181.令嬢は覇道を行く
「勝負は決まりですね?今のうちに自分の罪状を詳細に打ち明けるのはいかがかしら?」
「ふん!ばかばかしい。証拠もないくせに。治安隊のメンバーですらないあんたが勝手に他人に口出しするなんて、名誉毀損もいいところだわ!」
ラーマは軽く目を閉じ、話しながらまた開いた。
「証人なら幾らでも見つかります。闘競の応援用EPポイントを集めるための巧みな口約束で人を騙し、さらに人の欲を利用して、自分と戦い勝てばさらに倍のポイントがもらえるなどとほらを吹き……。あなたに負けた方々は、EPポイントの損失だけでなく、黒星まで増やしました。これが詐欺でなくて何でしょうか?」
クリアは肩をそびやかして笑った。
「私は何も強制していないわ。甘い話に尻尾を振って寄ってきたのはあいつらじゃない。彼らは自分の意思で、私との賭けに乗ったのよ。負けて損をする可能性だって織り込み済みでしょう?」
「もしもあなたに勝つ者がいれば、本当に賭けポイントの2倍を送るつもりだったと?」
「勝てればね?でも残念だけどそれはあり得ない。戦闘相手のことは事前に調べ上げるから、バトルが始まった時点ですでに彼らは負けているのよ」
どこまでも自分本位な理屈を振りかざすクリアを、ラーマは蔑んだような目で見た。
「そうですか。ではもう一つお聞きしますが、下位の同級生を虐めているのは事実ですね?これは校内に宿る聖霊にお訊ねすればすぐにわかることです」
「ふふ、この実力至上主義の場で、弱者に弱肉強食の摂理を教えてあげるのは天辺に立つ者の義務でしょう?弱者は弱者らしく、踏み台として役立てば良いのよ。そのためにも早いうちから自分は隷属階級なんだって教育してあげないとね。下克上なんてことは考えないようにちゃんと蹴り落としてあげて、地位と権力を保っていくべきだわ」
ラーマはクリアの思考を理解した。
「なるほど。私利のためには、手段を選ばずに脅威を排除すると。まるで没落した貴族のような考えですね。一つ分からないことがあるんですが、あなたの攻撃には何故か深い憎しみが付いています。貴族出身のあなたに、どうしてこんなにも強いダークネスパワーが宿るのかしら?」
「私は、私の生い立ちにまつわる全てを凌駕する存在になるのよ」
「貴族としての大出世を望んでるってことかしら?」
地球界、ヨーロッパ州の公爵令嬢であるクリアには、兄が二人、姉が一人いる。地球界のウィルター養成学校に通った長兄は『騎士』の才能に恵まれ、主席で卒業。彼はヒタンシリカ家の公爵としての地位、そして財産を受け継ぐことが決定している。
長姉は幼い頃からその愛くるしいルックスと美しい言葉遣いで、周囲の大人たちから愛情を注がれて育った。『章紋術』にも秀で、幼少のうちに王族の子息と許嫁となる。
次兄には『操士』の才能があり、彼は今、両親の経営する財閥の材料技術開発事業の手伝いをしている。将来にも大きな期待をかけられていた。
そんなヒタンシリカ家で、クリアは異端児のような扱いを受けていた。兄や姉と比べ、教養の成績も悪く、平凡な容姿や言葉遣いのせいで、姉妹でいるのに侍女と勘違いされることすらあった。唯一の長所は身体能力の高さだったが、源を変質する力もなく、『章紋術』も使えず、新しいものを生み出すこともできないクリアの才能は両親に認められるものではなかった。優秀な三人の兄姉ばかりがいつも注目され、クリアは両親にすら、よく無視された。
「あなた、何を勘違いしたのかしら?私の望む道はただの貴族じゃない、王者の道よ。王者にふさわしい覇気があれば、周囲の者は自ずと屈服し、畏れるようになる。私はいつか必ず頂点に君臨する。そして、下位の者たちは、下僕のように忠実に縋りついてくるのよ」
クリアは憎んでいた。自分に冷たく当たる両親も、輝く兄と姉も。だからクリアは、貴族などという肩書きを超える存在になりたかった。力さえあれば、地位でも権力でも、全てが手に入る。幼少期のクリアの中に野望が芽生えたのはそんな境遇のためだった。
