22.入門試験 ①
午後の四時間目、門派の稽古時間となった。
のぞみはヌティオスの後ろについて、『雷豻門』の道場へとやってきた。
山を荒削りしただけのその道場は、正面に入り口があるだけで、残る三面は絶壁に囲まれている。入り口の左右には獅子の石像が建っており、中に入るとヌティオスはすぐに階段を登る。登った先には広場があり、凹の字型に組み合った三つの建物に囲まれている。後ろにはそれらの建物の二倍はあろうかという高さの九重の塔が左右対称に控えている。城塞ならぬ山塞とでもいうべきこの道場の裏には、山肌に沿って滝が流れ、水の落下する音が絶え間なく耳に聞こえていた。ハイニオス学院の長い歴史の中で、名のある門派の多くは、ここ、『雷豻門』のように大きな道場を所有していた。
広場では男女八名の心苗が拳法の型をやっている。背の高いヌティオスが広場の脇の回廊を通過すると、一人の男性が型をやめ、手を上げた。
「おっ!ヌティオスではないか?」
その声を聞いて、ほかの心苗たちも手を止め、目線を向けた。ヌティオスは楽しげに応える。
「おお~!お前ら、もう来てたのか?」
それに答えるよりも先にのぞみに気付いた男性が目を丸くした。
「ほう、可愛い女の子を連れてくるなんて、珍しいことだな?」
「ルーク、こいつは俺のクラスメイト、カンザキだ。『雷豻門』の入門試験を受けるつもりだから、よろしくな」
「ほほ、楽しみなことではないか?」
「お前ら、手が止まってるぞ、稽古をサボるなよ」
活を入れる女性の声を聞くと、その場にいた全員が、鳥肌が立ったように体を震わせた。強いプレッシャーをかけてくることで有名なその女性に、ルークは答えて言う。
「すまんな、ティータモット先輩。ではお前ら、続きをやろうか」
先輩からの圧力を避けるため、集まっていた者たちはみな頷き、拳法の型の準備動作に入る。
「よ~し、はじめ!!」
ティータモットはヌティオスとのぞみの前までやってくると、単刀直入に問いかけた。
「ヌティオスからメッセージで聞いてる。入門試験を受けたいっていうのは君だね?」
コーヒー色をしたショートボブの髪型と、フレームの細いメガネが特徴的なその先輩は、獲物をロックオンするときの猛獣のような目でのぞみを見つめている。
「神崎のぞみです」
「そうか、私は君の入門試験を担当するエレンナ・ティータモットだ。こちらに来なさい」
口を挟む間もなくティータモットは踵を返し、道場の裏にある本堂へと向かって歩いていく。のぞみはヌティオスとともに、彼女の後について本堂へと入り、廊下に沿って歩む。廊下にはいくつもの入り口があり、その先にはステージが広がっているのが見えた。練習用の木人形が置いてあるステージや、心苗たちが刀術や槍術でバトルさながらの練習をしているステージなど、のぞみは多種多様なステージが垣間見えるたびに、高揚感を覚える。
ティータモットは淀みない足さばきで一つの入り口をくぐる。そこには正方形のステージがあり、二つの架け橋からでしか入ることができない。そのステージには今、男が二人、女が一人いて、多人数のフリーバトルが行われている。ステージの周りには小粋な料亭のように水が流れており、魚がさやさやと泳いでいた。
男二人は手足の撃ち合いをしており、激しい攻防戦が繰り広げられている。そこに割りこむように女性が技を打ちこみ、三人での戦いはより烈しさを増している。
一人の男が打ち飛ばされると、女がもう一人の男に向かって次々に技を繰り出す。飛ばされた男も休むことなく、また二人の戦闘の隙をつくように攻めていった。
「あの先輩たちは何をしているんですか?」
「ああ、あれは三人での組手練習だ」
「三人での組手練習?」
「お互いの合意のもとに戦う試合と違って、任務や戦場では複数の勢力と戦うことももちろんある。彼らはそのための訓練をしている」
「たしかに、三人ともが敵同士のようですね」
「今日まで共に戦った友であっても、明日は敵に転じることがある。そういう心づもりでいなければ、戦場では戦えない」
「……先輩たちは、強いですね」
のぞみは戦争理論についてよくわからず、あまり深く考えたこともなかった。今も、ただ単純に先輩たちの戦う姿に憧れているだけだ。背の低い女性であっても、男性二人と対等に戦い、堂々としているところを見ているだけで、勇気が湧き出してくるようだった。
「おーい、そろそろ場所を空けてくれないか?」
ティータモットが声をかけると、三人はピタリと戦闘を止める。中でもヤンチャな見てくれの男が声をあげた。
「なんだ、ティータか。せっかく燃えてきたところなのによ、そう水を差すなよ」
「悪いがバトルの続きはこの子の入門試験が終わってからにしてくれないか?ステージの予約も取ってある」
二十代後半くらいに見える白人男性は、顎のヒゲを触りながらのぞみを見た。
「ん~?この心苗は、今朝のバトルで我がカレッジの後輩のハンマーを受け止めたっていう噂の子か?バトルへの介入は褒められたもんじゃないが、力と胆力があるなら、我が門派は歓迎だぜ」
カイムオスと同じ第六カレッジに属するのであろう先輩の話を聞き、のぞみは顔を真っ赤に染めた。返す言葉が見つからず、苦笑いをすることしかできない。
「我が門派に受け入れられるかどうかは、試験で決める。さ、さっさと空けてくれないか」
「仕方ないな。俺たちは別のステージでやろうぜ。ニーミも来るよな?」
紅一点、長い髪の毛を一つの太い三つ編みにして背に流しているその女子心苗は、ちらりとのぞみを見てニッコリした。
「そうだね、この子の入門試験も気になるけど、今はバトルの続きがしたいね」
「ならば、行こうぜ!」
三人は一つの橋を渡ってステージを降り、廊下を歩く。戦闘意欲が勝ったものの、自分たちの門派に入ってくるかもしれない後輩のことも気になっていた。
「ねえ、あの子、合格するかな?」
「無理だな」
ヤンチャな男は決めつけるように首を振った。
「何故だ?」
顎ヒゲの男が問う。
「見ただろ?あの顔。今から入門試験を受けるってのに、闘気の欠片もなかったぜ。ああいう女は向いてない。それによ、試験の担当がティータだろ?あいつ、自分よりスタイルが良くて可愛い女なんて、手加減なしで潰すだろ」
ヒゲの男は軽く頷いた。
「たしかに彼女は胸の大きな女性が嫌いだからな。残念だけど、俺はあの子、タイプだったかもな……」
二人の話を、ニーミは呆れた顔で話を切りあげる。
「はっ、あんたたちに聞いた私がバカだったわ」
三人の声は廊下の先まで続いていたが、次第に小さくなって、聞こえなくなった。
つづく