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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
日常鍛錬に隠す殺意篇 下
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198.不協和音

 明くる朝、シェアハウス28番のリビングに、(ヨウ)、ガリス、イリアスがいた。食堂へ行くため、ハウスメイト全員が揃うのを待っている。


 人待ち顔のイリアスは、暇つぶしのために錬晶球の鍛錬をしている。錬晶球は直径20センチほどの透明の球体に変形し、イリアスの両手の間で宙に浮いている。球はスノードームみたいに、中に米粒ほどの、小さなトゲのある結晶が舞っている。待ち時間が長くなってきており、楊がイリアスに話しかけた。


「なぁイリアス、昨日って神崎さんがいつ戻ってきたか知ってるか?」


「ううん、ミュラが、深夜に戻ってきたって言ってたけど」


「深夜に帰ってくるなんて珍しくないか?」


疑るような楊の言葉に、ガリスが平然と応じる。


「用事があって担任教諭の家を訪れるって伝言があったじゃないですか」


「用事で深夜までかかるのか?」


「こんな状況ですから、色んな悩みを抱いていて、教諭に相談したいとしてもおかしくはないでしょう?」


「だけど、深夜に帰るのも危険だろ?」


 イリアスが集中を解くと、操っていた空間内のモノ全てがエネルギー体に戻り、錬晶球も元に戻った。イリアスがそれをマスタープロテタスに入れると、透明の水晶札に紋様が現れた。


「ヨウ君は心配しすぎでしょ。のぞみちゃんのお父さんじゃないんだから。女の子の行方をイチイチ気にする男って、陰気でズーズーしいわよ」


「けっ、陰気で悪かったな。だけど、神崎さんは力を封じられてる。そんなの、戦闘不能って言ってるようなもんだろ?イリアスだって友人として心配じゃないのかよ」


「もちろん心配よ?でも、ヨウ君の心配は不純じゃない」


「不純?!どういう意味だよ」


 イリアスが悪戯っぽい笑いを浮かべて楊を見る。


「はっきり言わなくたってわかるでしょ?自分の胸に聞いてみれば?」


 言い合う二人を引き離すように、ガリスが割って入る。


「まぁまぁ。今はどこへ行くときにも身辺警護の『尖兵(スカウト)』が付いてますから、僕たちよりずっと安全ですよ」


「ガリス、お前そう簡単に信じられるか?」


「……今は、カンザキさんの身の安全について、彼らを信じることしかできません」


 ハウスメイトの中では、身辺警護班のメンバー内に裏切り者がいるという憶測が有力になっていた。


 階段を降りてくる足音が聞こえた。エルヴィとルーチェも後から付いてくる。


「皆さん、おはようございます」


「のぞみちゃん、おはよう!」


 リビングにたむろする三人を見て、のぞみが不思議そうに首を傾げている。


「あれ?準備のできた人から先に食堂に行ってると思ってました」


「ヨウ君が予約を忘れてしまいまして。現場で席が空くのを待つしかないんです」


「ああ、それなら全員揃ってから向こうで待つしかないですね」


「悪い、俺のミスだ」


 お腹が空いているのに待つしかないせいか、イリアスは機嫌が悪い。楊のミスをあげつらうように文句を垂れた。


「ったく、食事当番ならちゃんと予約しといてよね」


「だから、謝っただろ」


「ヨウ君の態度は反省してないでしょ?」


「お腹が空いてイライラするのはわかりますけど、二人とも朝から喧嘩なんてやめてくださいよ」


 ガリスは呆れ顔で二人をたしなめた。


「ま、二人が喧嘩するのはいつものことですけど」


「あとはミナリちゃんとミュラさんですね」


 妙な空気を払うように、楊がのぞみに声をかけた。


「そんなことよりさ、神崎さん、事件の進展はあるのか?」


 のぞみは小さく首を振った。


「何も進んでません。ただ、これまでに二度、私を襲ってきた人たちと、ホプキンス寮長先生の予言は、関係のない二つの事件です」


 ガリスが楊を見る。


「ヨウ君の仮説が当たりましたね」


 楊はガリスを一瞥してからのぞみに聞いた。


「誰かから恨みを買ったとか、心当たりはないのか?」


「おそらく、一緒に実技科目を受けている同級生です。証拠はありませんが」


「ではなぜ、その同級生だと?」


 エルヴィが代わりに応える。


「私からお答えしましょう。ホプキンス寮長先生の予言の期日の推算は、中間テストの期間です。そのため、試験中に手を打つと考えられます」


「のぞみちゃん、実技テストの項目はもう発表されたの?」


「はい。項目は三つ。『対人バトル』『魔獣討伐』『身体能力フィットネステスト』です」


 エルヴィはのぞみに肯定するように頷き、さらに詳しいテスト内容を説明する。


「『魔獣討伐』は6人1組で、共同のステージを使ってテストを受けます。誰が同じチームかは当日まで公開されません。機元端(ピュラルム)がリストからランダムにピックアップするので、必ずしもカンザキさんたちの命を狙っている人と同じチームになるとは限りません」


