162.ブチ切れたドイル
「Ms.カンザキ、私と闘競しようよ」
のぞみが振り返ると、そこには『天龍極真流』の道着を着た、金髪碧眼の女性が立っていた。
「ドイルさん、急にどうしたんですか?」
「あなた、Ms.モリジマに負けたあと、公式の闘競を一度もやってないよね」
「はい……」
「A組の一員として、闘競の実績を上げてもらわないと困るんだけど?」
のぞみは、ルルが最近、クラスの順位評価を上げるために、クラスメイトにバトルを強要しているという話を思い出した。ついに自分のところにも来たかと、少し身構える。
操士としてのスキルを封じられているのぞみにとっては、その状況下で命を狙われているだけでもいっぱいいっぱいで、闘競を受ける余裕などない。
「私は……」
断りを入れようと思ったが、その前にルルが口を出した。
「あなたが対人戦が苦手なことはわかってる。だから、Ms.カンザキが慣れるまで協力してあげる。やろうよ、挑戦闘競」
戦術実戦演習の課題を全員生存でクリアしたのはティフニーのチームとのぞみのチームだけだった。ルビスや、ツィキーなど上位心苗たちにもよく評価されているのぞみの実力を、ルルは自分で試したかった。
しかしのぞみは手を前に添え、丁寧に頭を下げる。
「すみません、私は今ほとんどのスキルが封じられていますので、しばらくは闘競を受けるつもりはありません……」
「それ本気で言ってる?」
「……今使えそうなスキルはどれもまだ未熟で勝ち目がありません。目的もわからない闘競をするのは無意味だと思います……」
「冗談じゃない!」
急な怒鳴り声に、周囲の心苗たちが注目した。
藍がのぞみを庇おうとルルに声をかける。
「ドイルさん、のぞみさんは今、戦いスキルのほとんどが禁じられているんです。そんな彼女にバトルを強要するのは無理がありませんか?」
ルルは格下の者を見下すように藍を睨んだ。
「戦場でそんな言い訳が通じると思う?Ms.カンザキはスキルが封じられる前から全然バトルしてないじゃん」
藍が恫喝に圧倒されていると、ルルが言い続ける。
「バトルを断るばかりの闘士なんて、許されないよ」
ルルの言葉は正論で、藍は無言になった。
そしてルルはのぞみに向き直る。
「闘士のキャンパスに通っていながら全く闘競しないってこと?あんた何様のつもり?」
ルルはのぞみの手首に結ばれた縄を一瞥する。彼女なりに、誠心誠意、拳でのぞみと交流をしたいと求めていた。それを断られ、ルルは今や、のぞみの武術に対する態度に失望していた。
のぞみは涙目になり、弱々しく言葉を紡ぐ。
「今の私がバトルを受けても、相手を満足させられません……」
「敵を討つ矢を失ったなら、戦場から逃げるってこと?諦めずに手段を探して戦い続けるべきじゃないの?」
「すみません……」
ルルは目を閉じて溜め息をついた。
「ちょっとは根性あるかと思ってたのに、信じた私が愚か者だったね、この弱虫」
ルルは捨て台詞を吐くと、冷たい怒りと失望の混じった目でのぞみを一瞥し、去っていった。