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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
ハイニオスに転学 編 上
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26.錬晶球修練

深夜になり、のぞみは目覚めた。柔らかく心地の良い場所、落ち着く香り。それはよく知った、自分の部屋の、自分のベッドだった。ぼやけた視界が徐々にクリアになり、人影にピントがあう。そこには、呼吸一つするのもままならないような、張り詰めた表情のミナリがいた。


「ミナリちゃん?」


「の、のぞみちゃぁああん!起きて良かったニャーー!」


 心配で仕方がなかったミナリは、無事に目覚めた喜びを抑えきれず、ベッドに横たわるのぞみを強く抱きしめる。目尻には涙がにじみ、身体は小刻みに震えている。のぞみはそんなミナリの背中を、まだ力の入りきらない手で撫でた。


「心配かけてごめんね、ミナリちゃん」


 数秒間の抱擁ののち、ミナリはのぞみからそっと離れる。


「のぞみちゃんが、ボロボロになって寮の前庭で倒れていたのをメイドさんが連れてきてくれたのニャ。何があったのニャー?」


「夕方まで、五つの門派の入門試験を受けただけだよ。私にはちょっと、ハードだったね……」


 ミナリに気遣わせないように、のぞみは弱々しく笑みを浮かべた。


「そうだったのかニャ。それで、結果はどうだったニャー?」


 のぞみは目線を反らし、少し湿り気を帯びた声になった。そして、とげとげしい言葉がミナリに当たらないようにか、俯いて言う。


「……全部ダメだったよ。やっぱり、転入してすぐに試験を受けて一発で合格するなんて、そんな甘いこと、あるわけないよね」


 思い出してしまったのか、泣きそうになるのをこらえて苦笑いをしているのぞみを見て、ミナリは闘士(ウォーリア)のことを何もわからなくても、のぞみの悔しい気持ちだけはわかった。


「のぞみちゃん……」


 転学院試験は合格したものの、道場の入門試験は厳しかった。

 一つも受からないものを連続で五つも受け、全て失格という結果に、のぞみは挫折していた。


 きゅるる、とお腹が鳴って、のぞみは困ったように笑った。


「あはは、お腹減っちゃったみたい」


「のぞみちゃんの夕食は残してあるニャー。ガリス君のラザニア、絶品だったニャ」


「そっか、今日の夕食当番はガリス君だったね」


「今持ってくる!ちょっと待っててニャー」


 ミナリは急いで夕食を運んだ。ジビエ料理にラザニアにスープにキンベリーのゼリー。それらを完食したのぞみは、徐々に気力、体力を回復させていく。のぞみは両手を合わせ、満足そうな笑みを浮かべた。


「ごちそうさま。ガリス君のラザニアは相変わらずおいしいね」


「そうだニャー」


 のぞみは深呼吸し、軽いストレッチを始める。


「ミナリちゃん、私、源気(グラムグラカ)の強化訓練をするね」


 ミナリはローテーブルに置かれた正方形の水晶コントローラーを見る。


<33:55:87>


「のぞみちゃん、こんな時間から強化訓練をするのかニャ?もう少し休んだ方がいいニャー?」


「……でも、授業は全員が受けるけど、授業以外で皆がどんな訓練をいつやってるかわからないよね。皆には門派での稽古もあるけど、私にはそれもない。だから、時間のあるときに自分で訓練をして鍛えないと、クラスの皆を追いかけるばっかりで、追いつくことも、追い抜くこともできない」


雷豻門(らいかんもん)』の入門試験では結局、ティータモットの五つの技を受けることができなかった。そのため試験は不合格となってしまったが、全ての挑戦は無駄な経験ではなかったとのぞみは思う。


 入門試験のあと、自らの修行に勤しむヌティオスの代わりに、ティータモットは道場の外門まで送ってくれた。道中、のぞみは頭を垂れ、哀しい表情でティータモットと話をした。


「ティータモット先輩。試験に合格できると思っていた私が甘かったですね」


「たった一度負けただけで情けないことを言うな。全力で戦ったなら、結果はどうあれ貴重な体験だ」


「そうですか……。先輩、やっぱり私、弱いでしょうか」


「全ての強者はいつかの弱者だ。誰もがそこから成長していく。それに、この学院は失敗が許される場所だ。挫折であっても、数多く味わえ」


 ティータモットは仁王立ちになり、弱者であった頃の自分を励ますように、後輩を勇気づけた。


「そうですね。たしかに私は、闘士としてまだまだ経験不足ですね」


 弱々しい笑みを浮かべ、のぞみは階段から降りていく。道場の外門に辿り着くと、ティータモットは大声で呼びかける。


「カンザキさん、他の門派も回ってごらん。同じ武術といっても門派は星の数ほどある。きっと、君に似合う流派があるはずだ。もしどうしても見つからなかったら、これから二ヶ月、基礎強化訓練をしっかり受けて、それからまた、うちの入門試験を受けなさい」


