301.波乱の共同戦線
蛍たちの集団の前方にある建物が倒壊し、その中から五体のサメイドロントスが現れた。巨大な魔獣は両手にハンマーソードを掲げると、ドンッといきなり地面に叩き落とした。正面に立っていた心苗に衝撃波が直撃する。吹き飛ばされた者もいれば、とっさに源を放出することで防御態勢を取り、反撃のタイミングを待つ者もいた。
魔獣の群れから少し距離のあった蛍は、前線を早々に避け、そばにあった建物の屋上に着地した。腰ベルトに差した三枚重ねの金属を取り外し、鋭く振ると、六紋手裏剣が展開する。六紋手裏剣に源気を注ぐと、金属の骨から紫色の刃が伸びた。
蛍は屋上から高く飛び上がると、腰を大きく振って、二倍のサイズになった手裏剣をブンと投げ出す。
その攻撃は、一気に三体のサメイドロントスの首や腕を斬り落とした。蛍は左手に源で作ったクナイをかざし、中空でステップを踏んで方向転換すると、瞬時に加速して紫の光を一閃させた。
二体の魔獣を倒して別の塔の屋根に降りると、六紋手裏剣は意志があるように、蛍の手に自ら戻ってきた。
(絶好調だわ)
と、蛍は笑みを浮かべて仲間を振り返る。
地上ではクリアがサッカーボール大の光弾を蹴っていた。真っ赤な光弾は、路面を抉って深い溝を掘りながら疾走している。やがて、収束した光弾のエネルギーが一気に解放されたように爆破句が起こり、赤く、眩しい光に晒された四体の魔獣が姿を消した。
「私の邪魔をする無礼者は、例外なく『羽奏蓮華弾』で吹き滅ぼしてあげるわ」
攻撃の爆風に巻き込まれた心苗が、大きく咳き込みながら抗議の声を上げている。
「お前、あんな技を使うなんて人間まで殺す気か?」
「避けないあなたたちが悪いんでしょう?そもそも、あんな弱い魔獣ぐらい食い止めてほしいものね。そうすれば私の手助けなんて必要なかったのに」
「はぁ?!」
身勝手なクリアに見下すような目で睨まれ、心苗がカッとなっていると、蛍が声をかけてきた。
「クリア、次のゲートへ行きましょう」
「そうね」
言いたい放題で飛び去るクリアたちの姿を、その心苗は怒りのやり場もなくただ見ていた。
他のエリア内でも、同様に魔獣が道を塞いでいた。あちこちで交戦が勃発し、源の輝きや爆煙、炎が見えている。このような戦場において闘士は不可欠の主戦力だ。軍事演習にも似たこのイベントは、ハイニオスの心苗たちの実力をフェイトアンファルス連邦の国々に示す、誇らしい行事でもある。
相当な実技訓練を受けている者でなければ、心苗たちの戦いに巻き込まれるだけで命に関わる。そのため、コース内の各エリアでは一時退去が求められ、関係者以外の者が出入りできないゴーストタウン状態になる。
球体カメラに映し出された映像を見て、レイニが笑った。
「魔獣との熱戦が繰り広げられる白熱のレース!ですが、飲食店に立ち寄り、何か食べている心苗もいるようです!どのようなペース配分で動くかは心苗次第ですが、よほど腕に自信があるのでしょうか?」
そこには、肉まんを片手に口をもぐもぐさせている修二が映っていた。さらにポケット納屋からホールニンスを取り出し、ゴクゴクと喉を潤わせている。彼の他にも、事前に用意しておいた補給アイテムを飲みながら走っている者はいるようだ。
のぞみたちの集団が、ようやく修二と合流した。
「お前ら遅いぞ」
「お待たせしました」
修二は余裕しゃくしゃくの態度で笑っている。
ここまで、常に集団の最前線で魔獣を倒してくれていたラトゥーニも、体力が有り余っているみたいだ。
