31.五人五色昼食会 ①
昼食の時間になり、のぞみは一人で食堂にやってきた。
ハイニオスには六つの学食がある。のぞみはそのうちの一つ、第六・第七カレッジのキャンパスにある学食棟―ティンクラントスに入った。
前学期まで、のぞみはいつもミナリや同級生たちと仲良く昼食を取っていた。誰かが先に席を取っておいてくれれば、その間に注文することもできる。月に一度はミュラやイリアス、ガリスたちを含め、寮生で昼食を取ることもあった。
だが、わざわざ昼食のためにハイニオスからフミンモントルまで赴くのは遠く、食事の時間も短くなってしまう。午後の一時間目に間に合わないかもしれない。
のぞみはハイニオスで闘士の友人を作ることができれば、という願いもこめて、第三カレッジからあえて距離のある食堂にやってきていた。
ドーム型の闘技場をリフォームしたというティンクラントスは六階建てだ。三階までは自由席になっており、一階と二階にはバルコニーや、テラス席もある。四階と五階は事前予約が必要な個室になっていた。
のぞみが食堂に入ると、半解放式の一階中央には八角形の中庭があり、北側と南側に注文窓口がある。窓口と窓口の間、中庭を囲むように、たくさんの席が用意されていた。それらのテーブルの間を、ニンモーが料理を届けるために走り回っている。そして、食事をする心苗たちの邪魔にならないよう、足元ではタコ型のクラグンが床の清掃のため動きつづけていた。
心苗たちのスケジュールには個人差があるため、学食は午後の六時間目が始まる23時まで食事のサービスがある。正午を迎える18時頃は、共同授業の多い二年生が食堂にあふれていた。三年生になると、今度は共同授業が少なく、ほとんどが門派での修行や自主修行、もしくはミッション依頼を任せられる。そのため、正午以外の時間に食堂を使うことの方が多いが、他学院のレストランや学園内に点在する飛行艇キッチンカーもあるため、スケジュールに縛られない三年生以上では、所属カレッジの学食を訪れる者は少なかった。
のぞみが学食に来たこの時間は、一日の中でもっとも混雑している時間だった。先に注文を済ませたのぞみは番号札を手に、席を探している。しかし、ほとんど満席の食堂内で、空席を見つけるのは至難の業だった。
女子グループのテーブルに空席を見つけたのぞみは、すかさず声をかける。
「あの、すみません。相席してもかまいませんか?」
「あぁ、ごめんなさい、ここ使ってるの」
聖光学院の食堂は、まったく知らない心苗同士でも気軽に相席をする風習がある。学院や所属を問わず仲間がいれば、学園生活だけでなく、将来的には任務の依頼や遂行の際にも顔が広く、人脈はそのまま道を切り開く糧となる。単に友人を作るとか情報交換という以上に、ウィルターとしてのメリットが多いのだ。そのため、セントフェラストでは食堂以外にもバーなどの交流の場が設けられ、気軽に話しかけられるような環境が整備されている。
のぞみは誰かと相席したいと考えて食堂まで来ていた。しかし、ほとんどの人が人数に合ったテーブルに着いていたため、難色を示される。それに、闘士のキャンパスは女性グループであっても警戒心の強い人が多く、妙に気合いの入った目つきで睨まれてしまう。
三度ほど声をかけたのぞみだが、そのたびにすげない態度を取られ、話しがたい空気に諦めを感じていた。
「どうしよう……。早めに席を決めないと、ニンモーが来ちゃう……」
しばらくは席を探してうろついていたが、やはりアテンネスカレッジから離れた学食では、同じ制服を着ている者も少なく、心もとない気持ちになった。
のぞみが困惑して立ち尽くしていたところに、一人の声が上がった。
「神崎さん、こっちッス」
手を挙げているのは、5センチほどに伸びた坊主頭の一部を金髪に染めた男子だった。シャツの上から二番目のボタンと、肩のアーマー構造に繋がる紐の色は赤で、それは同じ二年A組の心苗であることを示している。
「吉田さん?」
吉田悠之助というその男子とは、クラスで話したことはまったくなかった。そのため、のぞみは少したじろぎながら近付いていく。そのテーブルには舞鶴初音が同席していた。
「舞鶴さんも一緒だったんですね」
赤の金虫苺ジュースの入ったグラスを持ったまま、初音は「うん」と言って、頭をピコリと振って応じた。
悠之助は透き通った青色の、グライムソーダのグラスを傾け口に含んでから言う。
「ボクたち、いつも一緒に昼メシ食べてるんッスよ」
二人は六人席に座っている。どうやら他の人は注文しに行っているようだ。
「神崎さん、どうしてこの学食に来たの?」
初音が不思議そうに問いかけた。
「こっちの方はまだ来ていなかったので、ちょっと見に来たんです。で、お腹が空いてきたのでここに入ってみました」
「神崎さんって面白いッスね」
何気ない悠之助の言葉に、のぞみは一拍止まってから返事をした。
「え?どこがですか?」
「こないだの森島とガイルヌース・カレッジのカイムオスが挑戦闘競したときも、たまたま通り過ぎたんッスよね?」
人の噂も七十五日というが、この話はしばらく身の回りに流布しているのだろう。軽くため息をついて、のぞみは口を開いた。
「はい。あのときは初めてハイニオスに来たので迷子になってしまって。誰かに道を尋ねようと思ったんですが、そこで森島さんが一方的に暴力を受けているところを見つけて。まさかバトル中とは思わず……。反省しています」
悠之助は「あははは」と声をあげて笑った。
「あいつが暴力を受けるなんてありえないッスよ。むしろ、暴力を振りかざす首謀者側ッス。やっぱり操士って考えることが人と違うんッスね。面白いなぁ」
「そうですか……?あのときは真剣にそう思っていたので……。そういえば、どうして二人はこんなに遠い学食にわざわざ来ているんですか?」
ああ、とこともなげに初音が答える。
「今日の午後は島谷さんが自主修行なので、彼の所属門派の道場に近いからここにしたんです」
悠之助が加えて言う。
「島谷とか黒須の都合に合わせて学食を選ぶんで、日によって違うんッスよ」
「そうなんですね。でも、私が一緒に座ってもいいんですか?」
「どーぞどーぞ。どうせ風見は来ないものと思ってるんで、席は余ってるッス!」
「風見さんも一緒に食事しているんですか?」
教室で話しているのを見たことがなかったので、綾が彼らとともに食事を取っている光景は想像がつかなかった。
「前はよく一緒に食べたんですけどね。彼女は昼食の時間帯も自主修行したいからって、最近はあんまりです」
初音が眉を下げて言った。
「そうなんですか?」
「あいつ、一匹狼なうえに真面目すぎるんで、ちょっと付き合いづらいッスね。ちなみにこれは噂ですけど、あいつ、不破と付き合ってるみたいッス」
唐突に始まったA組のゴシップネタに、のぞみは頬の筋肉を引き攣らせた。今の話を統合すると、おそらくもう一つの空席は修二のものだろう。
「あの二人は好きにさせとけ。元々、地球界の日本人じゃねぇからな」
つづく