174.ラーマ VS クリア、ハンデを負うバトル
一同は闘技場に入り、6階の高さにある観覧席へと進んだ。警護のため、のぞみたちはリュウ・ゲンペイの案内に従い、事前に確保された席へとやってきた。
のぞみの左にはミナリ、右にティムが座る。ティムの右側には藍、そしてメリル。綾と修二、真人はバラバラになって、別の列に座った。
のぞみの前に一人、後ろにはエルティともう一人の『尖兵』、ミナリの左にルーチェと、警護は周辺を固めている。さらに他の四人が一定の距離を取り、のぞみの座るエリアの状況を見張っている。そのうちの二人は逃走路の入り口と、反対側にある連絡通路近くに。リュウともう一人の男子は対面でラトゥパス闘技場全体を見張っていた。
ラーマ対クリアの宣言闘競はすでに始まっている。
二人に賭けられたEPポイントはそれぞれ、ラーマが109150、クリアが127322。闘競の趣旨は、クリアがEPポイント詐欺を行ったとするラーマの指摘と、それは名誉毀損であるとするクリアの反論だった。
ポイントを賭けた人数は12377対9983と、この時点ではラーマの意見に肯定的な者が多い。
空に浮かぶ台には審判の男が立っている。コーヒー色の肌にフェードカットのおしゃれボウズは、金属パーツの装飾の付いたレザーのジャケットとズボンでキメている。実況中継も務める審判の大声が響いた。
「闘競スタートから距離を取っていたMs.ヒタンシリカが一方的な猛攻!建物内に姿を消したMs.ミンスコーナの状況は不明だ!」
宙に投影されたボードでは、二人の生体情報が確認できる。
『
ラーマ・ミンスコーナ VS クリア・E・ヒタンシリカ
青 青
ダメージポイント 320 : 0
源気数値(GhP) 5120 : 8910
残り時間 13:107
』
ステージは5階建ての半壊した研究施設の庁舎だ。左右二棟のビルは、4階にあるX字型の連絡橋で直線的に繋がっている。橋は一番細いところでも幅5ハル(6メートル)はある。
ラーマは試合開始後、東棟のビルの屋上のガラス屋根を蹴破り、建物に隠れた。
クリアは西棟ビルの屋上から連絡橋の屋根に飛び降り、輪状のチャクラムを両手に取ると、ラーマのいる辺りにめがけて連射した。チャクラムの連撃はマシンガンのように窓を破壊していく。
これまであまり闘競を見てこなかったミナリは、のぞみと蛍の時のステージとの違いに驚いていた。
「のぞみちゃんの戦ったステージとずいぶん違うんだニャー?」
「心苗がいろんな場面での戦闘経験を積めるように、ステージはいつもランダムで生成されるんだよ。地理を活かせるかもファイター次第。戦術的に上手く使えれば勝機を掴めることもあるよ」
ミナリは爆発音がするたびに敏感に反応していた。開戦直後からの激しい戦いの音に怯え、柔らかい耳もすっかり垂れてしまっている。見るのも辛いのか、目も細くなっていた。
二人の会話を聞いて、ティムはのぞみに策士の素質があることに気付き驚いた。
「カンザキさんは戦術を練ることに興味がおありのようですね?」
「決して上手いわけではないですが、知人とともに兵法の勉強をしたことがあります……。なので、理論上は上手くいくこともありますけど、実際の戦闘中に形勢が変わると対応が追い付きませんね」
のぞみは昔から『天眼』を使って、光野家の書庫で本の山に埋もれるようにして勉強する遼介を見てきた。遼介が読書をしていれば、のぞみの意識も宙に浮かんだままで一緒にその内容を読んでいく。
光野家では厳しい英才教育がなされていたが、それは武術の面だけではなく、教養の面でも表れている。遼介はとくに、戦闘に関連の深い兵法、兵書をよく読んだ。その影響で、のぞみも戦術を練るときの知識を多少知っているのだ。
ティムは気軽な笑みを浮かべた。
「それは経験値さえ積めばうまくいくでしょう。頭脳戦はガツガツ勢いがあることよりも心の冷静さを保てる方が上手く伸びますよ」
ティムはのぞみが一人で戦うことに向いていないタイプだと気付いた。兵卒や将兵のように、誰よりも先陣に立つのは役不足だ。だが、現在の評価は闘競の実績に偏ってしまっている。のぞみの本当の素質、才能に気付いているものはおそらく少数だ。
ティムと話しながらも、のぞみの目はビルから離れない。
その時、西棟ビルで大爆発が起こった。煙が薄くなると、クリアが狙った場所は3階より上が屋根もろとも崩れている。審判の実況が続いていた。
「Ms.ヒタンシリカの一連の猛攻は、Ms.ミンスコーナには効いていないようだ!Ms.ミンスコーナの源気は微減、何か策があるのか?!」
連続の飛び道具による攻撃後も、ラーマのダメージポイントは上がっていない。
ラーマの源気数値が1000に急低下すると、源の気配が弱まったことに気付いたクリアが建物内に飛びこんだ。
二人ともの姿が見えなくなって10秒以上が経った。動静はわからない。異常なまでの静けさが、ステージに流れていた。
