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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
ハイニオスに転学 編 上
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24.空席のある夕食 ①

シャビンアスタルト寮の第28ハウスでは、ガリスが夕食を作っていた。ジビエ肉と彩り野菜を皿に盛りつけ、先に作っておいたソースで紋様を描く。ロロタスが、大きなオーブンから六人分のラザニアを取り出した。それをキッチンの荷台に置く。黄金色に焼き色を付けたパフ・ペイストリーに、チーズとトマトミンチの香りが漂う。ミュラはキンベリージュースを注いだ水晶のコップを冷蔵庫に入れて冷やしておく。

 ミナリは食器を食卓に並べると、マスタープロテタスを取り出し、時間を投影する。


『27:67:117』


 ミナリはその時間を見ると尻尾を落とし、目の前にいたイリアスに話しかける。


「もうこんな時間……、のぞみちゃんが遅いニャー」


 いつもなら、特別な用事があっても27時を超えることはない。寮のみんなで約束している食事の時間は28時だというのに、のぞみはまだ寮に戻ってきていなかった。

 フミンモントルでは、ミナリはいつものぞみと共に行動していた。ミュラやイリアスはカレッジが違うのだ。一日中、ミナリはのぞみがいないせいで、ぽっかりと心に穴が空いたような気持ちだった。のぞみに会えない寂しさが、心配にすり替わってもいた。


「学院が違うんだもの、スケジュールだって違うでしょう。闘士(ウォーリア)は身体の強化訓練で、夕方になっても稽古を続けることもあるって聞いたことがあるわよ」


「で、でも、始業式の日からそんな過酷な強化補習があるのかニャ……?」


 心配を表に出しすぎるミナリとは対照的に、イリアスは不安を隠すように腰に手を当て、ふう、と息をついた。


「のぞみちゃんは転入生だもの。一日でも早く、体の強度やペースを同級生に追いつくようにするには、特別な教科訓練があるのかもしれないわよ」


「あんなに体を酷使する学院に通うなんて、のぞみちゃん、大丈夫かニャー」


「耐えるしかないぜ」


 二人が振り返ると、風呂上がりの(ヨウ)がタオルを首にかけ、ソファーの上で胡座をかいていた。ローテーブルには迷路のボードが投影されている。

楊は胸元で、15センチほどの間を空けて掌を向き合わせると、直径6センチの水晶玉を宙に浮かべる。水色の光が星のように輝くその玉から、楊の(グラム)の気配が湧いた。わずか数秒でその玉は、(みずち)の頭がついた水色の光玉へと化ける。

これは源気を集中するための基礎鍛錬方法だった。


 蛟のついた光る水晶玉は、楊の想いどおり、迷路の中を走りはじめる。

 水晶玉は、操士(ルーラー)の源の特徴である多動性と、粘土や溶けるガラスのような可塑性を持っている。


 ミナリはそれを聞いて、泣きそうな顔になる。


「ヨウ君、厳しいニャー」


「ミナリさん、ハイニオスでは、実力と実績が全てなんだろう。そして神崎さんはその道を選んだ。だったら、俺たちはそんな彼女を友人として支えるしかないぜ」


 聖光学園(セントフェラストアカデミー)は、「想い」によって動く場所だ。心苗(コディセミット)ルール条例で明記されていないことがらにおいては、心苗たちが己の心に従って判断していく。そのために、教諭陣をはじめ、先輩や同輩を頼り、助言を請うことはできても、最終的には個人の意志が尊重される。


 自由な環境だからこそ、心苗たちの本性が現れると、セントフェラストでは考えられている。才能のある者は集団の中でも早いうちからその頭角を現し、ウィルターのなるよりも前から有能な人材として、さまざまな組織や人物から注目される。


逆に、問題児と考えられている心苗たちでも、ある運命的な出会いによって急激な成長を遂げることもある。今、この瞬間に才能がない者であっても、それぞれの意志や自由は尊重されるのがセントフェラストという場所だ。だからこそ、どこかの段階で淘汰され、学園を卒業することすらできない者もいる。事情は各々であるが、命を失う者も少なくない。


 自由意志を尊重される代わりに、与えられる評価は、良くも悪くも本人が、自分の実力と努力の報いとして受けなければならない。残酷ではあるが真実を突きつけるこのやりかたが、創立二百年を超える聖光学園で、創立当初から変わらぬ教育方針だ。


 イリアスは胸に手を組み、楊に突っかかる。


「そんなこと、わかってるわよ。でも、闘士って、自分よりレベルの低い操士のことなんて、いないも同然っていう接し方をする奴ばっかりだっていうじゃない。フミンモントルの心苗が凶悪な闘士から暴力を受けたって話もあるくらいでしょ。のぞみちゃんの本質が操士だって知られた日には、イジメだってあるかもしれないじゃない」


 相克の属性に当たる闘士は、操士にとっては天敵といっても過言ではない。

さらに、同じレベルであっても、操士と闘士が打ち合えば、闘士の方が勝つことが多い。過去のバトルデータを分析すればすぐにわかることだ。


「ふん、ハイニオスに行けば厳しい現実が待ってるだろうってことくらい、俺でもわかるぜ。操士には不利だからな。だけど、それをわかっててなお、神崎さんは転学院手続きをしたわけだろ?そんな勇気を持ってるってだけでも素敵なことじゃん。俺は応援するぜ」


 ガリスとロロタスができあがった料理を食卓に置きに来る。ミュラもキッチンから出てきた。


 良い匂いがするせいか、イリアスはそれまでの深刻な表情を崩し、思わず笑みを浮かべる。両手を食卓に置き、上半身を支えるようにして、大皿に載っているラザニアを香りだけで堪能しはじめた。


