188.ヨウちゃん先生のアドバイス
「ヨウ先生、こんにちは」
さっきからのぞみがこそこそと義毅の席を覗いているのを見て、姚が問いかけた。
「トヨちゃんを探してるの?」
「はい。自主訓練のことで相談したいんですが、最近ホームルームにも来ませんし、豊臣先生の授業もよく自習になってしまって、なかなか会えないんです」
義毅らしいことだと、姚は苦笑した。
「それは困ったね」
「豊臣先生は今日、ここに戻ってくるでしょうか?」
姚は手を顎に添えて、考えながら言う。
「うーん、分からないね。どこへ行くっていちいち言うタイプじゃないし、風のように野放図にやりたいことがあればとことんやっちゃうからね。丸一日、職員室に顔を見せないこともよくあるし、確実な居場所も分からないなぁ。でも、そんなに会いたいなら、直接家に行ってみればいいんじゃない?」
「心苗がいきなり先生のご自宅を訪ねるんですか?」
「ええ、問題ないでしょう?トヨちゃんはホームステイホストとして何人もの心苗をお世話してるし。家でもよくワイワイパーティーやってるわよ。教え子が家に来るなんて、むしろ大歓迎なんじゃない?」
「そうでしょうか?」
不安顔ののぞみに、姚は「大丈夫よ」と安心させるように、ストレートに答えた。
「用事があってどうしても会いたいのに、普通に学校では会えないんだもの。それしかないんじゃない?」
約束もなしにいきなり人の家を訪ねるのは、箱入り巫女として育ったのぞみとしては非常識に感じられる。だが、義毅と話ができないと、自分の修業が進まない。のぞみは意を決して水晶札を取り出した。
「……では、豊臣先生の家の住所を教えてもらえますか?」
「はい、これよ」
のぞみは姚から義毅の住所を教わった。
姚は時折、義毅からのぞみの近況を聞いていた。ルール違反を犯したために、操士のスキルを封じられていることも、何者かに命を狙われているということも。
のぞみに会うのは転学してきてすぐの時以来だが、あの日、常に笑顔だった彼女を思い出すと、今はまるで別人だ。姚はのぞみを可哀想に思った。
「神崎さん、何だか元気がないわね?何か悩みでもあるんじゃない?」
「あの……。中間テストが近いせいか、いつも仲良くしている友だちが、冷たいような気がして……」
姚は自分の教え子たちのことを考えてみても、それは当たり前のことで、一種の通過儀礼のようなものではないかと思う。
「そうだね……。成績評価は後々の恒例闘競やミッション依頼にも関わってくるから。みんなそのことばっかり考えてるなら、ライバル意識を持っちゃうのはやむを得ないわね」
のぞみはぽつりと自分の気持ちを吐き出した。
「ヨウ先生。対人戦が下手な心苗は、皆に嫌われるでしょうか?」
「どうしてそんなふうに思うの?」
偏った思考に陥っているのぞみが気になり、姚の口調も少し語尾が上がる。
「私、対人戦が苦手で。この前、クラスメイトに誘われた闘競を断ったんですが、弱虫と言われてしまって……」
「やんちゃな子たちはそればっかりね。でも、他人の言葉を気にしてばかりでいると、気持ちで負けてしまうわよ?」
姚にそう言われても、実際にクラスの中での嫌な雰囲気を無視することもできない。のぞみは目線を伏せる。
「ですが、少数ではなく、たくさんの心苗がそう思っているなら、それを聞き入れないことは現実逃避になりませんか?」
「でも神崎さんは、魔獣退治やチームでの課題もよくできたんじゃない?」
「ヨウ先生は、他クラスの心苗の記録映像も見ているんですか?」
姚が自分の記録映像を見てくれていることに驚いたのぞみが、とっさに顔を上げる。姚はショートヘアを揺らして目の前にいるのぞみに微笑みかけた。
「ええ。とくに、優秀な子のは頭から離れないのよ。あなたが同級生と戦った宣言闘競。今もはっきりと覚えているわよ。あなた手加減したでしょ?本気でやればもっと効率の良い作戦だって練れた」
「あの方法でしか、森島さんとの対話はできなかったです。でも結局、甘かったのは私です」
のぞみの可愛い言動が姚はいじらしくなった。
「ふふ、戦いの相手のことをよく考えていた神崎さんは、私から見れば弱虫なんかじゃないわよ。人の心を惹きつけるのがあなたの強みでしょう?それに、戦えないんじゃない。目的さえはっきりしていれば戦えるでしょ?」
「でも闘士なら、ステージでは理由がなくても戦わないといけませんよね……」
姚は、のぞみが闘士として基本の観念すらも持っていないことに気付いた。
「そうね……。神崎さんは一つ、覚えるべきことがあるわ。戦場では友情も愛情も脇に置いて、遠慮なく相手を叩くこと。難しいことを考えるのは、闘競に勝ってからで良いのよ」
「感情を捨てて戦うということですか?」
「雑念は体の動きを鈍くするのよ。感情を素朴に技で相手に伝えた方が良い」
「技で思いを伝えるってことですか?」
思案顔ののぞみに、姚は頷いて続ける。
「そう。遠慮すると痛い目に遭うのは自分よ。怪我を負うことも承知の上でやるんだから、友だちとはむしろ、これまで以上に仲良しになれるかもしれないわよ?」
「そうですか……」
その考えは、のぞみの中には全くないものだった。
顔を伏せるのぞみに、姚が柔らかい声で言う。
「後はね、どんなことがあっても、笑顔を忘れないこと。幸運の神さまが離れちゃうわよ?」
それを聞くとのぞみは、笑っているのか、困っているのかわからないような顔で姚を見た。
「そういえば、豊臣先生のご自宅に伺うなら、どんなお手土産があると良いでしょうか?」
姚は大して考えず、軽く答える。
「トヨちゃんならとりあえずお酒でしょ?おつまみなんかもあれば喜ぶと思うよ」
「分かりました。色々とアドバイスをいただいてありがとうございます」
のぞみは姚に一礼し、職員室を後にした。
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