クリアの言葉に、呆れたラーマが笑う。
「一王女として進言して差し上げるわ、不名誉な真似ばかりして人徳に乏しいあなたには、王の資格などない」
「いいえ。この世界で玉号をもらえば、それが私の覇道を行く道標になるわ。私が強くなって、地位と名声を得て、誰よりも高いところまで登りつめたら、みんな私についてくるでしょう?」
「覇道?日頃の悪行と、その恐ろしい妄想を抱くあなたが、英雄に認められるはずがないでしょう?」
クリアが考えるように、実際、弱小な者も強くなり、いつか脅威となる可能性はある。身分や地位、権力を守るために、ライバルとなりそうな者は早めに潰し、できればドン底まで蹴り落とし、再起不能にしておくという私利的な考えは、観念としては理解されている。
しかし、人を殺す行為というのは、種族内における自殺のようなもの。そのような行為は、タヌーモンス人の提唱する「国々や人種、種族を超えた自由平等共栄」のモットーによって作られたアトランス界の社会に反するのだ。
だから、個人の主張が尊重されるといっても、他人に死傷を負わせるような行為を望んでするならば、異端扱いを受けるだろう。
「覇道に王道、黒に白。いずれにせよ、戦いで勝つことが全てだわ。闘競に勝ち続け、いつか学院のトップを取れば、私はきっと認められる」
「それも一理あるかもしれません。だけど、その前に今までの罪を償いなさい」
ラーマの言葉はいちいちクリアの気に障り、ざわざわと総毛立つようだった。クリアの源気はさらに上昇し、大型チャクラムのギザギザになった輪郭も、炎のように激しく揺れている。
「黙りなさい!あんたみたいな、王女のくせにヒーローごっこに興じる偽善者、さっさとくたばりなさいよ!」
クリアはまた手首を回し、形が分からないほど高速回転させると、それを投げ出した。
大型チャクラムが一直線に地面を滑る。ラーマが避けた。
10メートル先で、チャクラムは高速回転を始める。フラフープが投げた者のところへ戻る芸のように、チャクラムはまた地面を走り出す。走ったところから屋上庭園の床が切断され、ラーマの乗っている床が完全に崩れた。地面が破壊され、ラーマには右側に残された、斜めに傾いた床に着地する選択肢しか残されていない。
「ふふふ、この必殺技はバトルを終了するゴングになるわ?」
ラーマはクリアの予測通りの回避行動を見せる。そのうちにクリアは、右の手のひらにバレーボールほどの光弾を集めて、サーブでもするように高く上げた。
クリアは左の爪先だけで立ち、パッセターンを五回決めると、そのまま左足で踏んばり、跳びあがる。ラーマは両手に翳したジャマダハルを構え直しながら、クリアを見上げた。
クリアは光弾とほとんど同じ高さまで跳びあがると、目尻だけでラーマを捉える。思い切って捻った体を前転させ、伸ばした左足で光弾を蹴り落とした。
光弾は小惑星のような猛烈な勢いで、ラーマに直撃する。
ラーマの瞳に光弾が映り、大きくなり、見えなくなった。
そのエネルギーの塊は、残り半分しかない屋上を撃ち抜き、ビルの深いところまで貫いた。そして、一階の床まで着弾すると、一気に解放されたエネルギーが眩しく光り、ステージが揺れ、大爆発が東棟ビルを完全に飲みこむ。直後、爆風が巻き起こった。
壊滅的なまでの決め技だった。闘技場の防御結界がきちんと稼働していなければ、観覧席まで大惨事となっただろう。
クリアの大技に、歓声が止んだ。ステージ全体が爆炎に覆われ、中継機元も半数が巻きこまれて破壊された。生き残りの機元にも煙しか映っていない。二人の様子は全くわからず、ステージ上空から審判が叫んだ。
「出たーー!!『天女門』の決め技、『羽奏蓮華弾』!これまでの10戦でMs.ヒタンシリカを勝利へと導いた決め札だ!だがこれは、予想以上の破壊力!残り時間は三分を切ったが、まだ勝負は見えない!」
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