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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
ハイニオスに転学 編 上
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18.拳法稽古 ①

基礎拳法演習の授業は大型広場で行われる。120センチの立方体が組み合ったステージのある、陸上競技場のように広いその広場には今、A組、C組、E組を表す、赤、黄、緑の武操服を着た心苗(コディセミット)たちが集まっていた。


 めいめいストレッチをする心苗たちの中でも、女子闘士(ウォーリア)たちが体を曲げ伸ばしする姿はどこか艶やかだ。モデルのように繊細な筋肉を蓄え、体幹の整った美女闘士も多く、そうでない者はボディービルダーのように太い筋肉を鍛えあげている。

 

 男子闘士用の武操服は女子のものとは違って、道着の上に鎧を着想する構造になっている。脚にはくるぶしあたりまであるスパッツを着て、帯の先端と鎧に刻まれたギミックな紋様は、クラスカラーに染められている。

ライやコミルのように強靱そうに見えない心苗もいるが、男子用の武操服は、女子の者よりもさらに、筋肉を強調し、雄々しく見えるデザインになっていた。力、根性、魂の熱さが凝縮されたような武操服姿の男子たちも、揃ってストレッチを行っている。


 パン、と乾いた拍手が一度だけ鳴り、その空震が心苗たち全員の注意を奪う。


「よ~し、集合!!!」


 大型広場に響く男性教諭の大声が、心苗たちの耳の円窓を強く叩く。速やかに集まった者から、整然と列を成していく。


「俺は基礎拳法演習を担当する拳法指導師範の、ロム・タロドスだ。よろしく!」


 身長220センチ以上、筋骨隆々のロム師範が話すたび、その声の大きさに地面が震える。ロム師範は上半身裸で赤い肌を露出しており、道着パンツだけを着ている。頭には一本の毛もなく、上半身の逞しい筋肉がそのまま頭のてっぺんまで続いているような印象だ。


「俺の授業は三つのパートに分かれている。拳法の型の練習、組手形式の練習、最後にダミーを相手取った戦闘対応の訓練を行う。今日は初めの授業だから、拳法の型と組手の練習だ」


 説明中、一部の心苗たちがヒソヒソ話をしているのに気づいたロム師範は、さっと片手を挙げ、上空に光弾を撃ち出す。手から飛び出た二発の弾は同じ弾道を通り、私語を発していた集団の上空で盛大な花火のように爆発した。


「二度目は外さんぞ!ったく、もう二年だというのに、躾の足りないクズが混ざっているようだな」


 ロム師範はぎろりとその集団に睨みを利かせる。


「先に言っておく。俺は武道に対し、無礼な態度を取る者には容赦しない。性根から叩き直してやるからな。よく覚えておけ!」


 有無を言わさぬ制裁に、集まった心苗全員が唖然としている。身じろぎ一つできないような緊張があたりを包んでいた。

 ロム師範は厳しい視線を全体に滑らせる。ほかに私語がないことを確認すると、授業に戻った。


「さて、早速、拳法の型の練習だ。まずは格闘技に自信のある者、前方へ」


 心苗たちの中には遠慮がちに様子を窺っている者もいるが、拳法に自信があり、精神的にも安定した者たちはすぐに動きはじめる。列の順番が変わり、全体として男子が前方に偏った。拳法はからっきしののぞみは、A組の後方に移動し、おとなしくしている。


「それぞれのクラスの前方には助手を一人ずつ配置した。お前らの一つ上の先輩たちだ。お前らは先輩たちの動きに従い、手足を動かせ。もちろん、型の練習中も(グラム)を出すことを忘れるなよ。周りの者たちに当たらないよう、しっかりコントロールするんだ。以上、質問は?」


 鬼神のようなロム師範を前に、心苗たちはなかなか発言することができないでいた。すると、一人の手が挙がる。修二だ。


「はいはい!先生!一人のスペースはどれくらい取ればいいんですか~?」


「そうだな、一人で9枚の石板を取り、さらに周りの者たちとの間に石板1枚分の距離を取れば十分だろう。他にはないか?」


 120人弱もいる心苗のうち、修二のほかにこの場で発言できる者はいなかった。


「よ~し、問題ないようだな。では早速、最初の型から始めよう。【五行拳 小】ようい、始め!」


 各クラスの前方に立つ上級の心苗たちが、自然体から型へと移行するための準備動作をする。二年の心苗たちはその動きに従い、足を踏み出し、拳を打ち出す。


 ハー!ハー!ハー!――


 掛け声を合わせ、技を打ち出しつづける。拳だけでなく、足もよく使う拳法だ。転掌やハイキックといった難しい動作もある。

 格闘技の経験が皆無ののぞみには、やり慣れない動きの真似が難しい。周りのクラスメイトたちは力を込めて型の練習をしているのに、のぞみだけがまるで滑稽なダンスを踊っているような有様だった。


 速度も二拍子分遅く、悪目立ちしたのぞみは、すぐにロム師範に声をかけられる。


「お前、なんだその滅茶苦茶な動きは!素人か?」


 背が高く、ガタイもよく、声も大きいロム師範が側に立っているだけで、のぞみはプレッシャーを受け、つい弱々しい返答になってしまう。


「す、すみません、転入したばっかりで……」


「そうか、お前が例の転入生か」


 師範の大きな目が射抜くように見開かれ、のぞみは居心地が悪くなる。


「はい、拳法は初めてで……」


「それは問題ではないな。素人でも有段者でも関係ない。今この瞬間から、学んだ拳法を心身に刻め!」


「はっ、はい!」


 活を入れられ、のぞみはさらに慌てる。手足が自分のものではないようで、くにゃくにゃと型をなぞるのぞみを見ていられず、ロム師範は三歩ほど手前で型を教えはじめる。


「そうじゃない、こうだ!足腰をしっかり使え。手足を打ちこむ力は今の八分程度でいい!」


「わ、わかりました!」


 ロム師範に叱られるのを怖れたのぞみは、あまり内容を理解できないまま、とにかく返事をした。


「お前、名を名乗れ!」


「か、神崎です」

 

「はっ?声が小さいぞ!周りの声で聞こえん!もう一度、名乗れ!」

 

 心理的袋小路に追いこまれたのぞみは、喉が潰れるかと思うほど叫ぶ。


「かっ、神崎のぞみです!!」


「そうか!カンザキ、源が緩いぞ、もっと強く出せ!!」


「はい!」


 ロム師範はのぞみの真剣な様子を見て頷くと、前方に歩き出し、他の心苗を見回りはじめる。

 鬼のように厳しいと噂される師範だが、稽古中には武道だからこそ養える礼儀や作法もある。それに、戦場ではいつも未知の敵と戦わねばならない。戦時で発揮できるだけの胆力を培うのも、この授業の目的だ。

のぞみは内容の高度さと師範への怯えから目に涙が滲んだが、耐え忍び、拳法の型を見よう見まねで習得しようと試みる。


 三つの拳法の型をもう何度繰り返したか、数えることもできないほど練習は続き、一時間が経った。


「よ~し!型の練習はそこまでだ!これから三ヶ月の間に、今やった三つの型、五行拳の小と大、そして十方砕破だな。これを体の隅々まで叩きこめ!返事は?!」


 こってりと絞られた心苗たちが、かれた喉を鞭打って大声を出す。


「はい!!」


「よ~し!では、5分間休憩を取る。その間に次の組手形式の練習相手を決めておけ、二人でワンペアだ。いいな?」


 心苗たちの群れの中で狐耳が動き、メリルが手を挙げる。


つづく


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