192.豊臣邸でのゲーム夜会 ①
「これは豊臣先生の気配です」
飛行艇は芝生の裏庭に着陸すると、地面が変形し、エスカレーターに載せられて車庫へと運ばれていく。
車庫とリビングの右側にある廊下は繋がっている。汐はソファーから立ち上がり、義毅を迎えに行った。こんな時間に先生の家を訪問していることに、のぞみは急に緊張感を覚えながらも、汐の後を付いていく。
廊下の突き当たりにある車庫の扉が開いた。
「ただいま、おっ、汐か?」
「おかえりなさい、トヨトヨパパ」
「アニスがまたダチでも連れてきてるのか?」
「いえ、アニスお姉ちゃんとハヤトお兄ちゃんはまだ帰ってきてません」
義毅は汐との会話を終えると、その後ろに緊張した面持ちで立つのぞみに笑いかけた。
「おぅ。こりゃ珍客だな?」
「豊臣先生、事前に連絡もせず急にお邪魔してしまってすみません」
「ハハ、気にすんなよ。さっき姚ちゃんから知らせがあったぜ」
「そうでしたか。あの、つまらないものですが……」
のぞみはポケット納屋に仕舞っていた手土産を取り出す。ビールの他に、ランチボックスに入れた手作りのおつまみを持ってきていた。
「おお、これは最高だな!汐、皿に載せてきてくれ」
「はい、任せてください」と、汐はのぞみから手土産を受け取る。
「そう言えば、神崎、お前は元操士だろ?」
「そうですが、どうしてですか?」
「やりたいゲームがあるんだ。お前が来たなら都合が良いぜ」
「ゲームですか?……」
家でまでゲームをしているのかと、のぞみの声は少し呆れている。
「汐も一緒にやろうぜ。クラウドも呼んできてくれ」
「分かりました」
「よーし!今日こそあのレベルをクリアするぞ!」
大事な相談をするためにも、まずは義毅を喜ばせよう。のぞみはそう思う一方で、また変な罰ゲームを受けさせられるのではないかと、表情が硬く、青ざめていくのを感じていた。
(なんか、嫌な予感…)
そう思っている間にもリビングへ戻ってきた。汐に呼ばれたクラウドも降りてくる。さっきまで三人で囲んでいたローテーブルを変形させ、雀卓のような大きな台が展開した。台の側面には最大16個まで、水晶札を挿入できるプラグが付いている。
「先生、これって、テーブル式ルレコンシミュレーター機元セットじゃないですか?!」
のぞみの大きなリアクションに対し、「そうですよ」とクラウドは当たり前のように答えた。
操士にとって、『意のコントロール』で物を動かす力は初歩的なスキルだ。そのスキルを身につけるため、初期の操士は補助設備を使うのが一般的である。
セントフェラストでも一年生の操士は、大型の施設で物を動かす授業を受けるが、テーブル式ルレコンシミュレーター機元セットは、その簡易版といえばいいだろう。娯楽性が重視され、他の属性の源使いでも容易く扱えるが、精度は大型の設備とも変わらない。ソフト展開も多彩で、義毅の言うようにゲーム機みたいなものと考えることもできるが、操士にとってはスキル練習の装置だ。
意外な装置の登場に、のぞみは目を丸くしている。
「先生がやりたいゲームっていうのは、これのことですか?」
「ああ、そうだぜ」
自分で罰を与えておきながらそれを忘れたのではないかと、のぞみは義毅の胸中を疑った。
「あの、私はルールを犯して、まだ物作りのスキルは禁じられているはずですが?」
「そうだな。でも、それ以外ならいいだろ?戦術の勉強とか、戦闘のイメトレくらいは許されるはずだぜ」
のぞみは頷きつつも、戸惑った様子だ。
「それはそうですけど……」
「だからクラウドも呼んだんだ。ま、固いこと言わずにまずは座ってくれ。玉苗と呼ばれるほどの心苗だ、お前の『意のコントロール』のレベルなら、きっと上手く動かせるだろ?」
のぞみが腰をかけて義毅に問いかける。
「……どうすれば良いんですか?」
「キャラクターを二人作って、四人で遊ぶんだ」
「普通は創り手の数と同じだけキャラクターを作りますよね?」
「ああ、今日は俺とクラウドがキャラを作って、お前と汐がモーションをコントロールするんだ」
物作りのスキルというレッドゾーンにはギリギリ踏みこまないことを確認できると、のぞみは安心した。
「なるほど、そんな遊び方は考えたことがなかったです」
汐が来るのを待っている間に、義毅はルーチェとエルヴィにも声をかける。
「そうだ、お前らも一緒にやらないか?キャラをもう一体作ってさ」
義毅の誘いを、ルーチェが即決で断った。
「自分は任務中ですので、予定外のイベントには加われません」
同じく任務中のエルヴィは、硬い笑みを見せている。
「私はルレコンが苦手なので、見ているだけでお願いします」
「そうか、それは残念だな」
数分後、汐がトレイを運んできた。ジョッキの中で揺れるビール、グラスに注がれたキンベリージュースやグライムソーダ、そして、のぞみの作ったおつまみとチップスが載っている。
汐はローテーブルにトレイを置くと、そのままカーペットにぺたんと座りこんだ。
義毅はビールを煽り、グビリと大きく喉を鳴らすと、気分爽快というように息を大きく吐いた。
「よし!やるか!」
義毅の合図を聞いて、のぞみと汐は、自分の額の左右に、2センチほどの六角形をした黒いセンサーシートを貼りつける。義毅とクラウドは、自分の水晶札をプラグに差しこみ、台の上にある黒い球体を手に取り、握った。
義毅がテーマソフトを決定する。台の上に、ステージが投影された。これまでに保存されている記録データが読みこまれ、キャラ選択や制作モードがあり、ステージに5センチほどの小さな人物が現れる。義毅は他の細かい設定もしている。
ゲームが始まるのを待っている間に、のぞみは汐に耳打ちする。
「汐ちゃんはいつもこんなふうに、豊臣先生のルレコン遊びに付き合ってるんですか?」
「はい、この家で操士は私だけですし。これで少しでもトヨトヨパパに恩返しできるならと思って、手が空いている時はよくお付き合いしています」
ホスト親に対してそこまでの深い絆があることに、のぞみは感心する。そして、義毅にはまだ知らない一面があるのだと考えさせられた。
「それにしても豊臣先生は本当にゲームが好きですね。授業でもいつもそればかりですよ」
「機関の任務もよく受けているトヨトヨパパにとっては、心苗とのゲームの時間はストレス解消になるんです」
「お前ら、こそこそ喋ってないで。ゲームが始まったぜ」
「はい!」
のぞみと汐が顔を戻すと、何もなかったはずの台に、複雑なダンジョン地形が生成されており、中には多数のモンスターが出現していた。義毅とクラウドが源で作った3センチ大の小さなキャラクターもステージに立っている。