196.再燃する芯 ①
のぞみがゲームに集中しはじめると、リビングはまた静かになった。
「他に気になることはないか?せっかく家まで来たんだ。聞きたいことがあれば遠慮なく言ってくれ」
闘士同士の対人戦への苦手意識や闘競を受けるか受けないか、弱虫と言われたことなど、のぞみには悩みがたくさんあった。だけど、それらはティムや姚からのアドバイスで十分だと思っている。残る不安因子はただ一つ……。
「先生……。もしもこれから三週間の間に、私と森島さんを含めた5人の命が失われるとしたら、どう思いますか?」
義毅はすぐ側で見張りをしているエルヴィとルーチェを一瞥した。
「ハハ、そんな話もあったな。とりあえず今は全日、10人の交代制でお前の身辺警護をしてるが、それでも不安か?」
「……私たち5人が死ぬことは変わらないと、ホプキンス寮長先生に言われました」
「そうかぁ~。昔からあの寮長の予言は大体当たるからなぁ」
そう言われると、のぞみはさらに恐怖感が高まり、ぞっと鳥肌が立って、顔も蒼白になった。
義毅はのぞみに、危機が迫ったときの対応能力や胆力を試している。
「もし俺が神崎なら、予言の時間が来るまで待たず、先に手を出すぜ。相手の実体も素性もあぶり出して、敵を討つ」
「……先生のように力があれば、私もそうしたいですが……」
のぞみは背が縮んだように小さく見える。
「相手の正体に心当たりはないのか?」
義毅の問いに、のぞみは言っていいものか、躊躇いながら答える。
「わかりません……。でも、私の勘では、実技授業を一緒に受けている心苗かもしれないと思っていて……」
「お前が人を疑いたくないのは分かるぜ。でも、感じたまま、素直に言ってみろ」
「多分、うちのクラスの人です……。でも、証拠はないので、はっきりとは言えません」
「そうか」
義毅にも相手の心当たりはあった。だが、トラブルの核心に介入するつもりはなく、のぞみが自分自身で解決するべきと考えていた。
のぞみは目を逸らして膝を抱く。自分の内側にある恐ろしい感情を慰めるように、自分の手で肩を撫でた。
そんな様子ののぞみに、義毅は薄笑いを浮かべて焚きつける。
「ビビって何も動けないか?そうやって頭を抱えて隠れて、時間切れまで待ってるだけで事件が解決すると思うか?」
「ヒントや情報が増えるたびに怖くなって……どうすれば良いのかわからないんです」
「お前は勘が鋭いし、頭の回転も速い。相手の強さを理解しているからこそ、恐怖も感じるんだろう。だが、いくら怖くても、敵と向き合えないようならおしまいだぜ。俺の授業で怪人の男に対峙したときのことを思い出せ。お前は自分の全てを賭けてあれと争った。あの時の勇気と根性はどこに行っちまったんだ?」
「あの時は、先生が特別に用意した課題と勘違いしていて、時間切れまで何とか凌げさえすればチャレンジクリアになるものと思っていたんです。リングアウトした後もまだ追撃を受けて……信じられない思いでした」
「あれは、今、お前に起こってる事件と何ら変わりないもんだろ?神崎、自分に迫ってくるトラブルは、自力でケジメを付けなきゃならない。いつも何かに守られている状況を望んではいけない。戦況の変化っていうのは速いもんなんだ、だから、自分で切り拓くしかないんだ」
そんなことは分かっている、とのぞみは思う。だが、具体的なすべが思いつかないのだ。のぞみは眉をひそめ、義毅に問うた。
「では先生なら、もしも相手が自分よりも力が強く、情報戦にも長けた者であったなら、どうやって勝利を勝ち取るんですか?」
「余計な策を考えないことだな。賢しくあろうとしても状況が変わらないときは、自分の強みを最大限に引き出して、まっすぐに打ち合うしかない」
「そんな愚直なやり方で強敵に勝てるんでしょうか?」
義毅は自信に満ちた顔で、のぞみを見た。
「ハハ、勝てるさ。勝てるに決まってるだろ。お前がいたから、ルビスちゃんの課題は全員生存のうえでクリアが可能だったんだ。お前の強みをすべて十分に発揮させれば、クラスの誰であっても相手じゃねえ。彼女の肝を潰してこい」
「私の強みですか……」
義毅の言葉を聞いて、凍結した芯がもう一度燃えだしたように、のぞみの表情が変わった。そして沈黙し、思考にふけった。
義毅も黙って、のぞみの持ってきた手作りのおつまみを食べ、さらにビールを飲む。
「神崎、お前の手料理、酒に合いすぎだ。美味いぜ」
のぞみはまだ考えたままの顔で、ビールを飲む義毅をじっと見た。
「……先生、美味しい料理に下剤を入れるのはどうでしょう?」
義毅は顔を反対側に反らし、ビールを吹き出した。
「バ、バカ。人が食べてる時に何てこと言うんだ」
「冗談ですよ、先生、冗談」
仕返しのような悪戯っぽい笑みを浮かべてのぞみが言った。
のぞみの様子を見て、義毅も良い気分になっていた。
「ふ、一本取られたぜ」
義毅のところへ相談に来て、のぞみは腹が決まった。未来からやってきた刺客のことも、自分を含む5人の命が失われるという事件も、本気でケリをつける。そう、心に決めた。
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