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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
日常鍛錬に隠す殺意篇 下
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186.交渉の手腕、ネズミ坊主の考え

「そうか。これは未来で神崎が契約した聖霊の正体なんだな」


 落ち着いた様子の義毅(よしき)は、リディの水晶玉を見ながら言った。


 そこには、山のように巨大な黒い影が映っている。八つに分かれた首は、その一本一本が千キロ級の川のように太く長く伸び、空に(うごめ)いている。その巨躯からばらまかれた瘴気は、白昼の空を真っ黒に染めた。そして、影に近いものから順に、森が枯れ、海が腐り、生き物からは全ての(グラム)が吸い取られ、光という光が失われていく。恐ろしい光景だった。


 リディも水晶玉を見ながら言う。


「今でも彼女の力が暴走した原因は不明ですが、これ以上オロチが暴走を続けていると、地球(アース)界は滅びます」


 義毅は水晶玉を覗きながらタバコを咥えると、三本の指で弾いて、いつもと変わらない様子で火を付けた。


「なるほどな。神崎自身が変われば、未来の地球界が滅ぶこともなくなると?」


「極端な話ですが、彼女の存在ごと抹消すれば、オロチが暴走することもないでしょう」


「だが、神崎を抹消すれば、お前らの時間点では多くの変化が生じるだろうな。さっきお前が言ったように、未来の神崎はハイニオスの生徒会幹部になり、『尖兵(スカウト)』の資格も取っているんだろ?そんな重要な心苗(コディセミット)を始末することの影響は計り知れねぇよな?」


 一理あるというように、レンが頷く。


「たしかに、カンザキ先輩の活躍で解決した難事件はいくつもある」


 リディは軽く首を振った。


「それは局長の判断です。今までカンザキさんの携わってきたミッションのリポートを見ました。任務が達成できた要因の中心人物はカンザキさんではなく、その多くはミツノさんと、他のメンバーたちの活躍があってのものです」


「お前の言う局長ってのは誰だ?」


「今の時間点と同じ、シャーロット・サラアイヴァ局長です」


「地球界の危機を解くために、他の上官たちも苦慮していた。結果として、局長は最小限の犠牲は払わねばならないという決断を下した」


「シャーロちゃんの指示か……」


 義毅は頭上を振りあおぎ、軽く溜め息をついた。


「そうか……。神崎はいつか自分の力で成長するものと思ってたがな。あいつには特別授業が必要だな。まあ、あいつのことは俺に全て任せて、お前たちはさっさと元の時間点に戻れ。過去に滞在する時間が長いほど、リスクも増えるんだろ?」


「ご心配ありがとうございます。ですが、私たちも覚悟のうえでこのミッションを引き受けていますから。オロチの暴走が解かれない限り、私たちの時間点には戻ることは認められません」


「ハハ、それは大変だな。シャーロちゃんの指示なら、勝手に引き返すことは無理だ。しかし、事件を確実に解消するために、彼女は同時並行で作戦を練ることが多い。今回だって、お前たちがここで茶でも飲んでるうちに、別の誰かが解決してくれるかもしれねぇぜ?」


 リディは目を伏せて思索を巡らせる。


「災厄の事相が消えれば、私たちは撤退します。……トヨトミ先生は、局長をご存じですか?」


「ああ、昔よく共に戦ったダチだぜ」


 義毅の返事からは、距離感の近さが窺えた。


「互いに信頼できる関係だと?」


「まあ、そうだな。よし、良いことを思いついたぜ。お前たちはこのままラメルスの指示に従う。どうせ中間テストが終わるまで神崎の警護配置は変わらないから、次の手も打てないだろ?それまで、余計な手を出さず、神崎を俺に任せてくれ」


 リディは義毅の提案に、条件を付け加える。


「分かりました。その時期を過ぎてもオロチの暴走が解けない場合は、やむを得ませんから、私たちも手を打ちます」


「ああ、その時は好きにしてくれ」


「良いでしょう。朗報をお待ちしております。もし何かあったらメッセージを送ります」


「ま、こいつとも仲良くしてやってくれ」


 リディはマイユを見た。


「ええ、もちろんです。私は『尖兵』同士の無意味な揉み合いを望んではいません。アーリム副部長の支援プランの指示に従うのであれば、彼女は私たちの生活支援をしてくださるはずですね?」


 マイユも目を合わせ、「はい」と頷いた。


「それじゃ、後は頼んだぜ」


 交渉は成立し、義毅は爽快そうに部屋を出る。マイユも見送りのため、一緒に外へ出た。


 二人が去ると、部屋の中に沈黙が訪れた。そして、表情を一変させたカロラが、低い声を出した。


「バレーヌさん。こんな酷い交渉、見たことがないわ」


「ミッションの責任者としての判断を下したつもりですが、納得いただけませんか?」


 カロラはぎろりとリディを睨んだ。


「まさか、本当にトヨトミ先生の提案を大人しく聞くつもりじゃないでしょうね?」


 複雑な表情で、レンがフォローの手を入れた。


「気持ちはわかるが、正直、今の状況では、俺たちにはそうすることしかできないだろう」


 カロラは腕を組み、視線をレンに移す。


「そんな弱気なことを!レン!どうして?」


「『羅漢王』がどんな人物か知らないわけじゃないだろう?1000人のA級異端犯罪者(ヘラドロクシー)を相手に瞬殺した男だ。『尖兵』ごときが四人でかかって勝てる相手じゃない。ここで君を止めなければ、全員のミッションがここで終了することになる」


「ケビン!何か言ってやってよ!」


 しかし、ケビンも現実を見て、カロラに説く。


「……レンさんが正しい。噂には尾ひれの付いたものもあるだろうけど、お前の操る『彼氏の残影』が、戦闘態勢すら取っていない彼に素手で打ち消されたのは事実だろう?あれだけの実力差の相手にさらに挑むのは愚か者のすることだろ」


 三人の意見が揃った以上、もう何も言えない。最後の反抗のつもりか、カロラは背を向けた。


「分かったわよ……」


 ケビンもレンも、リディの判断を認めている。早くのぞみを始末しましょうと、喉元まで出かかった意見を、カロラは飲みこんだ。結局、一人で行動するほどの度胸はないのだ。不服であっても従うしかない。


「リディ、彼に俺たちの正体を知られたことは大丈夫なのか?こちらが弱みを握っているラメルス先生とは違う。もしかすると、機関や学園の上層部に知らせるかもしれない」


「教え子の命が狙われているというのに、私たちの安否まで案じてくださる彼なら、より多くの人を巻きこむことは、オロチ事件だけでなく、未来に多大な影響を与えることくらい理解しているはず。そこは彼を信じていいでしょう」


「それにしても、なぜ彼はラメルス先生のことを追及してこなかったんだろうか」


 レンが言う。


「俺が彼の立場だと考えると、おそらくはそれが、カンザキ先輩を救うことにあまり関係がないからだ。イールトノン支部副長の汚職については、確証がない限り事件にならない。今の第一要件は教え子を助けること。ラメルス先生の罪まで立証していると、目的がブレる」


 ケビンは皮肉な口調で言う。


「でも、ラメルス先生もカンザキ先輩を狙ってるとは知らないだろうけどな」


「そうとも言い切れないでしょう」


リディは思案顔のまま、炉棚の中で燃えているルトラス水晶石を見ている。



読んで下さって有難うございます。

宜しければ感想や評価を頂ければ嬉しいです。

これからも引き続き連載します。

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