 残るは何かと考え、ガリスがすぐに反応する。


「ということは、『身体能力フィットネステスト』しかありませんね」


「そうですね。『身体能力フィットネステスト』は、長距離のアクションスキル施設を含むマラソンイベントです。全長10ハル以上のコース内には、市街地もあればダンジョンもあります」


「……そいつはマズいな」


 楊は誰よりも速く深刻な表情になったが、イリアスにはまだその意味が掴めていない。


「何がマズいのよ?」


「そのテストが狙い目だって分かっても、警護を導入することができない」


「どうしてよ?」


「二年生の中間テストに他学年の心苗(コディセミット)が入れば不正と見なされる。だから、先輩たちが介入すれば神崎さんの成績評価は無効化されるだろ」


「できたとしても拠点警護のみで、私たちがテストを邪魔しないことが原則になります。しかし、テストのコースはあまりにも長く、そのどこで手を打たれるか、いくら予測しても死角が残り、完全な警護の保証は不可能です」


「警護の増員はできないんですか?」


「できませんね。今、神崎さんの警護に当たっている者は、王族・貴族・名人子女を警護するのと同スケールの、最大限のものになっていますから、これ以上の人員投入は認められないでしょう。任務の危険度や保安リスク判定がさらに上がれば、『尖兵』ではなく『源将尖兵(マージスター)』に変更する可能性はありますが、その裁決権は私たちにはありません」


 のぞみの置かれた状況を思うと、イリアスは許せない気持ちになった。


「どうしてそれくらいの融通利かせられないのよ?」


 イリアスが幼稚に騒ぐ様子に、ルーチェが苛立った。


「ルールで決まってることだから、私たちにはどうにもできない。昨晩もあの後、カンザキさんの身辺で起こる二つの事件について特別に臨時会議が開かれてる。私たちだって最大限努力はしてるの。それでもまだ心配なら、君が自分で守ってみれば?」


 叱られたイリアスは、さらにイライラを募らせ、わがままが通らなかった子どものような泣き顔を見せる。


「そんなの……そんなの私だって、できることならのぞみちゃんを守ってあげたいわよ!だけど、その日は私たちだって中間テストだし、項目も場所も違うから、やってあげたくてもできないのよ!」


 楊もガリスも、イリアスの気持ちは痛いほど分かった。

 リビングは朝からハウスメイトと警護人との対立でギスギスした空気になってしまった。


「イリアスや皆の気持ちも分かりますが、今まで警護班の先輩たちは毎日、どこへ行くときも私を守ってくれています。その言い方は先輩たちに失礼ですよ」


 柔らかい口調ではあったが、ハウスメイトと先輩たちの対立を止めたいという意思が伝わる。


「のぞみちゃん」


 のぞみの気持ちが伝わり、イリアスも気を静める。


「……分かった」


 ソファーに座っている楊も溜め息をついて俯く。そして、まだ少し不満があるのか、『尖兵』たちから顔を背け、床をじっと見つめだした。


「アクアライント先輩、アミールカレ先輩、申し訳ありません。ハウスメイトが無礼を働きました」


 素直に謝れないイリアスたちの代わりに、のぞみが頭を下げる。

 ビリビリと裂けるような空気を払うように、エルヴィが笑って手をひらひらとさせた。


「いえ、私たちは気にしていません。親友のために怒る気持ちは理解できますし、アミールカレさんが最近少し、張りつめているところもあります」


 事件に全く進展がなく、ルーチェを含め、警護班メンバーのなかに緊張感や疲労感が広がっているのも事実だ。エルヴィはルーチェの肩を揉んでやり、リラックスを促す。


「アミールカレさんも、後輩たちにもう少し優しく接してあげてください」


 不必要な抗弁をしても任務の支障になるだけだと思い、ルーチェは無愛想に応えた。


「好きにしたらいいよ。あなたたちにも自己主張する権利はあるから」


「……ところで、ホプキンス寮長先生の予言が本当なら、犯人はいつかきっと、牙を剥いてきます」


 ガリスは不安そうにのぞみを見た。


「その時、神崎さんはどうやって相手に対応するつもりですか?」


 昨晩、義毅(よしき)に活を入れなおされたのぞみは、覚悟を決めたようにガリスに向き合った。


「分かりません。でも、誰が何を仕掛けてきても、私はもう逃げません」


「のぞみちゃん」


ようやく準備ができたらしいミュラがリビングに入ってきた。


「そのことなら私に任せてください。のぞみちゃんは、のぞみちゃんのままで良いんですよ」


「ミュラさん」


 今朝の庭掃除当番だったミナリも階段を降りてきた。


「皆、お待たせだニャー」


「っしゃ、やっと全員揃ったぜ」


 六人が揃い、警護の二人とともに前庭の転送ゲートまで歩く。そして、寮の中央棟、転送ゲートホールまで各人が転送された。


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