164.夕食時のやりとり
夜になり、シャビンアスタルト寮の食堂では、のぞみたちハウスメイトが夕食を食べていた。リゾット、パスタ。ロースト肉など、ほとんどシェアハウスで出来た料理がテーブルに並んでいる。
のぞみのクラスでの出来事を聞き、ガリスは「そんなことがあったんですか?」と驚きを示した。
イリアスは腹を立て、「ポン!」とテーブルを強く打ち、思わず席を立つ。
「酷い!あんまりじゃない!」
ミナリは耳と尻尾を硬直させ、慌てて両手を振る。
「イリアスちゃん、そんなに大声出さないで……。周りに迷惑だニャー」
イリアスはハッとして左右を見回す。夕食の時間帯で、食堂に集まってきた心苗たちが、イリアスのテーブルに注目していた。
それを見て、イリアスは顔を真っ赤にし、ピコピコと頭を下げる。そっと椅子に腰かけると、声を抑えて続けた。
「のぞみちゃんには闘競を断る権利があるはずよね?他人に闘競を強要するなんて、自由意思を奪うことと一緒じゃない?!」
庇うようなイリアスの言葉を聞いても、のぞみはしょんぼりとした様子だった。今日起こった出来事に疲れてしまったのぞみは、ぼうっとしたままリゾットを口に入れた。味はわからず、まるで紙でも噛んでいるように無表情な顔をしている。
楊はイリアスに向かって大袈裟だと言わんばかりに、「そうか?」と落ち着いて応えた。
「ヨウ君は何でそんなに落ち着いていられるのよ?」
「闘士は主に戦闘で評価される。闘競の回数が他学院の心苗とは比べられないほど多いんだろうし、仲間同士で手合わせすることだって、良くあることだろ?」
イリアスは顔をしかめ、楊を睨む。
「ヨウ君ってば、いつもそんな屁理屈ばかり言って。恋愛成就にはまだまだ遠いわね!」
イリアスの意地悪なツッコミにも楊は動じない。
「バカバカしい。闘競のことは縁結びと全く関係ないだろ」
「でも、のぞみちゃんの修業方法が上手くいきそうなのは、幸いなことですね?」
「そうですね……」
近日に起こった諸々に一喜一憂していたのぞみは、ミュラの言葉に少し気が楽になった。だが、ティフニーに与えられた課題を思い出し、その哲学的な質問の意味を考え始める。
「……ミュラさん。ミーラティス人は、源の光についての表現をよく使いますよね?」
「ええ。源の宿る物は、空の星のように光っています。強い思いを持つ物は、より強く輝きます」
そのヒントについて、のぞみは深く考える。
ミナリがのぞみに訊ねた。
「のぞみちゃん、急に難しい話して、どうしたんだニャー?」
「ハヴィテュティーさんからの課題なんです……」
のぞみの視線はミナリからミュラへと移る。そして、ティフニーからの質問をそのまま、ミュラにぶつけた。
「ミュラさんの源は何のために光るんでしょうか?」
ミュラはのぞみの質問にじんと来たように鋭い耳を立てる。それから、興味深そうな表情を浮かべた。
「そうね~」
ミュラは宙空を眺めると、わずか数秒後には答えを出した。
「私の源は、タヌーモンス人とミーラティス人が、和諧を保ったまま交流を続けるために光るでしょう」
「そうですか、素敵なことですね……」
その答えを聞いて、のぞみはさらに悩んだ。どうやらこの問いは、自分の力を誰のために使うかというシンプルなものではなく、自分の人生を、何のために生きるのかというもののようだ。
「のぞみちゃんは、答えを見つけたかしら?」
長考したのちに、のぞみはゆっくりと首を振った。
「……まだ、まとまりません」
悟れない子どものような表情を見て、ミュラが柔らかく笑った。
「そう。ゆっくり考えて、具体的な答えが見つかると良いわね」
ミュラは少し、安心してもいた。
「ハヴィテュティーさんがのぞみちゃんの師匠になるなら、一つ安心ね」
楊とガリスは、のぞみの修業のことよりも、刺客に狙われていることの方が気になっている。
「カンザキさん。そういえば、この二日間、何か変わったことはありませんか?」
「いえ、特に何もなかったですが……」
楊もやや強い口調でのぞみを案じる。
「ちょっとしたことで良いんだ。殺し屋は実際に手を下す前に、色々な手配をしているはずだぜ」
二人から迫られ、「うーん」と考えこむのぞみだが、やはり心当たりはない。
「そうですね……。先輩たちが見張ってくださっているからか、手首の縄のせいかわかりませんが、行く先々で私の周りを人が遠ざけていくような気がします。なので、不審に見える人は今のところ一人もいません……」
楊は隣に座るガリスに耳打ちした。
「おい、俺の考えだけど、神崎さんの命を狙ってる奴ってのは、警護の先輩とか、身近な奴じゃないか?」
「その可能性は否定できませんね。カンザキさんの行動から考えると、警護の先輩か、私たちの寮に住んでいる人くらいしかありえません」
「それか、神崎さんの所属クラスの誰かが命を狙ってるとか……?」
ガリスは目を丸くして楊を見てから、声を抑えて返事をした。
「でもそれだとおかしくないですか?カンザキさんを狙った攻撃は全て、実技課題を受けている途中に起こりました。仮に殺し屋が現場にいたなら、早いうちに機関に捕まっているでしょう」
「いや。もしも神崎さん含め五人の命が奪われるという予言と、時空の狭間から襲ってきた連中の行動とが、関係のない二つの事件だとすれば……?それなら話が通じるだろ?」
ガリスは楊の話は憶測に過ぎないと、半信半疑で聞いた。
「まさか?」