320.貝竜の弱点
戦闘中の楓は、ミラドンキスが吐きかける毒液を竹刀の衝撃波で斬り払った。そこへティムが一直線に突撃して首を剣で刺撃し、突き落とした。
『章紋術』が時間切れで効果がなくなり、楓も気配に気付く。
「ハヴィーさんだべ」
「他クラスのカワイ子ちゃんたちもいるッスね?」
ティフニーは楓に返事をするよりも前に、山吹色の強力な『ルビススフェーアゾーン』を大きく展開させた。直径20ハルもの広いバリアが作られる。その領域内の源気密度は、のぞみの作るバリアよりも数倍濃い。
バリアに当たったミラドンキスの首は、自身の弾性によって鞭のように弾き返された。毒液、光弾の攻撃も、バリアの中にいる心苗たちに当たるよりも随分前に散らされ消えた。
ティムも、ミラドンキスの吐き出した光弾を避け、バリア内に身を引いて声をかける。
「とうとうお目見えしましたね、ハヴィテュティーさん」
『ルビススフェーアゾーン』は、嵐の中、ビクともしない堅牢な城のようだった。前方で戦っていた者たちも、攻撃を切り抜けてバリア内に退く。
「君たち、いつからこの柱の間にいたんだ?!」
驚くジェニファーに、ティフニーと共にやってきた京弥が応える。
「お前らと一緒にその扉から入ったんだぜ」
京弥の返事に、のぞみもびっくりした。
「え?!では、私たちが道を間違った時も、ずっと一緒にいたんですか?」
メリルは、柱の間にいるのがティフニーとその同志たちであると分かって安堵し、気が抜けて少しぼやいた。
「もう~、手を出すのが遅いヨン」
「すみません、あまり早くから私たちの存在を敵に知られてしまうと、作戦が失敗しかねませんでしたので。しばらくは皆さんの健闘を見守らせていただきました」
「味方にぐらい、事前に言ってくれたって良いのに……」
ルルは不満そうだ。
少人数のミーティングでも言わなかったということは、それだけ秘匿性を要することだったのだろうと、ラーマはティフニーの肩を持つ。
「リスクを最小限に抑えるためには、情報統制も必要という方針だったのでしょう」
「味方にすら共有できない情報もあるわよね……」
事前ミーティングには参加せず、咄嗟に気持ちを固めて協力に来た蛍は、ティフニーの作戦から事件の深刻さに気付いた。手堅く対応しなければ、死人が出るほどの事件なのだ。
ティフニーは、のぞみの命を狙う者が複数いることに気付いていた。『念話』でミュラと交信し、情報共有するなかで、そのことを知った。
そしてティフニーは、のぞみがどのような対応を取っても、予言された悲劇を止めることは極めて困難だとも思った。それは、事件の黒幕がのぞみの行動を掌握しており、その動きによって捜査を攪乱したり、より悪い方向へと導いたりする可能性があると考えたからだ。ティフニーはその黒幕の正体をあぶり出すと、昨晩のうちに作戦を練り上げていた。
「ハヴィーのことだから、どうせ考えがあっての行動なんだろ?俺様はハヴィーを信じるし、戦にも勝ち抜くだけだぜ~!」
ラトゥーニはまだ前方で戦っていた。メイスを両手に持ち、ミラドンキスの首を潰す。さっと身を引き、背を向けると、次の攻撃に警戒しながら皆に言った。
「些細なことは後にしようよ?説明とかさ、そういうのは目の前の聖霊を倒した後、いくらでも時間がある時に聞くからさ」
まだスタミナ不足な藍が弱気な声を出す。
「……この化け物は、本当に倒せるんでしょうか?」
ティフニーは戦闘中とは思えない穏やかな表情をしていたが、藍の不安を聞くと、目を軽く閉じ、慎重に、柔らかな声で告げた。
「ミラドンキスを倒す方法は私が知っています。全員で力を合わせれば、勝ち目はあります」
