176.警護班の動き、刺客の密話
リュウが反対側の観覧席から現場全体の様子を見回っていた時、頭の中にイールトノンの情報センターにいる支援担当官の声が聞こえた。
(『尖兵』リュウさん。そちらの現場に例の刺客の源波反応があります。蜘蛛型の異形による襲撃時と同じ反応です)
支援担当官は、『念話』を使って、現場で見張りをしている全員に同時に情報を伝えている。
「どういうことですか?私は何も気付いていないですが?」
リュウは、スーツの鎖骨が交差するところに付いているボタンのスイッチを押してから話す。章紋が光り、念話のようにリュウの言葉を『尖兵』たちとセンターに伝える。
(相手の源気反応はかなり弱いです。おそらく、源を発しているものがとても小さいんでしょう)
「そうですか……。ということは、相手はこの場所のジャミング効果を利用して、カンザキさんに近寄るつもりですか?まさか、目視するのがむずかしい、ミル(1ミル=1.2ミリ)級以下のモノを使っているとか」
何万人という源使いが集まる会場では、源気も混雑している。さらに、ステージではファイターの源気の高まりもあって、ジャミング効果を起こしてしまうこともある。闘技場において、ある一つの弱い源気反応を人の感知力のみで抽出するというのは、大洪水の中、特定の雨粒を一滴だけ取るようなことなのだ。
(具体的な場所を知らせます。相手の企みは不明ですが、それよりも前に消してください)
(承知しました)
センターからリュウの水晶札に送られた発信源の位置情報を読む。それがいた場所を確認すると、リュウは鳥肌が立った。
(身辺警護班、落ち着いて聞いてください。刺客の創ったモノがそちらの頭上にいます。通路のアスカム君、現場から動かず、蜘蛛を消してください)
(了解しました!)
アスカムはおもむろに見上げる。のぞみの座っている席の頭上の梁に、蜘蛛の巣ができていた。1センチほどの小さな翅の生えた蜘蛛の異形が、のぞみの様子を伺っていた。
その3分前。闘技場から数百ハル離れた屋敷のリビングで、カロラはケビンの創った異形の性能を称賛していた。
「へ~、ミル級のハネクモでもよく撮れるものね?」
「ナノトーロンのように、六つの目で同時に別々のターゲットを絞ることもできる」
カロラと違い、レンはその様子を見て眉をひそめた。
「ケビン、余計な行動はやめてくれないか」
「心配は無用、手を出すつもりはないよ」
「現場の様子が見たいだけなら、この屋敷の機元で見れば十分だろ?」
「いや、警護している連中の腕を試したいだけさ。それにしてもカンザキ先輩を見ていると、世話焼きなお嬢体質は三年前も全く変わらないな」
映像に映るのぞみの様子を見て、ケビンが笑った。
ソファーの上で体育すわりしているカロラがあざ笑うように言う。
「名家の温室で大切に育てられたお姫様だもんね。特別なケアがなければすぐに枯れる花よ」
カロラの意見に、ケビンも頷く。
「その通りだね。だけど、あんな女、ケアしたところでロクなことはない。命が百あっても身が持たないだろうね。本当に、どうしてミツノ先輩は彼女とホミの関係を結んだのか不思議でならない」
レンも続ける。
「ただのホミとは言えん。親同士もえらく仲が良いと聞く」
光野遼介ほどの良い男が、のぞみのようなダメ女に縛られているのを、カロラは勿体なく思う。
「それって親のためのホミってこと?あんな女と結ばれるなんて、ミツノ先輩が可哀想だわ」
カロラはそう言って、呆れたように笑った。
三年後の映像を水晶玉で見ていたリディも、三人の方を振り向く。
「でも、人望を集め、人心を一つにするところは彼女の強みだと思います」
「良いように言うじゃない。裏を返せば可愛い顔とお得意の手料理で人々を手懐けるモンスターってことでしょ?苦労するのは周りの人よ」
