195.のぞみと遼介
義毅はのぞみのことを調べるついでに、転学院の面談に出席した教諭たち全員に、そのことについても訊ねていた。そして今日、目の前で本人が認めるのを聞いて、悪戯心がむくむくと湧きあがってくる。
「へぇ?相手の男は何て名前なんだ?」
まさか異性の先生を相手に恋バナが展開するとは思わず、のぞみは恥ずかしさのあまり声を失う。そんなのぞみを見て、義毅は大声で笑った。
「言えないのか?誰かを恋しいというのは恥ずかしいことじゃないぜ。とくにお前は、その男のためにフミンモントルでの安息まで捨ててハイニオスに来たんだろ?一体どんな良い男がお前の心を奪ったのか、俺に教えてくれよ」
「……彼の名は光野遼介と言います」
「ホォ、あのイキがったガキか。お前は年上の男が好きかと思っていたが、まさか年下の坊やとは意外だな」
のぞみは義毅の返答に目を大きく開いて迫った。
「先生は彼のことを知っていますか?」
「当然だ。死んだ相棒の子どもだからな、もちろん知っているぜ。各種門派の師範や最強と謳われた武術家たちを相手に、わずか10歳で地球界の武恒武術大会優勝者になったガキだろ?今は14歳になり、3連覇を冠している。若き王者だ」
「先生は彼と会ったことはありますか?」
義毅は明るい声で応える。
「いや、向こうは俺を知らない。俺は三度目の大会に出場した時の試合を見たぜ」
「そうですか……。先生もあの大会の試合を見ましたか……」
「奴を好きなのは、親の意思か?」
「え?どうしてそれを……?」
のぞみは驚きのあまり、手で口を塞ぐ。
「お前たち、許嫁なんだろ?天衣ちゃんと椿ちゃんは心苗時代からすげぇ仲良しだったからな」
まさか義毅が自分の母親と仲間だったことに、のぞみはショックを受けた。
「先生は私の母と知り合いなんですか?!」
「あぁ、そうだ。お前、その彼と会ったことあんのか?」
のぞみは頭を垂れ、そのままゆっくりと横に振った。
「……ありません。私は子どもの頃から外出を禁じられていましたから。中学も女子校の寮に住んでいましたし……。彼は彼で、光野家の厳しい修行がありますから、なかなか話せるチャンスはなくて。ずっと『天眼』で彼を見守ってきました」
のぞみはだんだんと自信がなくなってきて、最後の方は声が小さくなった。最近は『天眼』で何も見えなくなってしまい、遼介の近況は全く分からず、話しながら不安でいっぱいになってしまったのだ。最近ののぞみが気力的に明らかに弱くなってしまったのも、精神を支えるものがなくなったことが一つの原因だろう。
「ハハ、お前みたいな優等生でもストーカーするんだな」
「先生、それはさすがに酷い言い方です。小さい頃、友だちを作ることすら許されなかった私にとって、彼は特別な存在です。私は両親の意思に関係なく、本気で光野さんのことが好きです!」
「ほーう?お前、奴がどんな女がタイプか知ってるのか?」
「知りません」
「なんだ、『天眼』で見たときにあいつがエロ本を読んでる最中だったことはないのか?」
「彼がそんなものを読むのは見たことがありません」
「まあ、あの石頭ジジイの教えなら、禁じられてる可能性もあるな」
のぞみの話を聞いていて、義毅は二人の関係には色々と手間がかかりそうだと溜め息をついた。そして、世間知らずの箱入り娘に刺激を与えてからかってやりたい気持ちになってしまう。
「うーん、それじゃ、許嫁とは言っても厳しいなぁ」
「え?どうしてですか?」
これまで遼介との関係を疑問にも不安にも思ったことのないのぞみは、義毅に言われて初めて心に陰りが差した。
「『天眼』は別として、お前らには共有した時間ってのがないわけだろ?許嫁でも幼なじみでもいいが、小さい頃から一緒に遊んだり喧嘩したり、二人の思い出があれば、他の女と争う時の切り札になる」
義毅の示唆に富んだ言葉に、のぞみは少しずつ自信を失っていき、肩を落としている。
「そんな思い出の一つもないのに、いきなり親の決めた相手と結婚しろって言われて、若いうちから数々のタイトルを獲ってきている男が素直に応じると思うか?今の時代、地球界でもアトランス界でも、そんな純朴な少年少女がいるかなぁ?と先生は思うんだが」
「それは……」
「お前がやってるのは、有名な俳優に憧れてるファンと一緒だ。そんな程度の立場で、本当に光野遼介との関係を成就できると思ってるのか?」
義毅の理屈は客観的な正論だ。それを分かっているのぞみは、「むー」と口を尖らせ、拗ねるように目線を逸らすことしかできない。
「お前は初見で奴を一目惚れさせる自信でもあるのか?」
「そんなこと、実際に会ってみないとわかりません」
義毅はそう言ったが、のぞみの容姿は優れているし、料理スキルなどの女子力も文句なしでトップ級。普通に考えればすぐに男を悩殺できるほどの魅力がある。それに、義毅にだって、のぞみはいずれ光野遼介と出会い、付き合うのだろうと分かっている。3年後から来た『尖兵』たちの会話を聞いて、義毅の中では推測から確信に変わっていた。
だが、他人や身の回りの人に頼りすぎる依存体質を治させるためには、のぞみ自身の心を強くせねばなるまいと、義毅はわざとのぞみに辛く当たった。
「いいか、神崎。恋ってのはな、陸上競技みたいなもんなんだ。前を走ってる奴は、後ろから追いつこうとしてくる奴を決して振り返らない。肩を並べて走る奴と、自分の前を走ってる奴しか見えないんだ」
「それは理解できますが……」
「14歳の今、奴の実力はすでに三年生の中上レベルだ。セントフェラストに入ってくる頃にはもっと強くなっている」
「私は、そんな彼のサポーターになりたいんです」
「憧れるだけで良いのか?遠い距離のある関係じゃ、お前のことなんてすぐに見えなくなるぜ」
義毅はとんとんと、軽い指の動きでタバコの灰を灰皿に落とした。
「お前は性格が良い。容姿も女子たちが憧れるほどだ。だが、ウィルターの中にはお前よりも有能で容姿の良い女なんて山ほどいる。今のお前のままで、そんな女たちに勝てると思うか?」
のぞみはもう、義毅の言葉を聞くのが辛くなっていた。だが、現実はその通りだ。
遼介の側にいたいとどれだけ思っても、ただのサポーターなど使用人の擬人人形と変わらない。のぞみはもうどうして良いか分からなくなってしまった。
「光野さんのことを好きな気持ちは誰にも負けません!でも、じゃあ私は、どうすればいいんですか?」
義毅を味方に引き入れるように、のぞみはアドバイスを求めた。
「大丈夫だ神崎。お前ならできるぜ。自分の「可能性」を切り拓け。奴と同じように、輝く存在になれ。そうすれば、肩を並べられるだろう」
のぞみは義毅の言葉に強く頷く。
「先生、私、光野さんを悩殺させるくらい、強い女になってみせます」
激励の言葉を聞いて、のぞみは気力がみなぎったように目に輝きを取り戻した。義毅は大好物を食べているときのような笑顔になって、爽快に言った。
「ずいぶんな大口を叩くようになったじゃねぇか、気に入ったぜ!」
のぞみはゲームを再開させた。キャラは垂直の絶壁を激走して登り、崖から跳びあがると、奇襲攻撃でモンスターの群れを討伐していく。
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