163.バトルを断る権利と、バトルを受ける姿勢
そう言われたのぞみは、首を縮めて俯いた。視界がぼやけていく。
「のぞみさん……」
藍にはルルが腹を立てる理由も理解出来るが、戦闘スキルをほとんど使えないのぞみが闘競を断る気持ちもわかる。今は何を言ってもタイミングが悪すぎた。
別のステージで手合わせを終えたメリルがやってくる。
「ノゾミちゃんもコールちゃんもここにいたんだヨン、探したヨン」
藍はメリルに返事をする。
「メリルさん。鄧さんとの手合わせはどうでしたか?」
藍の問いかけに、メリルは先ほどの手合わせを思い出す。三角の獣耳と、もふもふの尻尾をピンと立て、楽しげに感想を述べた。
「7:9で私が負けたヨン。トウ君の剣筋の凄さは、力よりも、速さと予測できない動きだヨン。緩急自在に操って、急に鋭く急所を狙ってくるんだヨン。攻撃を避けたと思っても、本命が予想外の所から攻めてきて、実に手堅い相手でしたヨン!」
勝敗よりも内容に興奮しているらしいメリルは、また次の闘競に期待しているようだ。
しかし、もうどうすれば良いか分からず、のぞみはオロオロと涙を流しだす。
その様子を見て、メリルはびっくりした。
「オヨンヨン~どうしたヨン?また誰かに虐められたヨン~?」
「のぞみさんは闘競の誘いを断って、ドイルさんに怒られてしまったんです……」
「そういうことヨン……」
藍と目を合わせ、メリルは眉をひそめる。
「ノゾミちゃん、泣かないでヨン」
慰めるようなメリルの声に、のぞみは自分の気持ちを吐露した。
「目的もなく、戦えそうなスキルもほとんどないのに……。それでもバトルを受けないといけないんですか……」
「のぞみさん……」
藍はのぞみの事情に同情していたが、蛍との闘競以来、対人バトルを一度も受けてこなかったことも事実だ。それに、剣術の手合わせをした時にも、のぞみからは相手に挑む闘志が全く伝わってこなかった。藍は親友として、のぞみのことを心配していた。
「のぞみさんにはもちろん、闘競の誘いを断る権利があります……」
のぞみはゆっくりと涙を指で拭い、項垂れたまま藍に向き合った。
「でも、中間テストにはきっと、対人の項目があります。このままでは良くない評価になってしまいますよ?」
心配する藍の言葉も、今ののぞみには届かない。
「そもそも二ヶ月程度の強化訓練しか受けてないんですから、中間テストの評価が良くないことは覚悟しています」
のぞみが皆のレベルに追いつけていないことも分かる。このまま留年するという選択肢もある。でも、せっかく同級生なのに、一緒に学年を上がれないことは寂しかった。のぞみの事情を分かっていても、引っ張りあげたい気持ちになってしまう。
「でも、全ての闘競を断るのはやはり、おかしいです。闘士は対象を問わず、いつ、誰とでも戦える姿勢を鍛えなければなりません。対人が苦手というのは、言い訳にはなりませんよ」
親友に説教されるよりも前から、のぞみは自分の立場を理解していた。闘士のキャンパスに通い続けたいのであれば、どんな戦いも受けなければならない。同士との闘競も受けていかなければ、異質な存在となってしまう。
「分かっています……。でも、今の私が闘競を受けても、きっと負け戦にしかなりません。負傷したり、調子の悪い状態でテストを受けたら、もっと悪い評価になりそうです……」
ヴィタータイプののぞみにとっては、大怪我はさほど問題ではない。治療を受ければ普通の心苗よりも早く回復できる。問題は、精神的な疲れだ。心の復調が追いつかなくなれば、テストのリスクは大きくなる。
「確かに、この時期にあまりたくさんの闘競を受けて傷だらけになって、テストで実力を発揮できないのはおバカさんですね」
慎重に考えれば、中間テスト前にわざわざたくさんの闘競を受けるのは、デメリットが大きいかもしれない。
「そうですね~」とメリルは少し考える。
「それなら、闘競を受ける代わりに、上級生や仲間の闘競を観るのはどうヨン?他人の戦術や戦い方を見て、自分に合う戦闘タイプを模索するのも悪くないヨン?色々と勉強できるヨン」
藍もメリルの案に賛成した。
「のぞみさん、今度のお休みの最初の日、予定はありますか?」
「ううん。ありません」
「その日、ミンスコーナさんとヒタンシリカさんの宣言闘競がありますよね。この一戦で、クラスの上位席が入れ替わるかもしれませんよ」
藍に言われるまで、のぞみはすっかり忘れていた。先日、教室で起こった二人のトラブル。もしもクリアが勝ったなら、ラーマの席はクリアに取られる。そうなれば、A組の中にはクリアを認める者が増えるだろう。クリアはルルやシタンビリトよりも強い野心がある。きっと、A組の女子陣を支配下に入れるつもりだ。
「そうでしたね」
「一緒に見に行きませんか?他の先輩たちの闘競も観られますし」
藍の提案に、のぞみは頷く。
「ぜひ、一緒に見に行きましょう」
「決まりですね!」
途方に暮れるのぞみは二人と観戦を約束した。迷いはあったが、他にできることもない。藍とメリルの提案はありがたかった。