28.体術・アクションスキル強化演習 ②
京弥は地球界、ヒイズル州の出身だ。成績評価はA組の12位。修二と同じ日本人の血筋であるが、異世界で育った修二にいつも対抗心を燃やしていた。
「ふん。剣術では勝てなくても、体術と身体能力なら負けないぜ」
「アハハ、結果が楽しみだなぁ!」
このような宣戦布告は修二と京弥だけの話ではない。心苗たちのそこここから、ライバル同士、喧嘩を売りあう声が上がっている。
バチバチと対抗心をぶつけながら睨みあう二人に、綾がぴしゃりと言う。
「あんたら、静かにしてくれへん?」
綾からの注意を受け、修二は「なんだよ、風見~?」とふてくされたように言った。
「あんたら、アーサ先生の源に気ぃついてへんの?」
にこにこと微笑む【体術の貴公子】の全身の源気が急上昇していることを、今さらになって知った修二が叫ぶ。
「おおぉ!めっちゃヤバいじゃん!」
修二の叫び声で異常な気配に気付いた者も多く、次第に雑談の声は小さくなっていった。心苗たちはアーサに注目する。源の変化に気付いていたのぞみは、おとなしくアーサの発言を待っていた。
静まりかえった一同を見渡し、アーサは片手を口に付ける。口笛のような高く鋭い音が、施設の敷地内にこだました。
「皆さん、常に闘争心を持っているのは良いことです。だからこそ、この授業で競争したい者たちは、正々堂々とやってください。さぁ、早速始めましょう。私が口笛を吹いたら、それがスタートの合図です。では、心の準備ができた者からスタート地点へ移ってください」
修二と京弥のように競争意識が高く、やる気に満ちた者たちから、五人一組になってスタートラインに立つ。アーサが口笛を吹くと、彼らはよく鍛えられた陸上選手のようにスタートダッシュで出発した。男子が中心となり、先頭の組が施設を駆けていく。
他の心苗とともに施設訓練をするのが初めてののぞみは、おどおどとした表情で、次々にスタートしていく同級生たちをしばらく見守っていた。
「カンザキ」
のぞみが振り向く。
「あ、ヌティオスさん」
背丈の高いヌティオスを、のぞみは見上げるようにして応える。
「まだ行かないのか?」
「そうですね……。皆と一緒にやったことがないので、しばらく様子を見てからにします。ヌティオスさんは?」
「今はまだ混雑しているからな。俺は行列に並ぶのが苦手だから、もう少し空いてきたら行くつもりだ」
ヌティオスは、スタートラインに並ぶ行列を見ながら陽気に言った。
「そうなんですか」
浮かない顔ののぞみに気付かないまま、ヌティオスは話題を変える。
「そうだ、カンザキ。こないだの入門試験、先にルールを言うのを忘れていた、すまん」
左上の手で頭を触りながら、ヌティオスは謝った。のぞみは頭を軽く横に振り、すぐに返事をする。
「いえ、詳しく聞かずに行った私の準備不足です。ティータモット先輩にも申し訳なかったです」
「カンザキ、たまには俺たちの門派に遊びに来てくれ。兄弟弟子たちも、お前のことを気に入っているぞ」
「わざわざお誘いいただいてありがとうございます。門派が決まったら、また行きますね」
「ティータモット先輩も、お前のことを気に入っているぞ」
ティータモットの助言を思い出し、のぞみはまだまだ未熟な自分はチャレンジを続けなければならないと思い直す。立ち止まっている暇はないのだ。
「それなら余計に、先輩の期待を裏切らないように頑張らないといけませんね。ヌティオスさん、そろそろ行ってもよさそうですよ。さっきよりも列が短くなりましたよ」
のぞみの微笑みに背中を押されるようにして、ヌティオスは素直に応える。
「そうだな。では、俺は行くぞ」
右上の手をさっと振り、ヌティオスはスタート地点へと向かっていった。
最初のスタートから十五分も経たないうちに、先頭の組の中から終点に辿り着いたものが現れた。
そんななか、のぞみのように体術や身体能力に自信のない者たちは、まだスタートラインに立つこともできないままオロオロしていた。そのうちの一人、長い茶髪の一束を細いツインテールにした少女がアーサに訊ねる。
「先生……、私、急に体調が悪くなってきてしまいました」
日本人らしい外見のその少女は暗く、緊張した表情をしている。
「Ms.マイヅル。君はたしか、体術やアクションスキルが苦手だったね。前期の担当教諭から申し送りがあったよ」
アーサの指摘を受け、舞鶴初音は目を伏せ、不安げな表情をする。
「はい……」
高所恐怖症のような初音の表情に、アーサは優しく問いかける
「君は何を恐れているのかな?」
アーサの問いかけを聞くと、初音の視線は左右に揺れた。両腕で自分を守るように抱き、か細い声で答えようとする。
「それは……」
言いよどむ初音の声に、何か別の事情がありそうだと気付いたアーサは、それ以上、詮索するのをやめた。
「Ms.マイヅル。無理に言う必要はない。だけど、君もいつか、ミッションを受けるだろう。ターゲットの追跡、自然環境での長距離移動、ダンジョンの踏破。それらのミッションに対応できるよう、心身を鍛え、技を習得するために、闘士にとっては体術やアクションスキルを鍛えることも重要になってくる」
「はい……」
「厳しいようだが、一度でも君はその恐怖を授業で乗り越えておかないと、中間試験では身動きが取れなくなるだろう。タイムリミットのないこの授業を、自分の身体とコミュニケーションする良い機会だと思って、自分のペースでいいから、少しやってみてほしい」
「分かりました……」
アーサの言葉は優しかったが、それでも初音の心に積もった澱が減ることはなかった。
その頃、のぞみはついに、勇気を絞ってスタートラインに立っていた。アーサの声かけでスタートに向かった初音も同じ班だ。班のメンバーをきょろきょろと眺めていたのぞみは、自分よりも自信のなさそうな初音の顔を見たり、調子を整えているほかの三人の心苗を見たりしながら、自分も準備に取りかかっていた。
のぞみは一つ、深呼吸をし、腰を少しかがめ、陸上選手のように自然と両手を伸ばし、目は前をしっかりと見据える。
アーサの口笛が、高く響いた。
同じ班のうち、三人の心苗はスタートダッシュに成功し、すぐさま最初のシーソー坂ゾーンに飛び移り、まっしぐらに駆けていく。のぞみは三人に多少、遅れを取りながらも大きく跳躍し、初音よりも前方に出ている。シーソー坂の先端が落ちきる前に地面を蹴り、その先にある台に飛び乗った。
次のステージでは、垂直の壁に五本の縄が垂れていた。ほかの三人が使っていないものを引っ張り、のぞみは手足に力を入れて登っていく。
つづく
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