「ぼくたちの目的は速さじゃないでしょ?」
「分かってるぜ。でも、神崎さんの護衛を優先しつつ、最速のペースでクリアできたら、殺し屋に狙われる前にテストを終わりにできるかもしれないじゃん」
藍の顔に不安の色が滲む。
「そんなに簡単に逃げられるでしょうか?予言通りなら、相手は相当強いはずです」
ラトゥーニは不愉快そうに修二に向かって言う。
「やっぱり君のそのもずく頭ってただのお飾りだったんだね。ノゾミの護衛は任せられないな。さっさとどっか行ってくれない?」
「何だと?!力みすぎて逆に護衛ターゲットを潰す方がリスクだろ?この怪力メスゴリラ!」
「ゴリラって何のことかな?」
「ハハ、俺は見たことないけど、筋肉バカのブスって意味で使うらしいぜ」
「はぁ~あ?!ナマケロ虫野郎に言われたくないんだけど!」
ラトゥーニは怒り心頭の様子で修二にメイスを払い出した。
間一髪、修二は剣で受け止める。ラトゥーニが圧をかけ、修二の足下の地面が割れた。
「おいおい、敵と味方を間違えてるぞ?」
修二は笑ってそう言うと、見事に剣の角度を変えて力を受け流した。
攻撃が解けると、急に躱されたラトゥーニはそのまま倒れないよう踏ん張って重心の位置を変える。体幹の力で振り向くと、今度は両手で持ったメイスを、垂直に叩き落とした。
ドン。と音がして、修二が立っていたはずの場所に窪地ができている。修二はとっさに離れていたが、見境なく味方を襲うラトゥーニに、のぞみは肝を冷やした。
「ラトゥーニさん……?」
「あ~あ、やっぱりやっちまうんッスね、シタンビリトさん」
「どういうことですか?」
クラークは青ざめた顔でのぞみに話す。彼は上半期に、ラトゥーニをからかって、いきなりメイスをぶちこまれ、骨を折ったことがあった。
「あぁ……。理由は知らないが、あいつ、男嫌いなんだ。男が相手になるとすぐカッとなって、問答無用で潰しちまう」
のぞみは先日、ラトゥーニが修二に嘘を付いたことを思い出した。
「……不破さんのことが苦手なのかと思っていましたが、男性嫌いだったんですか……」
そういえば、ラトゥーニが手合わせ以外で男子と関わっているところを見たことがないと、のぞみは思い出した。
「これでは共同戦線は厳しいッスね」
と、悠之助が眉をハの字に下げている。
戦闘狂のようになってしまったラトゥーニを見て、
「誰か止めないと……このままじゃ大変ですよ」
互いに武器を持って対峙する二人を見て、のぞみが大声で呼びかける。
「ラトゥーニさん!どうか止めてください!不破さんは私に協力してくれているだけなんです。皆で一緒に戦いましょう!」
目をうるうるさせ、困り顔ののぞみを見て、ラトゥーニは武器を下ろした。だが、毛虫でも見るような目で修二を見ている。
「ふん、今日はノゾミに免じて許してやるけど、もし君がノゾミを傷つけたなら、その時は許さないから」
気迫負けしないようにか、修二は謎のドヤ顔でラトゥーニを見た。
「お前こそ、頭冷やしとけよ!」
「不破さん、ハヴィー姉さんと風見さんは?」
二人を引き離すように、のぞみが割って入った。
「おう、風見はかなり前にいる。ハヴィーは途中で気配を消してどこかに行っちまった。前にいるのか後ろにいるのかも分からないぜ」
「のぞみさん、どうしましょう?」と、藍が訊ねる。
「ハヴィー姉さんは、策があって動いているはずです。私たちも前に進みましょう」
修二とラトゥーニを前衛に置き、6人は2―4の陣形で再スタートを切る。前の二人は互いに干渉し合わないよう、適度な距離を取っているようだ。