171.武器屋のドーリスさん
旅の演奏家がなぜ商店街の武器店を紹介できるのか、のぞみは疑問だった。だがすぐに案内を始めたリリアスに付いて、のぞみとミナリは2ハルほどの距離を歩き始める。そして、縦に続くヘスタルト通りの街角のある武具店で、リリアスは立ち止まった。ショーウィンドウには刀剣だけでなく、飛び道具や槍、スペアの長物も置かれている。
店の外観や内装は、これまで巡ってきた店よりは少しレトロ感がある。店内には、思いのほか多くの武器が展示されていた。多彩多様な武器を見て、ミナリは口を大きく開けている。
勘定台のところで、40代くらいの女性が闘競ライブの投影映像を見ていた。のぞみたちが店の扉を開けたドアベルの音で女性は振り向く。
「ただいま、アルムアルトさん」
亜麻色の髪の女性は、リリアスに親しげな笑顔を向けた。
「あら、お帰りなさい、リリアスちゃん、いつもより早いのね」
のぞみが勘定台の前にやってくると、リリアスがのぞみの服の裾を軽く引っ張った。
「このお姉さんに武器を作ってあげてほしいの」
「今度はあなたね」
アルムアルトはのぞみをよく見て、何か思い出したように、深い笑みをたたえる。
「あなた、普通の闘士ではないのね?」
「……わかりますか?」
「勘よ。あなたの自然体の源から伝わってくる。闘士よりも操士に近いのね」
アルムアルトは背の低いリリアスに目線を合わせると、安心感のある笑顔を見せた。
「分かった、リリアスちゃんの頼みなら何でも引き受ける。このドーリス・アルムアルトに任せなさい」
「えっ?!あなたはまさか、フミンモントル学院で三年生の錬成系科目を教えている、ドーリス・アルムアルト先生ですか?」
「そうよ、Ms.カンザキ。私もあなたのことは多少知っているわ。色々、大変みたいね。良いわ、どんな物を創ってほしいのか、遠慮なく言ってごらんなさい」
「お姉さんに似合う物ができたらリリアスも嬉しいよ。それじゃ、アルムアルトさん、後はお願いします」
リリアスはにっこり顔でのぞみの腰を軽く叩くと、店から出て行った。不思議な女の子の姿を目で追った後、のぞみはドーリスに訊ねる。
「旅人の依頼をそんなに軽く受けて良いんですか?」
「ああ、リリアスちゃんはね、今うちに泊まってるのよ。今までの子たちよりも良いアドバイスをしてくれて、うちの店の営業実績が数倍に上がったの」
フェイトアンファルス連邦国の国々では、子どもたちが旅をすることは多い。そして、そんな子どもを大人たちがケアする慣習を持っていた。家に泊めてもらう代わりに、子どもたちも自分のできる何かでお返しをする。
「そういうことでしたか」
「よく考えればリリアスちゃんはよく、面白い子を連れてくるのよね。でもまさか、ヘルミナの教え子まで連れてくるとは思わなかったけどね」
「そうですか……」
武器創りをあっさりと快諾してくれたドーリスに、のぞみは少しホッとしていた。
「さて、Ms.カンザキ。あなたの創りたいものは何?気持ちでも何でもいいから、とりあえず言ってごらんなさい」
のぞみは自分の創りたい刀剣のニーズから、先ほどまでの武器店巡りの顛末まですべて話した。ドーリスは笑って聞いていた。
「なるほどね。量産型のお店なら硬い対応になるわね。二年生のあまり実績もないような子がオーダーメイドで武器を創るなんてありえないもの。そもそも6番街は闘士を対象にしてるから、それ以外のニーズを持つお客さんを満足させられるサービスはなくてもしょうがないわね」
ドーリスの話を聞いて、のぞみは顔を真っ赤に染めた。恥ずかしすぎて言葉も出ない。
「Ms.カンザキ。あなたの要望はよくわかりました。あなたのバトルの記録映像を見たことがあるんだけど、その時に創った金と銀の刀なら、全く同じ造形で創れるわ。それで良い?」
「はい!それを創っていただければ助かります」
記録映像を思い出しながら、ドーリスは刀の問題も指摘する。
「人を斬らないものを創りたいなら、刃を研磨しない代わりに硬度をもっと上げた方がいいわね。刀ではあるけど、打撃系の武器になるようなイメージね。それと、蘇生金属を使って、割れが生じた時に自分の源を注いで修復できるような性質を入れても良いかしら?」
「そこまで作れるんですか?」
「ええ、一週間あればできるわ。直接、寮に郵送したらいい?」
まさか寮まで送ってもらえるとは思わず、のぞみは大喜びだった。
「はい、それでいいです。ありがとうございます!」
「のぞみちゃん!お約束の闘競の時間がもうすぐだニャ」
ミナリに言われて気付いたのぞみは、急にあたふたし始めた。
「えっ!もうこんな時間ですか?早く闘競広場に行かないと。アルムアルト先生。今から友だちのバトルなんですが、そのあとで買い物登録に記入してもいいですか?」
「いいわよ、行ってらっしゃい」
「評価も剣を使ったあとできちんとしておきます!では、アルムアルト、創造主の霊性と叡智を汝に与えよ」
のぞみが操士の合い言葉を忘れずにいることに、ドーリスは微笑んだ。
「はいよ、汝、常に源気の加護を」
ドーリスに一礼し、のぞみとミナリは急いで店を後にした。
「どうしよう。このままじゃ闘競に間に合わないよ」
「のぞみちゃん、私の魚に乗っていくニャ!」
「そっか!」
二人は飛空艇乗り場になっている屋上にやってきた。
ミナリは空いている離陸スペースに向かい、体に源気を発する。そして、一尾の光の魚を創ると、自分の源気を注いだ。
「うおうお~、大きくになれニャー!」
魚は大型二輪くらいの大きさにまでなり、青い透明の身は水晶石のように光を反射している。ミナリが先にその背に乗り、のぞみも後に続く。
「のぞみちゃん、よく掴んでてニャ」
「うん!大丈夫だよ!」
「飛ぶニャ!」
号令に従い、魚は上空に浮かんだ。えらで空気を吸いこみ、尾と鰭で源気や空気を混ぜ、気流を起こして盛大に噴き出す。
のぞみを警護していたリュウは、のぞみたちは急に移動方法を変更しても落ち着き払っており、二人が離陸した同じ台から飛びあがった。リュウは余裕をもって二人のスピードに合わせ、警護を続ける。のぞみとミナリは髪の毛を強くゆらしながら、魚型飛空艇に乗って、遠くまで飛び去っていった。