317.終点、祈り、見守るクラスメイト
『身体能力フィットネステスト』の会場では、先頭グループの心苗たちが次々とゴールラインを越え、場内は熱気に包まれている。参加人数も多いこのイベント。現場ではのぞみたちの行方に気付く者はいないようだった。
レイニは最速記録が塗り替えられるたびに、楽しげな声を上げている。
「第3、第4グループの心苗たちが、次々とゴールしています。現在、最速の成績を保持しているのはアテンネスカレッジB組、リク・ウケン君です。タイムはなんと、20分88秒329。しかし、最終グループの心苗が完走するまでは、今年の『ヘルメス』は決まりません!」
休憩エリアで戻ってきた心苗を見ているのは綾だ。彼女は自分が引き返せないと気付いた後、一直線に三つのエリアを踏破して、早々に終点に辿り着いていた。
綾は緊張した面持ちで、実況映像をじっと見ている。のぞみだけでなく、修二やラトゥーニの姿も全く映らない。そんな綾を見て、隣に立っていた鄧が声をかけた。
「どうやら、トラブルが起きたようですね」
「何か分かるんか?」
「あなたと共に出発したはずの不破がまだ戻ってない。ハヴィテュティーとの事前ミーティングで協力を申し出た全ての心苗が、全員行方不明です。予想通り、やはり敵はダンジョンを狙い打ちしてきましたね」
「そういえば、あんたは何で協力せんことに決めたん?」
「陣形に必要な構成員の上限をオーバーしていたからね。わたくしが入ると足手まといになる。ハヴィテュティーが君を偵察係にしたことも、そんなところだろう」
綾はダンジョンで怪しい人物や異常を何も発見できないまま、そのエリアを突破したが、それは単純に敵に嵌められただけではなく、ティフニーの指示でもあったというのだ。
「……うちが、足手まといになるって言いたいんか?」
そんなふうに思われることは、綾にとって屈辱以外の何ものでもない。
「わたくしたち闘士は戦闘タイプが似ているからね。どうしても役割が重なってしまう。それぞれの戦闘テリトリーがあるのに、攻撃範囲が重なり技を十分に出せず、戦力を発揮できないこともある。味方の存在が、高めあうのでなく、牽制しあう関係になってしまえば、戦術の展開も転換も硬直化する。そうすると、我々サイドは結果的に弱体化してしまう。特にあのような狭いダンジョン内では、アタッカーの人数は制限されて当然だね」
「そんな戦術論の常識ぐらい分かってるわ。ハヴィテュティーは、うちよりもドイルの方が作戦に必要やったってことやろ?」
鄧は、やれやれという表情になった。発言していないことまで邪推されては、そうなるのも無理はない。
「作戦を決めたのはハヴィテュティーだから、本当の理由は彼女に聞かないと分からないね」
その頃、アニターが最後の坂道を疾走し、ゴールラインを越えた。クールダウンエリアで足を止めると、膝に手をつき、息を整えている。情報ボードには、38分67秒433と、アニターのタイムが点滅している。
アニターとほとんど同時にゴールした者の中には、ミーラティス人の心苗もいた。
ローランドが指摘した、姿を消していたミーラティス系の心苗たちは、のぞみたちが柱の間に入った段階でそのほとんどが姿を現し、各々ゴールを目指していたのだ。
アニターは大きく息を吸い、大きく吐いた。ストレスから解放されたような、爽快な笑顔を浮かべている。
「はぁ、はぁ……。何とか完走できた……!これが一番苦手だったからなぁ!タイムなんて関係ないし、完走さえしたら、少しでも点がもらえるもんね……!」
第2グループで出発したアニターは、記録を調べて衝撃を受けた。
「フハさんとハヴィーさんのタイムがない……?!どういうこと?」
アニターは周辺を見回す。休憩エリアに知った顔を見つけると、彼女は歩き出した。
「ねぇ、カゼミさん、トウさん。二人はずっとここでテストを見てるの?」
「気になる心苗がまだ戻ってないのでね」
鄧はそう答えてくれたが、綾はなぜか黙っていて、妙な空気感が漂っている。アニターは気まずさを感じていたが、訊きたいことを口にしてみた。
「あのさ、フハさんやハヴィーさんって、もう戻ってきてるよね?記録がないんだけど、何かあったのかな?」
「いえ、まだだね。おそらく、神崎さんと行動している」
「えっ……。もしかして、例の予言のトラブルが、本当に起きちゃったってこと?!」
アニターも、ルミナスとともに予言について聞いた。だが、他人を心配する余裕もないし、身の丈は理解している。気軽に協力しても邪魔になるだけだと、二人は自分のテストに集中すると決めたのだった。
「……ダンジョンのどこかを彷徨っているんだろうね」
「うそ……あんなに強いフハさんが一緒にいても、まだ戻れないの?大丈夫かな……?」
自分のテストが終わり、安心していたアニターだが、クラスの中でも強者の象徴というレベルの心苗たちにトラブルが起き、未だ解決されていないと知って、急激に不安に駆られた。
「きっと、ハヴィテュティーが皆を連れ戻してくれる。まあ、どちらにせよ彼らは、今日のテストは失格になるだろうがね」
「そんなに危険な事件だったなんて……。無事に戻ってくるのを、祈ることしかできないね」