カロラは、そんなのぞみが遼介から、器用なナイトのように守られていることを妬んでいた。レンはカロラの心を見抜く。
「……カロラは、カンザキ先輩に嫉妬してるのか?」
カロラは大げさに手を振った。
「ないない、そんなわけないじゃない!神祇代言者の名家出身とか、使命とか、生まれながらに定められた役割とか、そんな血筋に縛られた人生なんて嫌だわ」
カロラの反論を聞いて、レンが笑う。
「そのわりに君はミツノ先輩のことを気に入っているようだがな?彼の身辺にいる女性は皆、モンスター級のエリートばかり。カンザキ先輩がいなくとも、君のお相手をしている余裕はないだろうな」
「ふん、あの輪になんて入りたくないわよ。でも彼らがとっとと事件を始末してくれていれば、私たちがこうやってわざわざ過去の時間点に来ることも必要ないのに」
文句を垂れるカロラに、リディが応える。
「クロンバリさん。私たちに与えられたミッションはあくまで、彼らがうまくトラブルを阻止できなかった場合の保険です。できることなら誰の命も奪わずに済むことを望みたいですが…」
「だが、カンザキ先輩には人望があるものの、仲間に頼りすぎる弱点もある。彼女自身の芯がもっとしっかりしていれば、組織が仕掛けた罠に嵌められることもなく、オロチの暴走も起こらないだろう」
レンの言葉にカロラは疑問を抱く。
「レンは別の方法があると言いたいのかしら?」
「ああ。今の時間点において、カンザキ先輩が必要な成長を遂げてくれれば、結果は変わるかもしれん」
「バレーヌさんもレンも、今さらになってまだカンザキ先輩を擁護する気?ある意味、ミツノ先輩を裏切ったようなもんじゃない。あんな面倒な駄姫、とっとと抹消すれば良いじゃない」
のぞみの悪口にレンが反応し、少し強い口調になった。レンはのぞみを好意的に思っている。
「カンザキ先輩がどんな気持ちでミツノ先輩と別れたのかは、本人でない君にはわからんだろう。勝手に侮辱してはいけない。この事件、最初からカンザキ先輩は被害者なんだからな」
「ふふふ、片思いの負け犬のようなセリフだわ」
「他人の批判をするよりも先に、まずは自分を磨け。ミッション中だというのに朝から酒臭いようでは任務の不安要素だ」
レンの説教にも耳を貸さず、カロラは野放図にはしゃぐ。
「余計なお世話だわ!私はこれでいいの、ミッションコンプリートさえすれば、文句は言わせない!」
「ところでケビン、君はどこまで見るつもりだ?」
「もうちょっと試したい」
ケビンの見ている映像に、見張りの男が映っている。男は人差し指と中指を合わせ、その先端に源気の塊を集める。源は金属のようになり、銃口と照星となったそれが、画面に向けられた。次の瞬間、画面は一瞬、真っ白になり、その後すぐにブラックダウンした。
「壊されたか」
ケビンは安いおもちゃが壊れた程度の反応で、惜しくもなさそうに笑っている。
「対応反応は悪くない。それに、警護班メンバーには面白い力を持つ人がいるんだね」
カロラはアスカムの力を分析している。
「源を変質させた。この人は『騎士』かしら?」
カロラの質問に、ケビンが頷く。
「ああ、制御機元の機能を使って体の一部を金属に変換した。彼は金属系の騎士ってことだろう。高精度の射撃スキルがある、と」
「おい、ケビン。二度と余計なことはするな。ここがバレたらどうする気だ?」
「問題ない。ラメルス先生に提供されたこの屋敷は、源紋反応の偵察に干渉できる紋章が仕掛けられている。機関は僕たちの位置に気付いていない」
「それもそうだが……」
リディはお腹を抱えるようにして、思案顔になった。
「そういえば、珍しく、英雄トヨトミの姿が見えませんね。局長からは、私たちの行動の最大の助力であり、抗力ともなりうる存在だと聞かされています。彼のように熱心な教諭が、指導するクラスの心苗の宣言闘競に現れないなんて……。行方が気になります」
「誰の行方が気になるって?」