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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
ハイニオスに転学 編 上
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23.入門試験 ②

 すぐさまステージに上がったのぞみは、制服のままで実技試験であるバトルを受けることになった。


「先輩、実技試験のバトルでは、剣術は使えますか?」


 ステージ外で観戦しているヌティオスを見ながら、のぞみはティータモットに声をかけた。


「残念だが『雷豻門』の入門試験では、剣術をはじめ、奇術、章紋術などを使うことは禁止している」


「えっ?剣術を使ってはいけないんですか……?」


「君はルールも知らないで我が門派の入門試験を受ける積もりだったのか?大した自信だね」


「あ、いえ、その、知らなかっただけです……」


「そうか、ヌティオスは説明してやらなかったのか?」


 厳しい視線を受け、ヌティオスは右上の手で頭を触りながら素直に謝る。


「すみません。カンザキ、俺のミスだ」


 両腕を組みながら、ティータモットが声に厳しさを滲ませて続けた。


「……ったく、仕方がない、私が説明してやろう。『雷豻門』の試験ルールはシンプルだ。拳法・格闘技であれば流派や門派を問わず自由に技を使ってよい。合格条件は試験官の繰り出す五つの技を受け身で耐えること。または、攻撃技で試験官にダメージを与えること」


 ティータモットは一度そこで息をつくと、ヌティオスを一瞥した。


「ルールを知らせなかったのはヌティオスの失態だ。今回の試験では特別に、私のメガネを外すだけでも合格を認めよう」


 獅子は兎を狩るときにも全力を尽くす。一見、簡単そうに見える条件を与えて相手を油断させようとするのは、ティータモットの常套手段だった。

 

 拳法・格闘技しか使えないというルールは、のぞみにとって危ういものだった。

 受け身と攻撃、どちらかで先輩に渡りあうことができれば合格。

 シンプルなルールではあるが、受け身ならまだしも、ティータモットのメガネを外すなど、もってのほかではないか。のぞみは不敵な笑みをたたえているティータモットの顔を見て、一切の手加減も考えていないことを知る。

 それでものぞみは、自分を試したかった。

 覚悟を決め、試合がいつ始まってもいいように構える。


「ご説明ありがとうございます。よろしくお願いします」


 のぞみは適度に源気(グラムグラカ)を出し、リズムと呼吸を整える。ティータモットは真正面から攻めを開始した。二連続のパンチが繰り出され、のぞみはその両方をなんとか躱す。しかし、三発目の技がのぞみにヒットした。本命の技と考えていた三発目の拳には、(グラム)が纏われていたのだ。


 それでもなんとかステップで衝撃を受け流し、のぞみは崩れた構えを整える。一瞬で熱くなった息を吐き出しながら、ティータモットの様子に注意する。


 幸い、追撃はこなかった。が、彼女の全身から噴き出すように湧く気勢は、内臓に汗をかくような、嫌な恐怖をのぞみに感じさせる。大型の猫のように、体は少しも動かさず、目だけで獲物を貫くようだ。


「どうした?今のは『雷豻硬搔(らいかんこうかく)』という技だが、まだ決め手を打っていない。この程度でもう飛ばされているようなら、君は全霊の源を使わなければ、この試験は命に関わるかもしれないぞ」


 試験を受ければ入れるという甘い考えを、のぞみは瞬時に打ち砕かれた。のぞみは、初めから全力の源で挑まなかった自分にも甘さを感じた。慎重に臨んだはずだったが、メガネだけでもいいというティータモットの言葉に、やはり惑わされていたのだ。


のぞみは全身から椿色の光を強く纏う。艶々と、髪の毛が揺れた。


「受けて立ちます!」


 ティータモットのメガネの裏には、のぞみの身体情報が映し出されている。のぞみが源を強めるのに従い、数値が上がっていく。


(5280 GhP C1)


「ほう。君は全力を出せばレベルC4に至るのか。良いぞ、その調子でかかってきなさい」


 源気の強さは強度と量を数値化して評価することができる。基本的にS、A、B、C、D、E、F、Gの八段階で評価され、それぞれがさらに1、2、3、4の4つの階級に分かれている。命の反応がある者は全て、源気を持っているが、聖光学園(セントフェラストアカデミー)の合格レベルとしては、E級の源気がなければ受からない。


