175.ティム・フェラーの想い
二人の戦闘に怯えているミナリは、体を震わせていた。
「う、闘士の戦いは激しいニャー……」
クリアの攻撃により起こった爆発音に、ミナリはまた肩を大きく震わせ、顔も真っ青になっている。ミナリにとっては刺激が強すぎて耐えられないのではないかと、のぞみは心配していた。
「ミナリちゃん、大丈夫?」
体がまだ震えている。恐怖を我慢するように、ミナリは大きな声で返事をする。
「……うん、大丈夫ニャー!!」
「無理しなくても良いんだよ?」
労るようなのぞみに対し、ミナリはハッキリと首を横に振った。
「ううん。のぞみちゃんが毎日耐えてるストレスに比べれば、このくらいは軽いニャー」
観戦を通してミナリは、ハイニオスに通い始めてからの、のぞみのハードな日々を少しずつ理解していっていた。怖くないわけではない。だが、のぞみの抱えている恐怖やストレスを想像すれば、自分が今感じている観戦のストレスとは比べられないくらい酷いものだとわかる。
ミナリはのぞみの感覚を共有したい。だから、我慢していた。
「ミナリちゃん……」
のぞみも、そんなミナリの気持ちを汲みとっていた。だが、自分のせいで親友が辛い思いをしている。自分がもっとしっかりしていれば、もっと強ければ、ミナリにこんな思いをさせずに済んだのに。そんな悔しさも芽生えた。
「辛そうな顔ですね?」
「えっ?私のことですか?」
「ええ。カンザキさん、何か悩みがあるんですか?」
ティムはのぞみと話をするために、藍に席を替わってほしいと提案したのだった。
A組の実績評価一位。実戦経験もあり、ミッション依頼の経験も豊富。優秀なだけでなく心優しい色男が急に悩みを聞いてくれる展開に、のぞみはドキドキした。
「私は……」
だが、のぞみには悩みがたくさんあり、どこから言えばいいのかわからない。
「余計に悩ませてしまいましたか?では、質問を変えましょう。カンザキさんは対人闘競が苦手みたいですが、何か理由があるんでしょうか?」
いきなりの、核心を突いた質問に、のぞみは目を伏せ、長考してから答えた。
「それは……できれば人を傷つけたくないからです……。私は小さい頃から家族に「特別」だと言われていて、外の人との接触も禁じられていたので、友だちが少ないんです。でも、私は源使いだけでなく、たくさんの友だちを作りたい。友だちになるには自分から友好的に接するべきだと思っているので……」
「カンザキさんはお人好しですね。人を傷つけたくないという自分の気持ちがわかっているのに、なぜ悩んでいるんですか?」
「闘士は、戦闘によって評価されます。なのに対人戦を避けているから、変人扱いされているんじゃないでしょうか?」
「それは一理あります。ただ、あくまでその評価法は、単純に力を身につける者のための方法です。力はあっても目的がわからない未熟な心苗を評価するには、戦闘しかありませんから」
ティムの話を聞きながら、のぞみは何か考えているような顔をしている。
「しかし、カンザキさんは戦えないわけではない。むしろ、何かと戦うことを決めているあなたの視点は、皆よりも高いところにあります。スタートラインが違うと言えばいいでしょうか。だから、ただの戦士の評価法に縛られる必要はありませんよ」
ティムの考えは、のぞみにとって新鮮に聞こえた。
「「戦い」にも色んな手段があります。あなたのように何かを守りたいと思って戦うのであれば、人間同士の血なまぐさい戦闘にまみれるよりも、力を合わせ、皆の士気を奮い立たせる方が向いています。いわば、「旗振り役」の器です」
人をサポートする役割としか考えたことのないのぞみにとって、ティムの言葉は重く、貴い宝のようで、恐縮した。
「えっ?!それは私にはもったいない言葉ですよ」
その言葉からティムは、のぞみがまだ自分の魅力や才能に気付いていないのだと知る。ティムは涼しく笑った。
「性別や種族は関係ありません。器の大きな者は、トップに立つものです。君がそう望みさえすれば、可能性は開けるでしょう」
「そうでしょうか……?示唆に富んだお話ですね」
「そうです。だからあなたは自分の思いを定め、周りの人の意見に惑わされるべきではない。アトランス界では自分の主張を自由に唱えていいんです。あなたはもう少し、自分の思いを大切にするといいでしょう」
他の同級生と違い、建設的なアドバイスをくれたティムなら、あの課題にも答えてくれるのではないかと、のぞみは訊ねた。
「そうですね。……そういえば、フェラーさんの源は何のために光るんでしょうか?」
「おや、ミーラティス人によくある表現ですね?」
のぞみからの意外な質問に、ティムは思考を巡らせる。
「源は命の反応とともに存在します。その質問は、人生を何のために生きるかということですね?」
「はい」
「私はヒーラーになりたいです」
「えっ?こんなに強いのに、どうしてヒーラーになりたいんですか?」
「地球界では源使いの診断・看病をするヒーラーがまだまだ少ないですから。ずっと戦ってきた私には、「戦い」による救済に限界があることをしっています。だから、医術で人を守りたいんです」
まだ二年生だというのに、すでに将来をはっきりと描いているティムに、のぞみは感心した。
「フェラーーさん、よく考えましたね」
ステージではラーマとクリアの宣言闘競が続いている。
のぞみの座る観覧席の頭上の梁に、蜘蛛の巣が結ばれていた。小さな翅の生えた、3センチほどの蜘蛛の異形が、のぞみの様子を伺うように見ていた。