172.不意の待ち合わせ ①
中央学園エリアは、台地を基礎として築かれている。その一角には、闘技場になっている広場があった。広場は大中小の闘技場に分かれていて、それぞれが外周を白石のブロックと木立に囲まれ、そこから円形に掘り下げたように観覧席があり、最下部に闘技ステージを持っている。
一番小さな小型闘技場は7×7の碁盤目状に造られていた。ステージとステージの間は幅10メートルの道が取られており、上空から見ると、円形になった闘技場の一枚一枚が、碁盤に置かれた駒のように見える。
碁盤になった小型闘技場の東西にはそれぞれ二つずつ、3万人を収容できる中型闘技場があり、北側には5万人収容の大型闘技場が聳えている。この大型闘技場はアヴァロティア闘技場と呼ばれ、遠い昔の帝国の遺跡でもある。現在はその場所で、毎学期末、恒例闘競の成績最上位の16名の心苗を対象とした、アヴァロティア杯トーナメント戦が行われている。
週初めのこの日も、各闘技場から一日中、観戦者たちの声援と戦いの音が鳴り響く。それは、エリア上空を通過するだけでも聞こえるほどの賑やかさだ。
そして、その上空を今、ミナリとのぞみが飛んでいた。飛空艇の停車場で降りると、ミナリの創った魚は光になって消えた。二人は急ぎ、階段から飛び降りる。
右へと走り出したのぞみに、ミナリが呼びかける。
「のぞみちゃん!ストップだニャー」
親友の呼びかけに、のぞみは急停止する。
「どうしたの?」
「方向が違ったニャー」
「えっ?」
ミナリは飛空艇を操縦していたときに、魚の持つ性能の一つであるマップナビで目的地の場所を確認していた。ミナリは反対方向を指差す。
「ラトゥパス闘技場はあそこのはずだニャー」
方向音痴ののぞみは、親友の感覚を信じることにした。
「わかった、急いで行こう!」
踵を返し、ミナリに追いつくと、二人は手を繋いで走った。
着地台に降りたリュウも、その後を追う。
ラトゥパス闘技場の壁には、シールド状の水晶パネルが光っている。入り口前に立つ5メートルの戦士の石像は、片手で剣を上げ、高さ20メートル、三段構造の外壁に囲まれたスタジアムを眺めている。
石像の聳える入り口広場は待ち合わせにもよく使われていて、少人数のグループが点在していた。
入り口の上部には円台になった幅10ペル(12メートル)ほどの屋根があり、そこに闘競の様子を映し出す立体ライブ映像が投影されている。
すでに到着していたメリルは、首を伸ばしてライブ映像を見ていた。藍は、広場に設置された機元端で闘競スケジュールを確認している。ラーマ対クリアの宣言闘競は間もなく始まるようだが、のぞみの姿はまだ見えなかった。
「のぞみさん、遅いですね。もう始まってしまいますよ」
藍は少し焦ったようにメリルに話しかける。
「……まさかのぞみさん、別の闘技場に行ってしまったんでしょうか?東西4つのステージは見た目も似ているし、たしかのぞみさん、方向音痴でしたよね……」
観戦を中断し、メリルは藍の方を見た。
「最初から指定席のチケットを買えば良かったヨン。それなら先に中に入っててもすぐに合流できたヨン」
「……先月、EPポイントを使いすぎてしまったので、指定席を買う余裕はなかったんです」
「対ベルティアート戦の報酬のAPポイントがあるはずだヨン?」
「あれは今月上旬の依頼ですから、実績としてAPポイントが反映されるのは来月です」
今月分のAPポイント、EPポイントが入ったばかりのはずだ。なぜ藍がポイントに困っているのか、メリルは戸惑った。
「オヨヨン?コールちゃん、先月の闘競成績も悪くないヨン?教養科目のテストも良かったのにヨン?」
「友だちやクラス、団体に贈るポイントをしっかり貯めたいですから、自分の娯楽のためのチケットには回せないんです」
「そういうことヨン」
そんな二人を、四人の心苗が遠くから見ていた。
そのうちの一人は洒落た金髪になめらかな白肌を持つ高貴な顔立ちの男だ。
「おや、藍さんとメリルさんですね?誰か待っているようですね」
その隣にいる綾が、男に受け答えしている。
「ほんまやな。神崎と一緒に観戦するって言うてたで」
「お~い!そこの二人~!!」
快闊な呼び声に、藍とメリルが振り向くと、綾と修二、ティムがいた。その後ろを真人が無言で付いてきている。修二に応えて藍も手を振る。
「フェラーさん、不破さん!もうラーマさんとヒタンシリカさんの闘競は始まってるはずですよ?まだ入らないんですか?」
修二は親指を突き立てて笑った。
「平気だぜ~!今朝の闘競に出た二人のファイターが予想外に限界突破したんだ~!あまりの熱戦にステージの制御プログラムが故障しちまって、それからあとのスケジュールが全部後ろ倒しになってるんだ!」
「そうなんだヨン」
真人が三人とともにいるのを、藍は珍しげに見た。
「皆は朝から来ていたんですか?」
綾が頷いた。
「上級生の闘競はほぼほぼ午前中にやってまうからな。ハイレベルの戦いを見て、目標を見つけたいと思って」
「そうですね!」
「そんなこと言ってるけど、本当はハヴィーを倒す方法を探してるだけだろ~?」
笑いながら核心を突く修二に、綾が少しだけギクリとした。
「アホ。あんたみたいな器の小っさい男と一緒にすんな」
ティフニーをライバル視している綾は、修二のツッコミを否定はしなかった。だが、それだけではない。綾は実際に上級生の戦いに憧れ、一日でも早くそこに辿り着きたいと望んでいる。
「まったく、風見は素直じゃねぇんだから~。お前、ずっと高い壁を見て怯えてるように見えるぜ」
デリカシーのない性格は気に入らないが、修二の剣術も、人心の煽り方も、一枚上手だと認めざるを得ない。綾はプイッと反対側を向き、顔を赤くした。
「宝具の力に頼りたがるような、あんたに言われる筋合いないわ」