 ティータモットからもらったその助言を、もう一度、反芻する。ティータモットの元を去り、その足でほかの四つの門派の入門試験を受けた。のぞみはそうやって、自分がいかに未熟かを直視した。


「ハイニオス学院の競争は、そんなに激しいのかニャー?」


ミナリは問いかけた。


「うん。どうして皆があんなに必死に自分の強さを示したいのかよくわからないよ。でも、相当な(グラム)を出せないと、教養科目の授業すら受けられなかった」


 のぞみは今になって、鶴見学院長の言葉を思い出す。「想像以上にしんどいじゃろう」と予期されたその言葉が、そのまま今の自分の姿に重なった。

 入学初日、学院に通うだけでもへとへとになった。クラスの皆はさらにレベルを上げていくだろう。厳しい鍛錬を自分に課さなければ、いつか教室に入ることすらできなくなるかもしれない。

 それでも、今さらフミンモントル学院に戻るという道筋はない。のぞみには、唇を噛みしめ前を向いて進むしか、もう道が残されていないのだ。


 のぞみは勉強用の机に置いてくれていたマスタープロテタスを取り、カーペット敷きの床に胡座をかく。


 マスタープロテタスに投影される画面のボタンを指差す。水晶札に、花弁のように美しい紋様が展開され、色彩のグラデーションを織りなしている。軽く源を集めた手指をその表面に近づけると、水晶札の画面は水紋のように波動が広がった。三本の指をその波紋の中心に差し入れ、水晶玉を取り出す。


 その水晶玉はテニスボールほどの大きさで、未知の金属とムルスを融合した、形態記憶金属でできている。(ヨウ)の持つ水竜とはデザインが異なり、椿色の光が反射し、表面には細かな花の紋様が施されている。貴重なアクセサリーのようにも見えるこの球体は、心苗(コディセミット)だけでなく、ウィルターならば誰しもが持っている訓練道具・錬晶球(れんしょうきゅう)だ。


 のぞみは胸元で両手を向き合わせにし、その間に浮いた錬晶球に意識を集中する。全身に椿色の源を纏い、源を錬晶球に集めていく。

 これは、源の集中強化の訓練だ。一年生が源を鍛えるための基礎課題として、この錬晶球を使う。


 ミナリは四つん這いになって、興味津々でのぞみの訓練姿を見ていた。


「ミナリもやりたいニャー」


 のぞみに触発されたミナリは楽しげに微笑みながら、自分のマスタープロテタスを取り出し、錬晶球の鍛錬を始める。ミナリの源はミルキーホワイト色をしており、錬晶球の面には魚の紋様が刻まれていた。


 二人が源の集中訓練を始めて一時間が経つ。


 のぞみは源の強度をさらに上げ、ある形を意識する。意識に従うように、錬晶球は光の玉となり、そして円盤状の楯になる。かと思うと今度は、二本の小さな刀へと変化した。のぞみはその二本の刀を、両手の間に浮かべたままにしておく。


 錬晶球には精製したムルスの欠片が嵌めこまれている。ムルスは所有者の属性によって反応が変わり、操士(ルーラー)の場合は形を自由自在に変えることができる。


 同様に、ミナリは錬晶球を一尾の魚に変化させている。刀と魚は彼女たちの意識に応じ、宙を泳ぐ。これも操士としての基礎訓練の一つで、創ったものを動かす訓練だ。


この訓練はさらに二時間続いた。

時間はすでに深夜の一時を過ぎている。


 魚を錬晶球に戻し、長時間の鍛錬に疲れたミナリはのぞみに問いかける。


「のぞみちゃん、まだ続けるのかニャー?」


「うん。私はまた別の訓練をしようと思う」


宙に泳がせていた二本の刀は、ミナリの知らぬ間に複数の光の玉に変わっていた。のぞみはそれらを一つの塊になるよう凝集する。これで元の、錬晶球へと戻る。のぞみはその錬晶球をマスタープロテタスに戻す。


 そして、胡座をかいたまま、また、さらに源を強める。


 のぞみの身体からは、炎のように烈しい椿色の光が放出される。一気に源を全開させると、ミナリは臨戦態勢に入ったものと思い、耳と尻尾を硬直させ、ピンと上に立てた。


「のぞみちゃん、どうしたのニャ……?ちょっと怖いニャ」


 のぞみはその状態を保ち、身体に源を循環させながら話す。


「ミナリちゃん、大丈夫だよ。これは源の強度を高めるための強化訓練だから。ハイニオスの先生に言われちゃったの。もし、体質的に丈夫でないなら、源気の強化鍛錬に集中してって。少なくともこの状態が保てないと、教室の重力に耐えられないから」