観客たちが二人の動向に視線を注ぐなか、ドッカンと爆発が起こった。4階の反対側の部屋だ。そのエリアの柱数本が何らかの攻撃により真ん中から破壊され、屋根まで崩れた。
爆発後、ラーマのダメージポイントは50増え、クリアのものは大幅に増加した。
「Ms.ヒタンシリカにダメージ!何が起きたのか?!建物内の様子はわからない。中継機元で至近撮影を試みます!」
審判の立つ宙空の台から、10個の球体カメラが撃ち出された。
カメラがビル内に飛びこむと、屋内の様子が投影される。
映像には瓦礫の中から立ち直り、飛び出すクリアの姿が映っている。
クリアの攻撃はラーマに躱され、さらにラーマの蹴り技で、クリアは部屋と部屋を分ける壁にぶち当たったのだ。
立ち上がるクリアから、ラーマは身を遠く引いた。ビルの中で二人は、同じカメラでは映らないほど、相当な距離を取っている。
クリアが動き出すと、ラーマは両手にシールドが装着されているジャマダハルを翳して移動する。ラーマは吹き抜けのある玄関まで来ると、思い切って4階から3階に飛び降りた。
試合が始まってから2分が経った。
二人のダメージポイントはどちらも2000未満。容体も青ライトのままだ。のぞみはラーマが戦うところを見るのが初めてだった。最近は連戦連勝のクリアを相手にしているのが心配で、のぞみはティムに話しかける。
「ヒタンシリカさんは30連勝中で、気勢も強いです。ミンスコーナさん、大丈夫でしょうか?」
「ミンスコーナさんなら大丈夫ですよ、2メートル以内の距離ではヒタンシリカさんに勝ち目はありません。だからヒタンシリカさんはずっと距離を取って、飛び道具を打つしかないんです」
「たしかにヒタンシリカさん、一度も接近戦に持ちこもうとしませんね。でも、ミンスコーナさんは優勢なのになぜ一気に攻めないんでしょうか?」
「ミンスコーナさんはヒタンシリカさんを圧倒的に倒すことはできません。理由は三つ。一つ目は、彼女は元から慎重に戦うタイプです。とくにヒタンシリカさんのように、自分が勝つためなら酷い手も使う人が相手なら、用心深くなるでしょう」
のぞみは「なるほど」と頷きながら聞いていた。
「二つ目ですが、ミンスコーナさんは、ヒタンシリカさんが今までの連勝で高めてきた気持ちごと消耗させるために、遊撃戦を打つつもりです」
「もう一つは何ですか?」
「いくらヒタンシリカさんが悪事を働いたとしても、二人の実戦の経験値差が大きすぎるんです。一撃で倒してしまったら、ヒタンシリカさんの立場を擁護する側の人々は納得してくれません。ヒタンシリカさんの非道な真似を止めるためにA組のコミュニティーがバラバラになるのは、彼女の望まないことでしょう」
心苗同士の闘競戦績をたくさん積んでいるクリアだが、入学前からの経験者で常にミッション依頼も受けているラーマとは比べられない。
「つまりミンスコーナさんはハンデを負って戦っているんですね?でも、それはヒタンシリカさんも知らないはずはありません。その場合、ミンスコーナさんが潰されてしまいますよ」
のぞみも、蛍との対話を優先させた結果、技を手加減した。最後のわずか数秒間、手が止まり、油断した間に逆襲されたことを思い出す。それが、蛍よりも強いクリアのことだ。ハンデを負った状態で簡単に倒せる相手ではない。
宙に投影された映像には、クリアがビルの外に立ち、4階から3階へ飛び降りるところが映っている。
「隠れてもわかるわよ!そこでしょう?!」
そう言ってクリアは光弾を撃つ。爆発が起こり、厚い壁が崩れた。
崩れ落ちた壁の奥、机の並んだミーティング室にラーマはいた。
袋の鼠となったラーマは机を蹴った。
飛び迫る机を、クリアはチャクラムで斬り捨てる。
ラーマの蹴り飛ばした机は一脚一脚斬り払われ、やがて、部屋にはがらんとしたスペースが生まれた。
「終わりね、もう蹴るものもないでしょう?さーて、私の番だわ!」
クリアがまた源で作ったチャクラムを投げる。
ラーマは複数のそれらを、両手に持ったジャマダハルの連続刺撃で打ち消した。
クリアはさらにチャクラムを投げ出す。ラーマは始めに連続刺撃をし、体幹を使って回転運動しながらジャマダハルで斬撃を繰り出す。
高速で舞踏するような動きで斬り出す剣気が、竜巻のようにクリアの攻撃を無効化していく。
図に乗ったクリアがさらに大きなチャクラムを作ろうとした瞬間、ラーマが飛んだ。
ラーマの左手を、クリアはかろうじて止めた。しかし、追撃の右手の刺撃には間に合わなかった。ラーマはその勢いのまま、再度クリアから距離を取る。
急所を狙われたクリアだが、回避動作を取ったことで間一髪、攻撃を躱し、擦り傷程度で済んでいた。
『
ラーマ・ミンスコーナ VS クリア・E・ヒタンシリカ
青 青
ダメージポイント 800 : 2300
源気数値(GhP) 8900 : 8910
残り時間 11:07
』