 ティータモット先輩の挑発をそのまま受けるのは危険だとわかっていたが、攻めない時間が長引くほど、気勢に気圧されてしまいそうだった。


 せっかく拳法基礎演習の授業でヌティオスとともに練習したのだ。のぞみはティータモットが常時与えてくるプレッシャーに耐え、叫び声を上げる。床を蹴り、速やかに進むと、拳や足を何度も打ち出した。


「ハァアア~~~!!」


 連続攻撃で攻めるのぞみだが、ティータモットの防御には無駄がなく、何度攻撃を繰り出しても止められてしまう。


力を入れすぎたのぞみは気が抜けたように体のバランスを崩した。その時、攻撃を躱したティータモットが速やかにのぞみの背後へと回り、振り向きざまに全身の源を強め、のぞみを背中から打ち飛ばした。


「くっわぁあ!!」


 一瞬の動きを読めず、のぞみは床に打ち伏す。


 かなり離れたところまで飛ばされたのぞみを見下ろしながら、ティータモットは鼻から心持ち滑り落ちたメガネを押しあげる。


「私の気勢に怯えず、素直に攻めてくるのは良い。だが、手足の動きも源の応用も未熟すぎる。その体で『雷豻門(らいかんもん)』に入ったところで、潰れるのは目に見えている」


 体をくの字に折り、床に膝をついているのぞみは、荒い息を吐いた。酸欠のように頭はくらくらして、ティータモットの言葉も入ってこない。経験したことのない痛みはなかなか治まらず、門派の入門試験のハードさを痛感していた。


 一方的に圧されることしかできなかったのぞみは、冷徹な先輩に目を向けるが、その焦点は合っていない。

 一部始終を見ていたヌティオスは、緊張で額に冷や汗が出てきていた。


(先輩、厳しすぎるんじゃないか……?)


 ティータモットは片手でメガネを押さえながら続ける。


「なぜ入門試験で拳法・格闘技を指定するか教えてあげよう。我が『雷豻八極門(らいかんはっきょくもん)』では、体ごと相手にぶつけるような技が多い。極至近距離での衝撃に耐えるためには、強靱な体を持つことが要求される。相当なレベルに達していなければ、稽古をするだけで常に搬送されてしまうだろう。毎日のように医療センターに緊急搬送されるようでは稽古にならん。はっきり言って、同門の兄妹弟子たちの修行にも迷惑だ」

 

 ティータモットが話している間、気癒術(きゆじゅつ)で傷を治癒していたのぞみは、よろけながらも起きあがる。


「くっ。そ、そうですか……」


「……その体で続ける気?」


 背を伸ばし、立ち上がると、のぞみは構えを整える。


「……はい。お願いします。攻撃はあと三つ。耐えられれば合格ですよね?」


 大見得を切ったのぞみだが、自分にそんな強さがあるとは思えなかった。だが、入門試験に合格するかどうかは、もはや問題ではなかった。


 紹介してくれたヌティオスのおかげでここに来ることができ、試験のために時間を割いてくれた先輩のおかげで、自分を試すことができる。どこまで立ち向かうことができるかはわからないが、このまま退くのはそんな二人に申し訳ない。諦めたくない、とのぞみは思った。

 

挑みつづけようとするのぞみの表情を、ティータモットは快く感じた。意味深な笑みを浮かべると、応えて言う。


「ふふ、いいだろう。その根性、買ったぞ。存分に受けよ、次は『吼門頂肘突(くもんちょうちゅうつき)』だ」


 ティータモットは足を素早く動かし、フェイクを交えることでのぞみを混乱させる。のぞみがまだ万全な構えをできないうちに足元まで踏みこむと、腰を落とすように沈み、至近距離から肘を打ち出す。源の光が放たれ、受け身を取った姿勢のまま、のぞみは打ち飛ばされる。


「うわっああ!!!」


 ダメージを受けたのぞみは痛みを丸ごと吐き出すように叫んだ。視界が回り、止まったかと思うと、オレンジに染まった空に、二つの月が浮かんでいるのが見えた。


・        ・         ・

 

 夕焼けの空に紺色の幕が降り、青と赤、二輪の月が暮れなずむ空を照らしている。山際や建物の白い壁に、夢幻のような紫銀色の光が染みこんでいくようだ。

『雷豻門』の道場にもライトが付き、入門試験の熱気もすでに冷め切っている。

 のぞみを帰したあと、ティータモットは休憩室でお茶を淹れ、息抜きがてら、門派の会計処理を進めていた。


 そのとき、ヌティオスが自分の修行メニューを終え、入り口から休憩室へと入ってきた。上の二本の腕を使い、凝った肩や首を叩く。と同時に、別の手を使ってグラスにジュースを注いだ。椅子に腰かけ、グラスの中身を飲み干す。