「あぁ……、おいしそうね……」


「ガリス君の作るラザニアはいつもおいしいものね」


 ミュラがガリスの腕前を称賛し、そして、リビングの方へと呼びかける。


「ヨウ君、夕食の時間ですよ。自主練はあとにしてくださいね」


「わかったぜ!」


 楊は水晶玉を迷路から取り出す。水晶玉は、鏡の中へと入っていくかのように、マスタープロテタスカードと融合していった。マスタープロテタスカードはCPUやエネルギー核のようなものだ。透明な水晶札に、水竜の鱗紋様が現れた。


 ソファを降りた楊は、食卓に広がる料理に目を配る。


「お、今日はラザニアの日か」


「主食となると、ラザニア、キッシュ、ドリアくらいしか作れないからね」


 ガリスは自信なさげに言った。


「俺は食べられりゃ何でも構わねぇよ」


 気弱な表情のガリスに、楊が笑って応じた。


 五人は食卓を囲んで椅子に座る。

 ミュラが祝福の儀を始めようとしたその時、寮のチャイムが鳴った。


「この源の気配は!」


 イリアスが言うよりも早く、ミナリは椅子からぴょんと降り、玄関へ向かって飛ぶように走っていく。


「のぞみちゃんだニャー」


 ミナリは、強い風が吹いて雨雲が吹き飛ばされ、陽光が差しこんだような気持ちになった。


 しかし、ミナリがいなくなった食卓で、楊は眉をひそめた。


「おかしくないか。神崎さんはなぜチャイムを押したんだ?」


 楊に続いて、ガリスが不安げな表情になった。


「たしかに、いつもどおりなら、チャイムなんて押さずに自分で鎖を開けて入りますよね。それに、カンザキさんの他に二人の気配があります」


 イリアスが何も言えずに黙っていると、ミュラがそっと席を立ち、玄関へと続く廊下を歩いて行った。


「ぎゃああ!!のぞみちゃん!何が起こったニャー?!」

 

 扉を開けたミナリは、目の前の光景を信じることができなかった。

 のぞみが水晶ガラスに乗せられ、寮のセンターホールのメイドのアルバイト二人によって運びこまれている。制服は汚れ、まだ生々しい、挫傷や打撲による痣が、のぞみの柔らかな肌に刻まれている。呼吸はあるようだが、目は閉じ、苦しげな表情をしている。


 ミディアムショートの髪の毛に、薔薇のついたガラス製のカチューシャを付けた女の子が、ミナリに言った。


「寮の敷地内で倒れていました。体力、気力、ともに使い尽くしたみたいです」


「ど、どどどどどうして寮のヒーラーの先生に診せないのニャー!?」


 うろたえるミナリを相手に、長い髪の毛を巻きあげ、重たいおまんじゅうのようにまとめているもう一人のバイトが、困ったように言う。


「今の時間、ヒーラーの先生は休診です。それに、彼女の容体からして、集中治療システムや精密検査などの処置は不要と思われます。しばらく寝かせていれば体力が戻るのではないでしょうか」


 のぞみの様子を痛ましく思いながらも、ミュラは頷き、落ち着いて応える。


「ご多忙の中、わざわざハウスまで運んでいただきありがとうございました。後のケアは私たちに任せてください」


 そう言うと、今度は誰も立っていないところを向き、「トートヌス、お願いします」と名前を呼んだ。すると、ミュラの体から源の光が湧き出し、人の形が造られる。ミナリが瞬きをするうちに、ミュラの目の前に背の高い女性が現れた。その女性は、長いくちばしを持つ鳥の頭蓋骨を被っている。


 トートヌスは、バイトの二人からのぞみを預かると、お姫様抱っこでリビングへと運ぶ。


「それでは、後はお願いしますね」


「カンザキさんの一刻も早い回復を祈ります。それでは、汝、常に源気の加護を」


 二人のメイドは軽く会釈すると、踵を返し、前庭のゲートの方へと去っていった。


 扉を閉じる前、ミナリは肩を並べて歩く二人のメイドが、愚痴っぽく話しあう声を聞いた。


「酷いもんですね、闘士(ウォーリア)に打たれたんでしょうか?」


「その可能性もあるわね。意に沿わないとすぐに手が出るって言うもの」


「恐ろしい連中ですね……。あんなことができるような凶暴な者とは付きあいたくありませんね」


「ミナリちゃん」


 先にリビングへと歩きはじめていたミュラの呼び声が聞こえた。


「行きますニャー」


 ミナリは扉を閉じてリビングの方へと戻っていった。


 リビングでは、トートヌスがのぞみをソファーに寝かせていた。両手の指を組み、結印のように指を組んでできた穴から、のぞみを視る。トートヌスは、のぞみを傷つける原因となったできごとなどの情報を得る。そして、トートヌスとミュラは、脳意識で繋がり、情報共有する。


 ミュラはトートヌスを通じて、『雷豻門(らいかんもん)』の入門試験で先輩と打ち合い、なすすべもなく敗れるのぞみを視た。その後ものぞみは、ほかの門派の入門試験をいくつも受けていた。トラップを仕掛けられたダンジョンを歩く姿、50メートル級の石山を打ち破ろうとする姿、三つ頭の鷲・獅子・蛇などの特徴を持つ奇妙な生物と戦う姿など、どれ一つとっても、胸の痛くなるような場面ばかりが、のぞみのハイニオスでの時間を占めていた。

 ボロボロになるまで戦いつづけたのぞみを見て、ミュラは軽く息を吐き、強張っていた頬の筋肉を和らげる。



つづく


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