191.夜会と癒やしの歌声
「天使さん、素敵な歌声ですね。いつから学んだんですか?」
「幼少期から歌声には恵まれていて。歌い方は、天使様に教えていただいたんです」
どうやら楊と同じパターンで、幼少期から聖霊と接触し、守られているらしい。聖霊との関係が深く、強く築かれている。それでも、複数の聖霊に守られている人間というものは、極めて稀な存在だ。
「天使様?西洋の文化の、あの天使のことですか?」
「はい、地球界に現れ、名を知られている天使様です。アトランス界にもいらっしゃいます。エロイムと呼ばれる有翼ミーラティス人の一族が、長年修業を受け、死後に聖霊に生まれかわるのですが、その一つの種です」
解説を聞いて、のぞみは汐の身の回りにいる天使のようなものが気になった。
「かつて通っていたカレッジでも天使と契約している人がいましたが、こんな数の天使が近寄る方を見るのは初めてですよ」
「自分でもよく分からないんですが、母が亡くなってから、たくさんの天使に護られています」
「ネフィリム人の血を引く人は天使との契約の相性が良いと書物にありましたが、でもこんなに多数の天使、聖霊が憑いているのは珍しいことです」
車のアクセルを踏みっぱなしにするように、のぞみは頭の中にある知識を言葉にした。
「でも、恭子ママの身体検査の結果から、私はネフィリム人ではなくて、エロイム人の血筋と分かっているんです」
「ということは、天使さんはミーラティス人のハーフ……?」
「そうみたいです。でも私は地球界の生まれですし……。出生については謎だらけなんですよ……」
よく見てみても、汐にはエロイム人の特徴である背の大きな翼はなく、耳も人類の形をしている。本来であれば優勢な遺伝子を持つミーラティス人の形質が耳の鋭さに出てもおかしくないのだが、汐の外見はどう見ても人間だ。極めて珍しい事例かもしれない。
のぞみはそこまで話を聞いてから、ハッとした。
教諭の家に寄宿する心苗のほとんどは、親が行方不明の孤児や、特別なケアが必要な者である。初対面だというのに生い立ちのことまで聞くのは失礼なことだったと、のぞみは気付いた。
「あの、深入りするつもりはなかったんです。変なことを聞いてしまってごめんなさい」
「いえ、お姉ちゃんなら平気です」
「え?どういう意味ですか?」
驚いてばかりののぞみに、汐がまた柔らかく笑った。
「お姉ちゃんは思いと言動が一致する人です。そして、人を傷つけるようなことを打算的に考える人ではないですから」
神霊系操士の一部には、生まれつき秘めた力を持つ者がいる。のぞみもそういう人間だ。のぞみは汐の持つ力に気付き、驚かされつつも、自分に似た特色を持つ者との出会いに嬉しくなった。
「なるほど、天使さんには人の心の声が聞こえるんですね?」
「人だけではなく、全ての命、動物たちの心声も聞こえます」
「えっ、凄いですね」
女子同士の会話にどう入っていいものかともじもじしていたクラウドが、ついに声を出した。
「いえ、凄いのは神崎さんと思います」
のぞみはクラウドの方を振り向き、首をかしげる。
「えっ?私が?」
「す、凄いというか、珍しい人というか……。うしおの力を知っても、こんなに落ち着いている人、初めてですよ……。たいていは絶滅危惧種か何かのようにむやみに珍重したり、逆に魔物のように敬遠したりしますから」
「それは私にも『天眼』という力があるからかもしれません。数千光年離れた世界の特定のものを、何の障害もなく見ることができますから。それに、悪魔のように扱われる嫌な気持ちも、わかります……」
「お姉ちゃんにも優れた感知スキルがあるんですね」
天賦の才に恵まれた二人の美女を前に、自分は天から一物すらももらえなかったのではないかと、クラウドはしょんぼりした。
「生まれながらに凄いスキルがあって、羨ましいです……。不幸や不運があっても、才能を授かった人なら、自分の努力次第でいつか乗り越えられるんでしょうね……」
「元気を出してください。クラウド兄ちゃんだって、宝具に認められた持ち主じゃないでしょうか。そのフラガラッハを受けられるなんて、只者ではないですよ?」
のぞみは先ほどクラウドが武器棚に置いた剣を見て、ギョッとしたような顔になった。
「え、それ、太古歴史書籍に記録されている、フラガラッハの本物なんですか?」
「そうです」
「先賢の作った宝具に認められるなんて、凄いことじゃないですか」
美女たちに持ち上げられても、クラウドは首を垂れてため息をつく。
「いや、僕はたしかに宝具の持ち主ですけど、この学園に来てからは全く発動しませんから。バトル中に翳したって普通の法具と変わらないので、いつも伊達宝具とか宝の持ち腐れって言われてます。教諭たちにも最下位のトゥームクラスが妥当だと思われているんでしょうね……」
「兄ちゃん。恭子ママもトヨトモパパも、人の戯言は聞き流せって言うじゃないですか。自分にとって無意味な話を何度も気にしていると、心が弱くなりますよ」
「だけど……何もこんなに酷い評価をしなくたって……」
「きっと、アイラメディスの先生たちもよく考えての判断でしょう?評価は見えるものだけではありません」
クラウドを励ます言葉だったが、汐は暗に、のぞみにも言えることだと思っていた。
「さ、気を取り直してもう一曲、聞いてくださいな」
汐の歌が数曲続き、その後でのぞみは夕食も一緒に食べた。クラウドが自室へ戻っても、汐はのぞみと過ごしてくれた。話の花が咲き、時間を忘れるほどだった。
そして、気付けば34時を過ぎていた。
「お話し途中に失礼します」
アスカムが、二人に近づいて告げる。
「神崎さん、そろそろ警護メンバーの交代の時間ですが、まだ豊臣邸に留まりますか?」
「えっ?もうこんな時間!豊臣先生とまだ何も相談できてないのに……」
のぞみはどうすべきか長考し、汐に訊ねる。
「汐ちゃん、先生はまだ戻って来ないでしょうか?」
今日が初対面だというのに、二人は長時間にわたる女子トークで一気に打ち解けていた。
「今朝までに外泊するとは聞いていないので、遅くても戻ると思います。のぞみお姉ちゃん、まだ待ち続けますか?帰りたいなら伝言は伝えますよ?」
このまま帰っても、クラスで義毅と話せるチャンスがあるとは限らない。これも先生からの試練かもしれないと、のぞみは強く首を振る。
「いえ、待ちます。先生に会えるまでは帰れません」
のぞみはアスカムに向かって言う。
「アスカム先輩、私はこのまま先生を待ち続けたいです。勝手にスケジュールを伸ばして申し訳ありません……」
「とんでもない。あなたの事情からすれば、はっきりさせておいた方がいいこともあるだろう。すでにアクアライントさんたちとは連絡を取ってある。彼女たちがここに着いてもまだ神崎さんがここにいるようなら、私たちは外でメンバー交代するだけだ」
「ありがとうございます。今日もお疲れ様でした」
「ああ、それでは、また。この後もどうぞお気をつけて」
アスカムともう一人は外へ出た。そして数分後、代わりにエルヴィとルーチェが警護のために入ってきた。
ちょうどその時、飛行艇が近づいてくる音が聞こえた。のぞみはその源気の感覚には覚えがあった。
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