から解放させられる方法はないんでしょうか?」
「……少なくとも、僕にそんなスキルはない。ラメルスは遠距離でコントロールし、彼自身は安全な場所にいる。今ここで、ラメルス本人を倒すことは不可能です。さらに、彼の創るゴールドスカラベは、宿主の脳幹、小脳に寄生する。本人の意思は無視され、身体が動かなくなるまで操られ続ける。一刻も早く楽にさせてやることが、彼女たちにとっても望みだろう」
「でも……」
ハネクモの牽制により、しばらく動きを止めていたカロラとリディが攻撃を再開した。糸玉に囚われていたハワードが叫び出し、大暴れする。もう一度、食い止めようとしたクモが、鮮血のように赤い光弾で破壊された。
のぞみとケビンが話している間に、リディも動いていた。『ウォーターシャワー』の章紋で自分に絡んだクモの糸に水をかけ、その水を『フリーズ』の術で凍結させる。最後は暴風を巻き起こす術で、凍らせた糸を吹き飛ばした。
次に足下の章紋が二つの輪状に光る。リディは風の絨毯に乗るように宙に浮かび上がった。そのまま六つの章紋を綴り、カロラと二人、ケビンを睨む。
「躊躇ってる暇はない。僕が二人を制圧するのは決して手軽なことじゃない」
ケビンは二人に向かって歩みを進めると、意を決し、叫び声を放つ。
「来い、ハネクモ。合体だ!」