「ヌティオス君、あの子は良い素質を持っているな」


 ティータモットは会計処理の手を止め、ヌティオスの方に体を向ける。


「先輩、でもカンザキは不合格だろ?」


「条件を達成できない以上、不合格には違いない。だが、噂によると本質は操士(ルーラー)だが、わざわざハイニオスに転入してきたそうだな。理由はわからないが、私は彼女には硬い芯があることを知ったよ。予想以上だ」


 先ほどの一戦で、ティータモットはのぞみがヴィタータイプの心苗(コディセミット)だと気付いていた。そのことがわからないヌティオスは、ティータモットの評価の基準が理解できず、戸惑っている。


「そんなに評価が良いのに、先輩は何故、合格を認めてくれなかったんだ?」


 ティータモットは軽く溜め息をつくと、自分の考えを聞かせた。


「彼女に言ったとおり、身体素質が足りないことも事実だ。だが、彼女の素質は、我が門派で修行するのは勿体ないんじゃないかと思ってな。もっと、良い場所がある。私の勘がそう言っているのさ」


 もしものぞみが『雷豻門』の弟子になったなら、きっとその純粋で真面目な性格で、門派の技を丁寧に学び取るだろう。その姿は容易に想像できた。だが、彼女のような素質の持ち主は、そもそも『雷豻門』の技を発揮することに向いていない。さらに、()()()()()という彼女の持ち味を奪うことにもなるだろう。

 門派の師弟関係を抜きにしても、ティータモットはのぞみとの付き合いを続けたいと思った。それが、お互いにとって最大の利をもたらすだろうと考えていた。


 ティータモットの言葉を聞いて、ヌティオスはさらに困惑した。


「素質?でも、カンザキは弱いぞ」


 ヒントをもらっても解けない難問のように、ヌティオスの頭上には疑問符が浮かび、くるくると回っている。


「弱さは表面の問題だよ、ヌティオス。私が言っているのは、心の素質のことだ。たしかに彼女が闘士(ウォーリア)として有段者になるまではほど遠い。だけど、ウィルターの心苗として彼女を見ると、間違いなく逸材だ」


 ティータモットは、未来が見えているかのように遠くを見つめながら話を続ける。


「彼女はおそらく、二年生の第三学期のうちに、このセントフェラストで有名人になるだろう。いや、もしや、もっと早い段階かもしれないな」


「心の素質ってなんだ?」


 ティータモットはヌティオスの質問には答えず、意味ありげな微笑を洩らした。


「ヌティオス、君の修行の評価は師範代から聞いている。頑張ってるみたいだけど、気を抜くと、近い将来、彼女に抜かされるかもしれないね」


「それは困った。心血を注いで精進します」


 ヌティオスは、肝心なところをはぐらかされたような気持ちだったが、のぞみが期待をかけられていることは伝わった。それは、仲間として誇らしいことだった。


「カンザキさんには時々、こちらへ遊びにおいでと伝えてくれ」


「なんでだ?あんな目に遭って、カンザキはもう二度と来たがらないかもしれないぞ」


「合格の条件に関しては、師匠が決めたことだ。試験にも耐えられないような器なら門派への入門は諦めてもらうしかない。だけど、常に拳で交流することは、闘士にとって必要なことだよ」


 ティータモットは穏やかに続ける。


「上達への近道は、ライバルからの強い刺激だ。彼女がほかの門派で成長してくれたら、我が門派の弟子たちも良い練習相手になるだろう。ライバルであり友。師弟のような型にはまった関係よりも、かえって面白いかもしれないよ」


「なるほど」


「良い友だちを作るのは大事だよ、君にとってもね」


「そのつもりです」

 

 友人としてのぞみのことをもっと知りたい。ヌティオスは先輩からの助言を聞いて、そう思った。


つづく


今週の更新連載アップロードしました。

ここまで読んでくれてありがどうございます。少し気に入ったなら、ブーマ、感想、評価がいただければ幸いです。

来週は、日常の癒される回です。よろしくお願いいたします。

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