170.お買い物、優しい音色と再会 ②
噴水の周りを囲む低い垣で、のぞみとミナリはしばらく休んだ。
のぞみは自分の不運に溜め息をつく。
「あんなに良いものを扱っているのに、どうして私には売ってくれないのかな……」
その時、ミナリの柔らかい耳がビクビク震えた。どこかで聞いたことのある音楽が響き、その方向を振り向くと、噴水広場の向こうで誰かが楽器を奏でている。
テンポの速い軽快なメロディーは、聞いている者の心を癒やす。音楽に引き寄せられた人々が、演奏者の周りに集まってきた。
しかし、不運の重なるのぞみには音楽を聴く余裕もない。
護身用の武器の購入に難航し、しょんぼりしている彼女に、リュウもアドバイスをしてあげたかった。だが、見張りの対象である彼女と長話はできない。今はただ、見守っていることしかできなかった。
数曲の演奏が終わると、人々は熱烈な拍手を送ったあと、散会した。
「お姉さん、お久しぶり!」
聞き覚えのある声にのぞみが顔を上げると、背の低い女の子が寄ってきていた。エメラルドグリーンの髪と純白のドレスが朝の光に映えていた、その少女の姿を思い出す。
「あっ!リリアスちゃん、まだイトマーラにいたんですね?」
「うん、ちょっと長く留まったんだよ。お姉さんのおかげで、毎日たくさんの人にクリトンドラムを聴いてもらえたの」
のぞみはリリアスが順調に旅の目的を実現していると知り、喜んだ。
「そうなんですか、良かったですね」
「リリアスね、この前、お姉さんの試合を見たよ」
「えっ?!森島さんとの闘競、リリアスちゃんも見ていたんですか?」
公式に開示された闘競はフェイトアンファルス連邦国のどこでも見ることができるが、リリアスまで見ていたことにのぞみは意外な気がした。
「うん、お姉さんの戦い、カッコ良かった」
のぞみは苦笑いした。
「あはは、負けてしまいましたけどねぇ……」
「負けたけど、ドンマイだよ。大丈夫、お姉さんの方が格好良いもん」
「もしかしてリリアスちゃんは、闘競の観戦が好きなんですか?」
「そうだよ!お姉さんの戦ってるところ、もっと見せてほしいな!」
今思えば、初めてリリアスに出会ったのも闘技場の多いエリアだった。ニューエイジクラシックの曲風に近い演奏をする彼女が、まさか闘競の観戦に興味があるとは。優しい演奏家の彼女が暴力的なイベントに注ぐ情熱に、のぞみは驚いた。
「でもお姉さん、本当は人との戦いが凄く苦手なんです……。次にいつ、リリアスちゃんに見せてあげられるか、お姉さんにもわかりません……」
前に一度会っただけの女の子に愚痴をこぼしていることに気づき、のぞみは苦笑いした。そんなのぞみの言動を見て、リリアスの顔には少し、寂しげな色が浮かんだ。
「そうなの……」
ミナリはリリアスのことを、のぞみから一度も聞いたことがなかった。素敵な音楽の演奏者が急に声をかけてきたので、ミナリは戸惑う一方、興味津々だった。
「あの、のぞみちゃんのお知り合いニャー?」
「あ、うん。始業式の日に、ハイニオスのキャンパスで一度だけ会ったんだよ。クリトンドラムを持って、国々を旅してるリリアスちゃんだよ」
優しい音楽を聞いたせいか、ミナリはリラックスして演奏の感想を言った。
「そうだったんだニャ。素敵な曲を聴かせてもらって、心地が良いニャー」
「猫耳のお姉さんが楽しんでくれて、リリアスは幸せだにゃー」
リリアスはミナリに微笑みかけたあと、心配そうにのぞみの顔を覗きこんだ。
「お姉さん、何だか元気がないみたい。どうしたの?」
リリアスの言葉を聞くと、のぞみは何とか硬い笑顔を取り繕った。旅に来ている女の子にまで心配をかけたのが恥ずかしかった。
「そうですね……お姉さんはそんなふうに見えますか?」
「うん。お姉さん、どんなことでもいいから、リリアスが一つ、お願いを聞いてあげたいな」
「えっ、大丈夫ですよ……?」
「だって、お姉さんのおかげでたくさんの人がリリアスの演奏を聴いてくれたの。何か恩返しがしたいから、お願い、言って」
まだ10歳のリリアスは、妙なところにこだわる。だがそれは、アトランス界の子どもたちが幼少期から経験するタヌーモンス人のアイデンティティーが馴染んでいる証拠だ。アトランス界の子どもを甘く見てはいけないと、のぞみはリリアスを見直した。
「……実はお姉さんは今、ルール違反をしてしまって、スキルを封じられているんです。それで、護身用の武器を買いたいと思ったんですが、自分のレベルに見合わないオーダーのせいでどこのお店でも門前払いされてしまいました」
さすがに自分の命が狙われているなどという怖い話を聞かせることはしなかった。
「それならリリアスの知ってる店を紹介するよ」
「えっ?」