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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
日常鍛錬に隠す殺意篇 下
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189.豊臣邸での出会い ①

 夕暮れ時、日差しが地平線に沈んでいくと、やや太めの三日月が二輪と、水晶砂を散らしたような満点の星空に入れ替わる。浮遊船は道標に沿って遠いところからやってきて、クラティクボックの駅に止まった。船の扉が開くと、アスカムが降船する。続いてのぞみ、そして後衛の男の先輩が、石像のある駅のホームに降り立った。


 三人は駅から出ると、閑静な住宅街に足を踏み入れる。10メートルの幅広な道の中央には花壇があり、その道の果てには、つい目を奪われる高級別荘のような一軒家が両側に並んでいた。

 一戸ごとの設計はどれも個性的で美しく、それぞれに広い庭がある。この住宅街に住んでいるのはほとんどが聖光学園(セントフェラストアカデミー)の教諭たちで、また、教諭の子女や、ホームステイを申請した一部の特殊な心苗(コディセミット)たちもいる。


 数十分をかけて散策しているうちに、(ヨウ)に教えてもらった3986番の外門を見つけ、のぞみは足を止めた。白を基調とした三階建ての屋敷を仰ぐ。屋根にはドラゴンの鱗のような朱色の瓦が並び、その下には屋根裏の窓が覗いている。一階の正面の窓からは、可愛い盆栽が植わっているのが見えた。


「ここが、豊臣先生の家……」


 何の約束や連絡もせずに他人の家を訪問するのは、のぞみには抵抗がある。実際に目の前まで来ると、余計に緊張感があり、このまま帰った方がいいのではとぐずぐずした。だが、これで諦めてしまったら、次はいつ義毅(よしき)と話ができるかわからない。


 のぞみは深呼吸をしてから、呼び鈴に手を伸ばした。しかし、それを押すよりも先に、ゲートの鍵がひとりでに開いた。


 家の中の人は、すでにのぞみの気配に気付いているのだろう。だが、初めて訪れた人間を、誰なのか、どんな目的なのかも確認せずに「中にどうぞ」と入れてしまうことを、のぞみは不思議に思った。


 のぞみが門の中へ入ると、見張りの先輩二人も付いてくる。


 のぞみは、ゆるやかに勾配のある庭の道を8メートルほど進み、階段を上って玄関まで辿り着く。扉を開けてくれたのは一人の小柄な少女で、のぞみは目線を合わせると先に声をかけた。


「あの、急に来てしまってすみません、私は……」


「あなた、トヨトヨパパの生徒の神崎のぞみさんですね?」


 目を細め、人懐っこい笑顔を浮かべていた少女は、気の落ち着かないのぞみの言葉が終わるよりも前に声を発した。


 お人形のように小さい顔に水色の丸い瞳と、命の息吹が宿っているような銀髪の、可愛らしい女の子だ。髪の毛はどんな環境色にでも馴染む。少女の周りには野球ボールほどの小さな光が浮かび、辺りは優しげな雰囲気に包まれている。


「あれ、私、初めてお会いしましたよね……?」


「はい。でも、お姉ちゃんがフミンモントルに通っている時からお噂は聞いています。私はフミンモントル学院の二年生、天使(あまつか)(うしお)。ここに寄宿しています」


 その名前にはのぞみも心当たりがあった。


「あ!私も知っています。ヴァローニアスカレッジ所属の方ですね。たしか、出身は地球(アース)界ですが、弱冠12歳でセントフェラストの入学試験をパスし、先生たちの鑑定結果はA級。天使からもご寵愛を受けているという……」


 のぞみが(うしお)の周囲に浮かぶ光をよく見ると、それは人のような形をしていて、背中から鳥のように羽を広げて羽ばたいている。一人ひとりが見た目も衣装も異なっており、そのことにのぞみは驚いた。複数の聖霊を一人で操ることは、そう簡単なことではないからだ。


 神霊(ドルソート)系操士(ルーラー)にとっての源気(グラムグラカ)は、契約する聖霊を具現化させるための、存在維持の糧となる。そのため、複数の聖霊を同時に具現化するためには相当の源気を持っていなければならないし、そのうえで、それぞれの聖霊から認められなければならない。


 まだ若い汐がそれをやってのけていることに、のぞみは感服していた。

 汐はにこにこと笑っている。


「お姉ちゃん、中に入ってから話しましょう」


「私は……」


「お姉ちゃん、トヨトヨパパに相談があるんでしょう?もしもお姉ちゃんが来たらお家に入れてあげなさいって言われてたの」


 自分の行動が義毅に読まれていたことに、のぞみはまた驚かされる。


「そうでしたか……。先生は今、いらっしゃらないんですか?」


「トヨトヨパパはいつ戻ってくるか分からないから、帰ってくるまで待つしかないです」


「それでは、お邪魔します」


「先輩方もどうぞ中に入ってください」


 汐の歓待に、アスカムは硬い表情で応じる。


「いえ、任務中ではありますが、私たちは外でお待ちします」


「でも、お姉ちゃんを守るのがお仕事でしょう?トヨトヨパパは深夜まで戻らないかもしれないし、ずっと外で待ってもらうのも申し訳ありません」


 まるで屋敷の令嬢のように来客を接待する汐の言動は、ただの寄宿生には思えない。さらに、心を癒やす可愛らしい小動物のような彼女の雰囲気は、ここのところ、のぞみの見張りで緊張感を高めている二人の胸をズキュンと撃ち抜く。二人は冷静な面持ちをぱっと赤面させ、「……それなら、失礼します」と言った。


 汐の案内に従い、のぞみたちは長い廊下を通ってダイニングルームを過ぎ、吹き抜けの間にやってきた。左側には二階に向かう階段、右側にはフェンスと低い垣があり、その先へ行くと下りの階段がある。階段を下りた先の20畳以上ある広いリビングで、汐が振り返った。


「ソファーにお掛けください。お姉ちゃん、何が飲みたいですか?」


「お茶でも何でも構いませんよ」


「先輩たちは?」


「何でも構いません」と、二人も頷き合った。


「分かりました。自由にくつろいでいてください」


 生活感があり、私物も多数置かれているファミリー用のリビングで、落ち着けと言われて落ち着けるものではない。のぞみは長いソファーにそっと腰かけた。見張りの先輩たちは、自分たちの本分を忘れることなく、リビングの入り口に寄って立っている。


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