194.罰の真意
そして、のぞみはようやく勇気を絞り、義毅に向き合う。
「あの、先生。今後の実技授業ですが、自主修業を申し込みたいと思っていて……」
義毅ものぞみと目を合わせる。
「そうか。俺も今日、ヘルミナちゃんとお前のことを話しあったぜ」
のぞみは、まさか自分のために義毅の授業が自習になったとは思わず驚いた。
「えっ?私のためにヘルミナ先生とお会いしていたんですか……?」
「ヘルミナちゃんと話すために自習にしたってわけじゃねぇ。今の時期は強化訓練にシフトする者も多い。目標がはっきり定まった連中はすでに動き出しているだろ?そんな時期だから、自習にして必要な稽古を付ける方が大事だ。それより神崎、お前は自分の可能性を広げるためにハイニオスに入ったんだろ?」
義毅からの直球の質問に、のぞみは思わず目を逸らす。転学院してから何度もぶち当たったその課題に、のぞみはいつも前向きに挑んできた。だが、今ののぞみには皮肉に聞こえてしまう。
「はい……」
「なぜその思いを貫かないんだ?」
「色んなことが起こって、今は前を向いて進むことができない気がしています……。私、留年も覚悟しています。私はまだ闘士として、皆のレベルには及んでいません。だから、遠回りする方がいいかなと思っています」
眉をハの字にしたのぞみの顔を見て、義毅は楽観的な口調で言った。
「バカだな、諦めるのはまだ早いぜ。俺がどんな目的でわざわざお前の力を封じたか、まさか気付いていないのか?」
「分かりません……」
「お前は無意識に操士のスキルに頼りすぎる。それを上手く制御できないと、新しい技の習得の邪魔になる。闘士の戦い方に慣れるまで、もう少し我慢しろ」
教えてもらって初めて、のぞみは自分の受けている罰の裏にある、義毅の真意を知った。
「……そのために、わざと操士のスキルを封じたんですか?私、むしろ先生は、操士のスキルに専念しろって言ってるのかと思いました……」
「違うぜ。闘士も操士も関係ない。属性にも何にも一切縛られず、身につけたもの全てを自分の最適の形態に整えろ。いいか、神崎。決められた評価も観念の枠も破れ。お前だけのやり方で戦えばいいんだ」
「私だけのやり方……ですか?」
ゲームのステージでは、モンスターを倒したまま、キャラが棒立ちしている。
「ハハ、良いじゃないか。お前の個性や戦闘観念なら、ハヴィーは相応しい師範になる」
ティフニーの実力評価を、学院の教諭たちはA級と下方修正したが、本当はS級の源使いだ。実績にも名声にも欲がなく、徹底的なまでに利他的考えを持っているティフニーの本当の実力は、義毅でさえ見たことがない。
もしものぞみが実技項目を自主修業にシフトし、ティフニーの弟子になれば、彼女は師範であると同時に、最強のボディーガードにもなってくれるだろう。実技授業を取らず空白の時間ができると、それは刺客の狙うタイミングにもなってしまう。
義毅はのぞみの留年を認めない。転学院後に新しくできたハイニオスでのコミュニティーが、きっとのぞみを引っ張ってくれるだろうと考えていた。
「ただし、一つ条件がある。実技授業の模擬テストには参加すること。ハヴィーに教わったことを、そのテストで試してくれ」
少し考えてから、のぞみは頷く。
「学んだ技を実際の対人戦で使えるように、モノにしていくためですか。……分かりました」
のぞみが考えている間に義毅はまたビールを一口飲んだ。
「ところで先生は、『神源諭心流』を知っていますか?」
のぞみは長い時間をかけて『神源諭心流』について調べていたが、キャンパス内に門派の道場は見つからず、一切の情報も手に入らなかった。ハイニオスのOBである義毅なら何か知っているかもしれないと期待を滲ませる。
「一応知っているが?」
「……私なりには調べたんですが、どこにもその門派の道場は見つけられませんでした」
義毅はタバコを吸って、ふーっと煙を吹き出す。
「ハヴィーに弟子入りするんだろ?お前が調べるべきなのはそっちじゃない、『獣王門』のことだ」
「そうですが……でも、どうしても気になるんです。どうしてハイニオスには何もないんですか?」
「それは今のお前が考えることじゃない」
「そうですか」
どうやら義毅はそれ以上、言うつもりがないらしい。のぞみはゆっくりと目線を逸らした。ぼうっとしているのぞみを、義毅は眺める。それは、誰かに夢中になっているせいで、頭から離れない時の眼差しだ。
「……神崎、お前、好きな男のためにハイニオスに来たって噂は本当か?」
義毅の質問に、のぞみの頬がさっと赤くなる。
「はい……」
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