184.クリアが見ている悪夢 ②
タッ!タッ!タッ!と軽快な靴音が聞こえる。ラーマがステップを踏んだ場所に、残影だけが残った。
「『テンペストラグナム』」
左右どちらを見れば良いか、クリアは翻弄され、技を繰り出すことができない。
次の瞬間、ラーマはもう足先まで迫ってきていた。
クリアが気付いたときには、もうすでに蹴り技を食らったあとだった。源の塊を集めた腕に痛みを覚える。
ラーマは次の回転斬りでクリアの体勢を崩す。もう一歩、踏みこむと、至近距離からジャマダハルを差し出した。クリアは大型のチャクラムで防御を試みたが、チャクラムは粉砕した。そのままクリアは砲弾のように撃ち飛ばされる。
ラーマが再度跳びあがり、空中で体を回転させ、刃に溜めた源気を何度も払い出した。
「『テンペストスラッシュ』」
クリアがビルに衝突するよりも前に、二つの大きな剣気と数十発の小さな衝撃波が建物に斬りこんだ。剣気型の衝撃波は、ナイフでシフォンケーキを切るようにたやすく西棟ビルを斬り払う。そのおかげでクリアは建物の深いところまで飛ばされた。さらに、小さな衝撃波が弾幕のように、ビルの崩れたところを細かく刻み、砂煙が巻きあがる。
手を止めたラーマは着地する。
「今度はMs.ヒタンシリカがダメージを食らった!ダメージポイントもかなり伸びている。さあ、立ち上がれるのか?!」
今度は、警告指導ポイントは入らない。クリアが衝突のダメージを受けすぎないよう、ラーマがビルを細かく崩し、被害を軽減させたからだ。
戦況は完全にラーマが掌握している。歓声は鳴りやまない。
煙が散ると、西棟ビルの無残な様子が現れた。一階から四階まで、全ての階層で露出した床は綺麗に斬られ、真ん中の部分は握りつぶした冷や奴のように倒壊している。
クリアは一階の床で横たわっていた。ダメージポイントは一気に15490まで伸び、生体センサーライトもオレンジに変わっている。
それでもクリアは立ち上がった。髪を乱し、片目は開かないのか閉じており、口角には血を滲ませ、痛みに耐えるような荒い呼吸をしながらも、彼女は立った。
クリアは三階の歩道橋の玄関口に立っているラーマを見上げる。
武装解除したラーマが右手で腰を支えている。まだ、体に纏った光は消えていない。光は燃える炎のように、ぼうぼうと揺れている。
闘志に満ちたラーマの様子に、クリアは戦意を失った。脛骨の痛みが、敗北を告げている。王女であるラーマに対し、貴族階級の令嬢であるクリアは、自分がどこまで抗えるのか、全力で挑みつづけた。だが今、自分と彼女の間にある実力の差の、あまりの大きさに、腰を抜かしていた。
「まだ戦いますか?」
クリアは歯を食いしばり、残りわずかなスタミナを使って手を握りしめた。この体の状態では使える術もなく、リベンジできるほどの時間ももう残っていない。今のこの状況は、すべてラーマが練り上げた作戦通りなのだろうと、クリアは気付く。彼女が本気を出せば、おそらくバトルの最後まで立っていることもできない。
ラーマの考えに賛同することはできない。だが、王族としての高いプライドを保つための努力をしていることは、クリアにも伝わった。一瞬で仕留めることもできただろうに、時間をフルに使って戦いを味わうことも、クリアに対してのリスペクトがあってこそのものだ。クリアは自分の弱さを悟った。不服でも、悔しくても、認めざるを得ない。クリアの口元に、わずかに笑みが浮かんだ。
「ふん……。どうやら私の方が弱いみたいね」
「覇道とか身分とか、くだらないことさえ言わなければ、私はあなたのタフな戦い方が嫌いではありません」
クリアは、多くのミッションを引き受けてきたラーマの実力を理解した。越えるべき目標を見つけたクリアは、しっかりとラーマに目線を合わせる。
「ふん、私はあんたの、その気高い感じが嫌いよ」
その時、闘競時間終了の音が響いた。
「バトル終了―!王族令嬢VS貴族令嬢の戦いの果てに白星を獲得したのは、Ms.ミンスコーナだ!」
『
ラーマ・ミンスコーナ VS クリア・E・ヒタンシリカ
青 橙
ダメージポイント 5550 : 15490
源気数値(GhP) 35100 : 5950
残り時間 0:00
』
歓声が津波のように押し寄せて、ラーマを称賛した。
「よくやりましたね、ミンスコーナさん」
のぞみの隣で、ティムも拍手した。誰の目にも、見事な勝利だった。
応援していたお姉さんが勝ち、ミナリもスッキリとした顔をしている。嬉しげに、のぞみと顔を見合わせ、手と手を取りあって笑った。
「のぞみちゃんの応援するお姉さんが勝って、良かったニャー」
「そうですね……」
激しい戦闘ではあったが、最後に勝利を掴んだのがラーマだったことに、のぞみはホッとしていた。ラーマはクリアの悪行を許せなかったからこそ、闘競を受けたのだろう。それでも、同級生であるクリアに優しさをもって向き合ったのだ。
「さすがミンスコーナさん、あんな恐ろしい戦いで、逆転勝ちするなんて!」
藍は、ラーマの勝利により、A組の女子の虐め問題が解消し、雰囲気が良くなるだろうと思い、喜んだ。そして、悪意ある戦いにも畏れず、余裕すら見せたラーマの戦闘姿勢に心を揺さぶられた。
「これでA組はしばらく安泰だヨン」
「……いえ。もうすぐ中間テストの季節です。気は抜けません!」
ラーマの戦いによって触発された藍は、中間テストで一気に中下ランクから抜き出るため、しっかりと強化訓練を受けると決めた。
それからのぞみたちは、他に五つの闘競を観戦した。一時間で六試合見たミナリはもうお腹いっぱいという様子で、青ざめた顔をしている。強い眩暈で頭の中もクルクルと回っており、もう限界だろう。元々、戦闘が苦手なミナリを早めに解放させるため、そして刀を買う手続きの約束があるため、のぞみたちは二時間の自由席チケットを持っていたが、早めに席を離れる。
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