「本当か?」と、クラークはそこに希望を見たように目を開いた。
「はい。手順は少し細かいです。まず、皆さんがお気付きのとおり、ミラドンキスには物理攻撃しか効きません。通常は地脈を通り、柱から源気を与えられていますが、弱ると殻が開き、周囲の生き物の源気を吸収することで、手の再生を行います」
のぞみたちが実戦で知り得たそれらの情報を、ティフニーはすでに知っていた。それは、古より蓄積された、リーレイズ部族やミーラティス人の先祖代々の知識であり、経験である。
「弱点なんかねぇじゃねえか」
短気に結論付けるデュクを、ラトゥーニが一瞥した。
「ハヴィーが喋ってるんだから、黙って聞いてくれない?」
「弱点はあります。殻が開いた時、真ん中に見える玉です」
弱点を聞いて、のぞみは絶望的な気持ちになった。
「聖霊は、殻を開けると同時に衝撃波を放ちました。攻撃は封じられ、その直後から源気を吸い取られてしまいます。攻防両輪の完璧なスキルです。私たちに攻めるチャンスなんてあるんでしょうか?」
ティフニーは左から右へ、皆の顔を一人ずつ見ながら説明を続ける。
「完璧なものなんて、どこにもありませんよ。良いですか、ミラドンキスが殻を開くその瞬間を狙って、こちらも広範囲の衝撃波を繰り出しましょう。衝撃波さえ相殺できれば、源気吸収も遅れます。十数秒は空白時間がもらえますから、そこが攻めるチャンスです」
蛍は腕組みしながらティフニーの攻略法を聞いていたが、
「なるほどね」と合点がいったようだ。
「ウンウン、弱点が分かれば、戦いの糸口も見えるヨン」
メリルはすぐにでもその方法を試してみようとしたが、ティフニーの説明はまだ終わりではない。
「ですから、殻が開く時に衝撃波を抑えるのは私に任せて、皆さんはミラドンキスを倒すことに注力してください。源気で作った飛び道具ではなく、物理攻撃ですよ。そうして同じ手順で聖霊にダメージを与え続けることで、きっと勝利を導くことができます」
「ハヴィテュティーさんがアタッカーになれないのは勿体ないようですが……」
「ティム、私たちの中で、あんな大規模の衝撃波を食い止められるのはハヴィーしかいないんだべ。それだけでも僥倖だべ」
ラトゥーニも納得したようだ。
「ハヴィーが聖霊の反則技を確実に止めてくれれば、ぼくたちも全力で攻撃できるね」
「フェラーさん、作戦の指揮は、引き続きあなたに託します」
「分かりました。では、すでに体力が落ちているブースタータイプの方は退き、二回戦に備えて補給や手当てをしていてください。最初の戦いは、体力のある方々が前へ」
それからティムはのぞみを振り返った。
「カンザキさん、あなたはまだ戦えますか?」
のぞみはティフニーの話を聞いている間に『玉心歸元』で傷の治癒、気力、体力の回復を行っていた。精神をしっかり保ち、両手に刀を握って頷く。
「はい、戦えます」
「分かりました。シタンビリトさんとフハ君は、カンザキさんを守りながら戦ってください。シマタニ君、モリジマさん、ティソン君、そしてツィキーさんは、殻が開いた際の触手の除去をお願いします」
「分かったわ」「よし、任せろ!」と蛍、クラークが声を上げ、他の心苗たちもティムの作戦を心得たというように首を縦に振った。
「弱点を攻める時はなるべく決め技を多用して、有効なダメージを与えるように。お互いの動きも意識し、連携するタイミングを見極めてください」
「他に指示は?」
「これで全てです。それでは総員散開し、全力でミラドンキスを倒しましょう!」
修二がニヤリと笑った。これから始まる戦闘に興奮しているようだ。
「よーし!後は倒すだけだぜ~!」