 尻尾と耳の緊張を少しほどき、ミナリはのぞみの言葉の意味を理解したいと思う。


「のぞみちゃん、大変だニャー」


 源気を高いレベルで循環させ続けると、ただ座っているだけなのに、ひどく激しい運動をしているかのように大量の汗が流れ出す。これをなるべく長時間キープする訓練をしていくうち、身体も精神も、強い源を発している状態に慣れていくはずなのだ。慣れてくればまたさらに源の段階を上げていく。


「ミナリちゃん、疲れたよね。先に寝てくれていいからね」


 圧の強い源を発するのぞみに、繊細なミナリはショックを受けた。それは、ミナリがよく知っている優しい源とはまったく違うものだったからだ。せっかくのぞみがそこにいるのに、ミナリはどうしてもリラックスした気持ちになれず、冷や汗をかく。


「えっと、じゃあ、お風呂に入ってくるニャー」


 ミナリはパジャマとバスタオルを持って部屋を飛び出していく。


「あっ、ミナリちゃん!」


 のぞみは右手を伸ばし、呼びかけた。だけど、もうミナリには聞こえないようだった。


 胡座を解き、足を横に流して座ると、のぞみは源気の強化訓練を中断した。


 ミナリが部屋から飛びだしていった理由を、のぞみは理解できた。操士は身体の強化訓練をしない。源を強化し、物を創り出し、そこに注ぐ。それが操士の源の使い方だ。


 乱暴なことが苦手なミナリは、攻撃的な意味を持たざるをえない闘士(ウォーリア)としての、のぞみの源に傷ついてしまったかもしれない。どうすればいいのかわからなかったが、のぞみは申し訳ないような気持ちになった。


 訓練のことを頭から離してみる。のぞみは四つん這いになり、テーブルに置いたマスタープロテタスを取った。ソファーにごろりと横たわり、映像を宙に投影させる。


 そこに、一人の少年が現れる。陽気そうで揺るぎない大きな目、眉間の痣。雄々しくも美しく整った顔の少年が、武術大会で優勝トロフィーを獲った瞬間の映像だ。

 ハイニオス学院への転学を決めたのは、英姿颯爽なこの少年が一つの理由だ。

 映像を見ながら少年にかけるのぞみの声は、少し甘い。


「今日は、あなたのことを少しだけ知った気がします。もし今日私に起こったことが、あなたに起こったことなら、どんなふうに対応するのでしょうか?私がちっともうまくできない訓練は、あなたにとってはきっと、たやすいものばかりなんでしょうね?」


 少年の名は、光野(みつの)遼介(りょうすけ)。のぞみの許嫁だ。現実に会ったことは一度もないが、のぞみの巫女としての天眼は、彼のことを視ることができる。


 子どもの頃から夢の中で何度も出会ってきたこの男の子のことは、両親にもよく話していた。のぞみは彼と強い縁を感じていたが、今や彼は、地球(アース)界では武恒連盟武術大会で三連覇を獲った、武術帝王というにふさわしい存在となっている。


 多くの民から見上げられ、輝かしい彼は、本来であれば遙か遠い存在だ。しかし、のぞみはその男性に幼馴染みのような心の距離の近さを感じていた。


「今日も光野さんに勇気をもらえました。……もう少し、一途に頑張ってみようかな」


のぞみは遼介の映像を切ると、ハイニオス学院の図書館のページを投影する。


「ヒーラー先生には強化訓練をもっとしっかりやりなさいって言われたけど、闘士には色んな修練の方法があるよね……。クラスの皆のレベルに追いつくには、少しきつい修練をした方が良いのかな……。でも、今の私でできるようなものって、あるのかな?」


 図書館のページの中で強化訓練スキルの情報を調べる。そのうちの一つにのぞみは興味を持った。スキルの修練方補のモーション師範映像を宙に映してみる。


金剛纔(コンゴウサイ)』というそのスキルの修練方法を熟読し、映像で動きを確認したのぞみは気を引き締め、訓練を再開しようとソファーから立ちあがる。部屋を後にすると、寮の庭までやってきた。


 満点の星空に、二輪の月が輝いている。クリスタルの粉が、ガラス瓶からこぼれ落ちるような、きらきらと眩いような夜空だ。空島にいるせいか、ダイホラとウスルはより大きく見える。


 星空の下、のぞみは武術の構えをして、武術の構えをして、源気(グラムグラカ)をいつもの倍量、放出し、新しいスキルを実践してみる。


 その夜、のぞみは『金剛纔』の修練を、さらに二時間行った。


つづく

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